20240425:壁を越えて【シュウ・フェンファン(INI)エッセイ連載「0000/00/00」第9回】

文=許 豊凡


グローバルボーイズグループ・INIのメンバーであるシュウ・フェンファンが、いつかは忘れてしまうかもしれない「ある一日」の心の動きを大切に書き留めるエッセイ連載。

連載第9回は、彼がアーティストとして、社会に発信を続ける理由について。

※本稿は『Quick Japan』vol.185に掲載した連載エッセイの転載です。

20240425:壁を越えて

シュウ・フェンファン 1998年6月12日生まれ、中国出身。慶應義塾大学在学中に『PRODUCE 101 JAPAN SEASON2』に出演し、グローバルボーイズグループ・INIのメンバーとしてデビュー。2025年4月からはレギュラー(不定期)として情報番組『Day Day.』(日本テレビ)に出演

2024年の年始、2月。前年11月から始まった僕たち2度目のアリーナツアー『2023 INI 2ND ARENA LIVE TOUR [READY TO POP!]』が、京セラドーム大阪で無事フィナーレを迎えた。デビューしてからまだ2年半。そんな短い時間で、初めてドームの舞台に立たせていただいた経験と、初めてステージに上がったときに目の前に広がった景色の煌めきと、不意に押し寄せた心の揺れは、今でも鮮明に覚えている。

初めてのドームは大きかった。ほんとに大きかった。

初めてバックステージまで設けられたステージだった。メインステージのスクリーン側から、バックステージの客席側まで、走っても走っても、まるで永遠にたどり着くことがないようだった。アンコールの自由導線の曲では、みんな「横花」も「縦花」もとにかく走り回ってた。疲れるどころか、これ以上ない幸せだった。気づけば最終日の終演時間がいつもより遅くなっていた。新幹線や終電があるお客様に申し訳ない!と思いつつも、あの場所に立った僕たちは誰よりも貪欲だった。一秒でも長く、あのステージに立ち続けていたかった。

僕はたくさん力をもらった。あのときも、1年後のバンテリンドーム ナゴヤの公演でも、さらにその1年後、東京ドームと2度目の京セラドームを回るドームツアーを準備している今の僕でも、やはりこれほど大きいステージに立つことへの不安は、心のどこかで完全には拭えない。しかしそれでもステージに立つたびに、その不安は少しずつ小さくなっていく。ステージに立つことは、準備していたものを来てくれたみなさんに見せる時間であると同時に、僕にとっては日々の活動を続ける力と、未来へ向かって大きく一歩を踏み出せる勇気を、みなさんからもらう時間でもある。

「僕たちはやっていける」
「僕たちが一緒にいればなんでも乗り越えられる」

ステージの向こう側から、僕にはそう聞こえる。

京セラドームの公演を無事終えたあと、僕たちはすぐ新しい作品の準備に入った。その作品は、まさにその年の6月にリリースされた『THE FRAME』、僕たちの6枚目のシングルだった。この作品は「僕たちを囲う“THE FRAME”(枠)を壊す」という強いメッセージが込められていた。そしてこのメッセージが、僕たちの新たなスローガンにもなった。

毎回作品を作るにあたって、僕たちはその作品を象徴するフレーズを掲げて活動している。それまでの作品は、僕たちの成長を描くものが多かった。それに対して今回の作品が掲げるメッセージは、これまでで一番力強いものだった。しかし、その力強いメッセージは、ツアーを通してファンのみなさんからたくさんの力をもらった当時の僕たちに、ぴったりだったと思う。

「枠」と「壁」。このふたつの言葉が、歌詞の中で何度も出てくる。僕たちは、なんの枠を壊すのか。どんな壁を越えなければいけないのか。僕はその言葉を単なるメッセージのままで終わらせてほしくなかった。力強い歌詞の裏に、たしかな、リアルな、そんな僕たちの声と思いを乗せたかった。

僕はたくさん考えた。そして、その答えとして、僕にとっての「枠」と「壁」を、2024年4月25日付のファンクラブのブログに綴った。

僕自身、グループ唯一の外国籍のメンバーではあるものの、同じグループで活動している以上、国籍というのは単なる僕の属性のひとつに過ぎないと、ずっと思っている。たしかに僕には、ほかのメンバーが経験しないような困難を乗り越えなければいけない場面もあるかもしれない。でもそれはあくまで僕の視点から見た話であって、視点を変えれば、みんなそれぞれが、自分だけの大きな挑戦と向き合っている。だから僕は、自分だけがほかのメンバーと違う土俵に立っていると思ったことは一度もないし、これからもそう思うことはけっしてない。

それでも、たとえ他人からの呼び方の些細な違いであっても、時々「僕だけ」ということを嫌でも意識させられる瞬間がある。もちろん、そこに悪意があったわけではない。それは僕もわかっている。しかし「外国人の名前は呼び捨てでも大丈夫」のような、いわゆるマイクロアグレッションが、少しずつ自分の中に積み重なっていった。無意識のうちに特定の人に対して固定観念を持ってしまうことで生まれるマイクロアグレッションに、きっと僕以外にも傷ついている人がたくさんいる。そして逆に、誰もが知らないうちに誰かを傷つけてしまう可能性だってある。

僕は、マイクロアグレッションという「枠」、そして固定観念という「壁」への「NO」を、そのブログに、素直な僕の思いとして書いた。

書き終えて、ずっと自分の頭の上にあった雲が晴れたように、どこかホッとした自分もいれば、その一方で同じくらいの緊張と不安を抱えた自分もいた。事務所の方々も、もちろん慎重だった。何度も何度も会議と修正を重ね、ようやく公開のOKを出してくれた。僕にはわかる。事務所のみなさんは、僕を守ろうとしてくれていた。それ以上に、僕が傷つくことのないようにと思ってくれていたのだと思う。しかし、それでもほぼ原文のまま掲載することを許可してくれた、その優しさと信頼に、僕は今でも感謝している。

これは、みなさんがくれた勇気だった。

ブログはその日の夕方に公開された。僕の抱えていた不安が嘘だったかのように、本当にたくさんの方が温かい言葉を届けてくれた。スタッフの方によると、そのブログを読むためにファンクラブへ入会してくださった方もいたそうだ。

僕はうれしかった。それは自分の境遇を慰めてもらえたことへのうれしさというより、「僕はひとりじゃなかった」と思えたことがなによりうれしかった。こんなにもたくさんの人が、それぞれ同じような小さなモヤモヤを抱えながら生きていて、その思いをみんなで分かち合えたことが、本当にうれしかった。

先日、新幹線に新たに設けられる弱冷房車両の話題が物議を醸しているのを、ネットで偶然見かけた。弱冷房車両の必要性について「寒さに弱い人は服をたくさん着ればいい。普通の人のための車両を減らす必要はない」という意見には、多くの賛同が寄せられていた。実は僕もつい先日、電車で移動していたときにたまたま目の前に弱冷房車が停まったことがある。仕方なく乗り込んだものの、案の定暑かった。当時の僕は「この真夏に普通の冷房車でも暑いのに、弱冷房車両がさらに増えたら困るな」と、不意に心の中で愚痴をこぼした。当然、前述の「寒がりは服を着ればいい」という意見に、僕も賛同した。

この文章を書きながら、僕はもう一度この出来事を思い出した。僕は寒がりではないし、家でも夏はエアコンを低い温度に設定している。反対意見に埋もれてしまっていた、弱冷房車両の導入賛成派の声に目を向けると「服を着込んでも寒さがつらい人がいる」「高齢者や子供にとっては必要だ」といった意見もたしかにあった。それなのに僕は、自分の立場からしか物事を考えられていなかった。この件において、僕は知らず知らずのうちにマジョリティの側に立ち、直接ではないにせよ、誰かを傷つけていたのかもしれない。

少数の声は、大多数の声の中ではあまりにも小さく、届きにくい。たとえそれが、けっして無視されてはいけない、必要な声だったとしても。

ステレオタイプによるヘイト、レイシズム、ジェンダー不平等。そのどれもが、今もなお僕たちのまわりから消えてはいない。みんなががんばって越えようとしていた壁は、気づけば以前よりもさらに高くなっていたように、僕には感じられた。

それでも僕は、いつかきっと、僕たちはその壁さえも越えられると信じている。

僕は一度も活動家のような未来を描いたことはない。でも、今僕がアイドルだからといって、発信しない理由にはならない。自省も含めて。

ひとりでも多くの人が、僕たちの音楽や作品、発信するメッセージ、そして僕たち自身の存在を通して、少しでも息苦しさを感じずに生きていけることを願っている。

だから今日も、これからも、僕たちなりのかたちで発信を続けていきたい。

第10回(WEB版オリジナル原稿)は10月2日(金)17時に配信予定です。

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許 豊凡

(しゅう・ふぇんふぁん)1998年6月12日生まれ、中国出身。慶應義塾大学在学中に『PRODUCE 101 JAPAN SEASON2』に出演し、グローバルボーイズグループ・INIのメンバーとしてデビュー。2025年4月からはレギュラー(不定期)として情報番組「Day Day.」(日本テレビ)に出演