アイドルが「演じること=嘘」ではない。『IDOL』町屋良平と『生きとるわ』又吉直樹が語る小説だから書ける「本当の関係性」とは

2026.7.18

文=安里和哲 撮影=須藤未悠


ボーイズグループを題材にした町屋良平の小説『IDOL』。「アイドル×SF」という意欲的な設定に挑んだ作品だ。今回、最新長編『生きとるわ』で新機軸を見せた又吉直樹と町屋の対談が実現した。

(左:又吉直樹/右:町屋良平)

小説だから書ける「本当のこと」をめぐって、ふたりの話は、読書、創作、文学とエンタメの関係にまで広がっていった。

まず、なぜふたりが「小説の紹介者」としての役割を引き受けているのか、というところから話は始まった。

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小説を味見しよう

又吉 町屋さんって自分の本の宣伝だけじゃなくて、ほかの小説家の作品を、めちゃめちゃ薦めてますよね。

町屋 ぼくもデビューから10年経って、40代も半ばに差しかかったので、小説や文学を読むことの楽しさとかよさというものを、いろんな人に伝える年代に入ってきた感覚があるんです。

自分自身、小説が好きで、救われてきた。だから「忙しくて本を読む時間なんかない」という人にもなんとか読んでもらえないかなと思って意識的に薦めるようにしていますね。

又吉 なるほどなあ。ぼくもけっこうほかの人の小説を紹介したり推薦したりする機会があるんですけど……これは提案したい。小説家の実力を測る指標として、他人の小説を売った数も評価すべきだと思うんですよ(笑)。

自分の本だけ売っている人っていますけど、それって試合には負けてるのに自分の打率だけ稼いでいるってことになりません?

町屋 しかも淡々と自分の作品を出し続けて、人の本には触れないほうが、ストイックでかっこいいと思われている節さえある!(笑)

最近気づいたんですけど、ぼくは「高橋源一郎さん状態」になっていて。

又吉 なんですか、それ。

町屋 ぼくが20代のときの高橋さんって「全部いいって言っているじゃん」と思っていたんです。「好き嫌いとかないの? 全部がいいわけないじゃん」って。でも40代の自分も、いいもののことしか言っていないんです。

又吉 あぁ、わかるなぁ。そうなるのは、ぼくらがもういいものしか読んでないからですよ。外でご飯を食べるときはみんな検索して店のこと調べるじゃないですか。自分の好きなものを選んで食べる能力は、全員持っている。それと同じように本も味見できるから、好きなものばっかり食べちゃうんですよ。

町屋 読み慣れてない人は、自分が好きな小説がわからないと言いますよね。

又吉 1ページだけ読んで、「これは合わないかも」と思ったら、読まなければいい。それだけなんですよね。

町屋 たしかに内容以上に、文体とか言葉遣いの合う・合わないって大事ですからね。スープのようなものだから。

又吉 もっというと、タイトルがかっこいいとか、装丁がいいなと思ったところから始まっている。で、1ページ目を読んで「うわ、気持ちいい文章やな」と思ったら、少なくともスープがうまいことは確定している。読書はそこから始めればいいんですよね。

町屋 だから『生きとるわ』と『IDOL』も、まずは1ページ読んでほしいですね。

文字を読んでもらうという野心

又吉 『IDOL』では、未来の小説論についてけっこう長く書かれているじゃないですか。あれって町屋さんの考えに近いんですか。それとも未来において小説はこうなっているんじゃないかと客観的に考えてみただけ?

町屋 ぼくの考えにかなり近いですね。これまでの小説もそうですけど、自分の考えは年若いキャラクターに語らせることが多いです。批評家からは「未成熟な人物の、未熟な考え」と捉えられることもあるんですけど(笑)。

又吉 作中人物が語る小説への問いを、作品全体で考えているのがわかりました。いわゆる文学とエンタメの違いについて、とか。

町屋 そこはかなり考えていましたね。簡単にいうと、70年後の世の中ではエンタテインメント小説より、いわゆる純文学のほうが読みやすいのではないか、とか。

又吉 それはわかりますね。100年前の娯楽小説よりも、100年前の純文学のほうが読める

町屋 いわゆる文学作品のほうが歴史の中で淘汰されにくく、文化として残っていくんですよね。それは文学というジャンルが、これまでどんな作品が書かれてきたか、という歴史性を踏まえているから。又吉さんだと太宰治の文脈を大事にされていますけど、やっぱり太宰がいたから『生きとるわ』があるわけです。その連続性があると普遍性が強くなる。

でも、エンタメって「今ここにいる人」を楽しませることが最大の目的なので歴史性を手放すんですよね。それで同時代を生きる人にしかわからない文脈だったり流行だったりも書かれることになる。

又吉 町屋さんは芥川賞作家で純文学の人だと思われているけれど、けっこう固有名詞もあえて使っていて、エンタテインメントっぽい書き方もされていますよね。

町屋 エンタメに擬態した小説で、結果的に文学を読んでもらいたいという野心があるんですよね。

普通の小説は会話ができすぎている

町屋 又吉さんの作品はこれまでも好きでしたが、『生きとるわ』は圧倒的に“超えた”と感じました。大きな変化として、これまで創作に囚われる人を描かれていましたが、本作では市井の人たちに目を向けている。

又吉 そうですね。これまではずっと表現者の中でも報われなくて、うしろめたさも抱えている人を書いてきました。でも、自分が年齢を重ねて、暮らしも安定してきたことで、鬱屈とした表現者について書き続ける必然性を見失ったんですよ。

普通に勤めている人たちのほうが、ずっと大変なことをやっているじゃないかと。今までの自分は、多くの方々とはだいぶ違う世界の見方をしていたなと思ったんです

町屋 最後のほうで「恥ずかしい」という感覚について書かれていて、これがおもしろかったんです。普通なら「友達に裏切られたことが恥ずかしい」となるところを、友達が「ごめん」も「ありがとう」も言えない人間になってしまったのは、自分にも責任があるんじゃないかと思って主人公が恥を感じている。そこがグッときました。

又吉 なんかね、現実でも思うんです。普通なら「何してくれてんねん!」と怒って終わるところでしょうけど、そいつがよくない人間になったのは、おれがそいつにその役割を負わせてしまったんじゃないか、と。

町屋 突き詰めると、100%自己責任ってあり得ないですからね。小説ってそこの「誰もが良くも悪くもなんらかの影響を他者に与えてしまっている」ことを描くのに適している。そのことに『生きとるわ』を読んで改めて気づきました。

あと、『生きとるわ』は、言葉の通じなさがリアルですね。普通の小説って、言葉が通じすぎているんですよ。カギカッコでくくられた小説の会話ってまったくよどみないけど、それって現実ではあり得ないじゃないですか。

又吉 現実の会話では、言いよどんだり、全然受け答えがなってないことってよくありますもんね。

町屋 そうそう。おそらくこの対談の記事も、ぼくと又吉さんの会話がスムーズに流れていってると思いますが、これって現実だったらめちゃくちゃ異常な事態だと思うんです。

又吉 大阪の友人には、本当に会話が成立しないやつがいるんですよ。ぼくの質問に対して全然違う返事をしてくる。ぼくがそれをマネすると、「ちゃんと話聞け!」って怒ってくるんですけどね(笑)。

町屋 現実って全然言葉が通じないんですよね。そこをちゃんと再現できている『生きとるわ』はすごいです。

「本当のこと」はカメラに映る

又吉 『IDOL』もとてもおもしろかったです。タイトルどおり、アイドルの小説でありながら、SFとしてもおもしろいのがすごくて

たとえば『バック・トゥ・ザ・フューチャー』だったら、デロリアンという発明で、初めて過去に行けたストーリーだから、細かいSF設定は決めなくてもいい。でも『IDOL』は、過去へのタイムトラベルが当たり前になった世界の話だから、制度や、未来人の感性にリアリティを持たせないといけない。そこは大変なはずなんですけど説得力がめっちゃあるし、おもしろいんですよ。

町屋 SFって物語を進めるのに便利な設定じゃないですか。でもだからこそSFに敬意がないまま、ガジェット的に使っちゃうのはよくない。だから、アイドル小説でありながら「ガチSF」としても読めるように気を遣いました。

又吉 もちろんアイドル要素もリアルでした。それぞれのキャラクターから、グループ内の人間関係まで生々しいんですよ。仲よくないメンバー同士でも、カメラがあると、仲よく振る舞うみたいな。

一緒に食卓を囲んでいるときに、カメラが回っているから「醤油取って」と素直に言える、みたいなシーンがあって、むちゃくちゃ生々しかったです。仲悪いと、そんな小さいお願い事も引っ込める。でもカメラが回ってると、手元に醤油がある人に頼まないほうが不自然だから、ちゃんとお願いする。

町屋 ボーイズグループって、ファンやカメラから見られている時間がすごく多いんです。彼らからすると、「今って見られてるのかな?」って、どっちなのかわからない瞬間も多いはず。そうすると、アイドルとしての意識をオンにしておいたほうがいいのか、オフにしてもいいのかわからなくなる。だから必然的にスイッチを「半押し」しているみたいな感じになる。で、ぼくはその「半押し」の状態のほうがメンバー同士の関係性は自然になるんだろうなって思うんです。

又吉 それはリアリティがありますね。ぼくもピースというコンビで活動してて、仲が悪かった時期ももちろんあって、ふたりきりだとお互い無視したりするんです。でもカメラがあったり、楽屋にいてもほかの人がひとりいるだけで、雰囲気が変わる。で、どっちの関係性が本当かっていうと、後者なんですよ。ふたりきりのときは、「仲の悪い状態」を演じている感じがある。普通は、カメラの前にいるときは噓で、カメラがないと本当だと思われているけれど、そんな単純な話じゃない。

町屋 誰かといるってだけで常に演じているんですよね。そういう意味では、不特定多数に見られる可能性があるカメラの前のほうが、むしろニュートラルになれるってことはあると思うんです。本当の関係性は、オンとオフのあわいにこそ出てくるはずなんですよね。

又吉 『IDOL』では「噓」が大きなモチーフになっていますね。

町屋 そもそもぼくは小説に「本当のこと」をいつも書いているので、「噓を書いている」つもりは一切ないんです。

むしろ、小説が真実で、現実は噓だとすら思っている。常に見られる可能性のあるアイドルは、人前では絶えず演じている。でも、だからといって噓をついているとは言えない。これも小説的なんですよね。この微妙なニュアンスは、小説だからこそ書けたことだと思いますね。

書籍情報

町屋良平『IDOL』(太田出版)
町屋良平『IDOL』(太田出版)
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町屋良平(まちや・りょうへい)
1983年生まれ。2016年『青が破れる』で文藝賞を受賞しデビュー。2019年『1R1分34秒』で芥川龍之介賞、2022年『ほんのこども』で野間文芸新人賞、2024年「私の批評」で川端康成文学賞、『生きる演技』で織田作之助賞、2025年『私の小説』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。他の著作に『しき』、『愛が嫌い』、『ショパンゾンビ・コンテスタント』、『生活』など。2026年4月、『IDOL』(太田出版)を刊行

又吉直樹(またよし・なおき)
1980年生まれ、大阪府出身。お笑いコンビ・ピースのボケ担当として活動を開始し、2015年『花火』(文藝春秋)で芥川龍之介賞を受賞。著書に『東京百景』(角川文庫)、『劇場』(新潮文庫)等。2026年1月に6年ぶりとなる長編小説『生きとるわ』(文藝春秋)を刊行

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安里和哲

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安里和哲

(あさと・かずあき)ライター。1990年、沖縄県生まれ。ブログ『ひとつ恋でもしてみようか』(https://massarassa.hatenablog.com/)に日記や感想文を書く。趣味範囲は、映画、音楽、寄席演芸、お笑い、ラジオなど。執筆経験『クイック・ジャパン』『週刊SPA!』『Maybe!』..