『女帝 小池百合子』の「女帝」を考察する。権力を手にした彼女たちはなぜそう呼ばれるのか
再選を果たした小池都知事の半生を描いたノンフィクション『女帝 小池百合子』。改めてなぜ「女帝」なのか、違和感がないのか。どういう時に、マスコミは、人々は「女帝」の称号を授けてきたのか。古くは1965年に遡る。「女帝」とは単純に「強大な権力者」を名指しているだけではなさそうだ。資料、文献を駆使してノンフィクションライター・近藤正高が考察する。
女帝という言葉
7月5日に実施された東京都知事選で、現職の小池百合子が2度目の当選を果たした。選挙戦中、小池はほとんど選挙活動は行わず、コロナ対策に専念する姿を示し、当確が出ても、時節にそぐわないと慣例の万歳三唱を控えたあたり、メディアを通して自己イメージをコントロールしようという姿勢が窺える。都知事選の直前に刊行され、話題を呼んでいるノンフィクション『女帝 小池百合子』(石井妙子著、文藝春秋)でも、彼女が政治家となって以来、政策の中身よりもむしろ自分のイメージ作りに力を注いできたことが強調されていた。
この本が出たとき、私は内容以前にまずそのタイトルに「おや?」と思った。それというのも、「女帝」という言葉を比喩表現(本来の意味である女性天皇・皇帝を表すのではなく)として使う場合、たいていはあまり表には出てこず、裏で人を操っているような女性を指すことが多いからだ。同様のイメージは男性に対して使われる「帝王」にもつきまとうが、女帝という言葉にはそれに加えて、かりそめの権力(歴史上の本来の意味での女帝の多くがそうであるように)といった意味も含まれているような気がする。
淋しいのは「女王」だけじゃない
「女帝」とほぼ同義語には「女王」もあるが、こちらは「歌謡界の女王」「三択の女王」など、どちらかといえばポジティブな意味合いで使われることが多い。それでも、ときに「女帝」と似たような意味で使われることもある。1974年、月刊誌『文藝春秋』に掲載され、時の首相・田中角栄を辞任に追い込むきっかけとなった児玉隆也の「淋しき越山会の女王」(岩波現代文庫『淋しき越山会の女王』に所収)は、まさにこの例にあたる。この記事は、角栄の事務所の金庫番で、愛人とも囁かれた佐藤昭(のちに昭子と改名)を取り上げたものだった。佐藤の存在は、それ以前より新聞記者などの間では知られていたものの、公にするのはタブー視されていたという。
角栄の10歳下の佐藤は、彼と同じく新潟に生まれ育った。早くして家族を失い、周囲から疎まれながら育ったという。角栄とは彼が政治家を志したころに出会い、次第に関係を深め、やがては財布を預けられることになる。角栄が権勢を拡大するに従い、彼女の「財布を預かっている」という機能にも何重もの付加価値がつき始め、次第に“権力”の様相を呈し始めた……と、著者の児玉は書く。
タイトルに「淋しい」と冠されているが、この文章を読んでいくと、淋しいのは「女王」=佐藤だけではなく、角栄その人からしてそうだったことが伝わってくる。何しろライバルだったほかの有力政治家たちとは違い、角栄には学歴がなく、学友のような損得勘定抜きで付き合うような友達もいなかった。したがって権力も、カネをばら撒いて味方を増やしていくことでしか得ることができなかった。自分と似た境遇を持つ佐藤こそは、角栄にとって唯一心を許せる存在だったのではないか……というのが児玉の見立てであった。
この記事と同じ号の『文藝春秋』には、立花隆の「田中角栄研究—その金脈と人脈」も掲載された。今ではこちらのほうが有名になってしまったが、当の角栄にとっては、女性関係という切り口から迫った児玉のレポートのほうが打撃は大きかったともいわれる。一方の当事者である佐藤はこのとき、《公人田中角栄の金脈(中略)が追及されるのは、仕方のない面もあるが、それと一緒になんで私人佐藤昭の過去が暴かれなくてはいけないのか》と、はらわたの煮えくり返る思いがしたと後年明かしている(佐藤昭子『決定版 私の田中角栄日記』新潮文庫)。
角栄はその後、1976年にロッキード事件で逮捕され、司法の裁きを受けるが、それでもなお政界に厳然たる影響力を持つ。しかし、1985年に脳梗塞で倒れると、家族の意向もあり、療養のため周囲の人から遠ざけられることになった。ここで一躍注目されたのが、娘の田中真紀子だ。当時はまだ一介の主婦に過ぎなかった真紀子だが、マスコミからは田中邸の住所から「目白の女帝」と呼ばれ、「越山会の女王」の佐藤とは対立関係にあるかのように報じられたりもした。
「目白の女帝」という呼び名にも、体の自由の利かない角栄に替わって権力を預かる、かりそめの権力者という含意が読み取れる。真紀子がのち1993年に衆議院議員となり、同年暮れに父を看取って以降は、あまり「女帝」と呼ばれなくなったのも、おそらくそのためだろう。
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