ステージの上でゼロからイチを創造する「アイドル」の感動【町屋良平×GAI×櫻木みわトークイベントin文豪カフェ】

2026.6.5

3月28日、滋賀県彦根市の文豪カフェで小説家の町屋良平と櫻木みわ、アーティストのGAIによるトークイベント「アイドル、韓国、文学」が開催された。

文豪カフェは、ノーベル賞作家・川端康成の旧別荘から柱や家具の一部を受け継いで再利用し元菓子店の町家を改装した施設。地域住民が「読む、書く、考える」ための場所として彦根市の文化の拠点としても期待されている。

4月刊行の町屋良平の最新刊『IDOL』はアイドルをめぐる躍動とその暴力性に迫り、昨年刊行された櫻木みわ『アカシアの朝』も韓国のアイドルシーンを背景に文化と個人の揺らぎを描いた作品だ。

イベントでは韓国を拠点とするグローバルボーイズグループでのアイドル活動やXYでの経験があり、現在はEmbersとして活動するGAIもまじえ、アイドル文化と文学表現の交差点を語り合う場となった。

そのイベントの一部を、QJWebで特別に公開する。

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長い練習の積み重ねが一瞬に凝縮される

 客席が照らされ、観客がみえる。光の帯のなかで、ひとりひとりの表情がはっきりとわかる。大人も、中学生くらいの子もいた。どの顔もいっしんに、ステージをみつめていた。最初の曲はきょう初めて公に披露する「SALT」だ。「As You Like It」と並んで、これからグループのアイコン的な作品になるはずの楽曲だ。曲が始まると、身も心もダンスに没頭する。何百回も練習したとおりに、身体はよどみなく、ひとりでに動く。それはこれまでも同じだった。だが、ファンという観客がいるのは、自分たちだけのときとはまるでちがった。観客がいることで、そこはまったく別の空間になるのだ。それは、客席が知っている曲目の「As You Like It」が始まったときに際立った。  

 イントロが流れた瞬間、わあああああああっと会場が震動するような歓声が起き、全員がその音楽のなかにいた。音楽のリズムにあわせてムービングライトが光を織りなし、自分たちの声とダンスにあわせて観客の熱気がうねる。一瞬一瞬の時間が、金色に粒立って流れていく。この瞬間が、かけがえのない、ただ一回性のものであることを理解する。それは経験したことのない迫力と魔力、どこまでも静かな陶酔だった。人の熱気と感情が、質量のように確かに実在するものなのだと知った。

(櫻木みわ『アカシアの朝』)

GAI

櫻木 GAIさんはどうしてこのシーンを気に入ってくださったんですか?

GAI ステージに立って、お客さんの声が届いて、照明がバーッと当たる。その瞬間って、子どもの頃に夢見た景色でもあるし、今の自分が表現したい世界でもある。そういうものがこの一節に全部詰まっていて、すごく好きなんです。

櫻木 やっぱりステージに立った人にしかわからない感覚って絶対にあると思うんです。それを書くのがすごく難しくて。実際に経験した人にしか見えない光景があるから、それをどう言葉にするかずっと悩んでいました。だからGAIさんにそこを感じ取ってもらえたのはすごくうれしいです。

町屋 アイドルのステージって、やっぱり特別な時間ですよね。GAIさんのお話を聞いていても、長い練習の積み重ねがあって、そのほとんどじゃないわずかな本番の時間にすべてが凝縮される。連続しているようでいて、全く異質な時間でもあると思うんです。

GAI まさにその通りで、僕もインタビューでよく話したいと思うのが「ライブの瞬間」なんです。練習の時間がほとんどを占めていて、本番って本当に短い。テレビだと5分とか、それくらいのものだったりもします。でも、その一瞬に、それまで耐えてきた長い苦労が全部現れるんです。

町屋 小説もある意味似ていて、積み重ねと結果の落差があるんですよね。小説家って1日2000文字くらい書くと言われるんですけど、それって原稿用紙4枚分くらいで、聞くと少なく感じるかもしれないけど結構きつい。1冊が15万文字だとすると、それを300回くらい積み重ねることになります。

アイドルの練習とステージの関係にも、それに近い構造がある気がします。やっていることは違うけれど、人に見せるものを作る仕事の大変さは共通している気がします。

GAI 僕も曲を書くときは、小説よりももっと短い時間の中に収めるものではあるんですけど、それでも言いたいことを削らなきゃいけない難しさがあります。

実はダンスも本当に大変で、韓国式のパフォーマンスだと揃えることにすごくこだわるんです。タイミング、顔の角度、頭の位置、全部揃える。それを何年もかけて練習するのが普通なので……。

町屋 ちなみに同じグループの中でも、揃いやすい人とそうでない人っているんですか?

GAI ありますね。うまいのに揃えづらい人もいるんですが、それは町屋さんの『IDOL』にも描かれているとおり“個性”でもあると思います。

町屋 体型が似ていても違うものなんですね。

GAI 全然違いますね。リズムの取り方や感じ方も人それぞれですし、普段聴いている音楽や見ているものも違う。同じ振り付けをしていても、必ずズレは出るんです。それを揃えるのは本当に大変ですね。

町屋 小説を書いている側からすると、本番前の気持ちの持っていき方が想像しにくいんですよ。緊張とか高揚感とか、そういうものはどういう感覚なんですか?

GAI 僕はあまり緊張しないタイプで、どちらかというとワクワクすることが多いです。言語化すると、小さい頃のクリスマスみたいな感覚ですね。早く来てほしいけど、終わるとちょっと寂しい、あの感じに近いです。

アイドルはファンがいるからこそ輝く

町屋良平

櫻木 どうして町屋さんは『IDOL』を書こうと思ったんですか。

町屋 もともとダンス&ボーカルの文化がすごく好きで、ずっと見ていたんです。最初は短編の依頼で「青春や若者に刺さる作品を」と言われたときに、ボーイズグループの話なら書けると思いました。それで書き始めたんですけど、途中で「長くできそうだな」と思って、長編にしました。

櫻木 冒頭からしっかりSFですよね。どうして「主人公が未来から来た」という設定にしたんですか?

町屋 ボーイズグループだけを描いても、実際の魅力にはどうしても及ばないと思ったんです。小説としての面白さを出すために、別の視点が必要だった。それで未来から来た存在を設定に入れました。ミステリー要素もあって、「犯人はこの中にいる」という展開にしているので、その構成は結構難しかったですね。

町屋 でもGAIさんはちょっと未来人っぽいですよね。

GAI いや、どうなんですかね(笑)

櫻木 確かに……(笑)

町屋 さっきのインタビューでも「かしこまりました」と自然に言っていて、すごくしっかりされているなと思って。

櫻木 あの言葉はなかなか自然には出ないですよね。ではGAIさんに『IDOL』も朗読をお願いします。「アイドルとは何か」が最も現れているシーンのひとつだと思います。

「郡司さん。ありがとう。郡司さんのおかげで、おれ、ちゃんと「アイドル」だったことを思い出せました。ヤスはすごく素晴らしい「アイドル」だったよね」

 微笑みかけると、郡司の瞳がキラキラして、ウルウルして、太陽みたいに輝いた。アイドルは月だ。アーティストが自ら発光する恒星だとして、アイドルはファンがいるからこそ輝く。ボーイズグループはその両面を兼ね備える。

 自分たちのクリエイティブで発光し、それを受けてますます発光するファンの輝きを受けてさらに発光する「――」ら。おれら。私ら。かれら。彼女ら。ファンら。メンバーら。スタッフら。推しら。すべての輝きが乱反射して巨大になる。思えばヤスはいつもその中心にいたけど、いまはいない。ヤス、どこにいる? おれら、あの時、ちゃんと輝いてたんだぞ。

(町屋良平『IDOL』)

町屋良平

GAI この一節にある「ファンがいるからこそ輝く」という言葉は、本当にそうだと思います。人はひとりではなにもできなくて、なにかを成し遂げるときには必ず仲間や支えてくれる人がいる。アイドルやバンドは特にそうで、人と人とのつながりがすべての基盤になっていると思います。誰かに傷つけられることもあれば、誰かに救われることもある。そのやり取りの中でまた頑張ろうと思える。そういう魂のつながりがにじみ出ている場面で、とても好きでした。

町屋 ありがとうございます。ライブのあとに、会場の外でファンの人たちが泣いていたり、写真を撮ったりしている光景を見るのが僕はすごく好きで。みんな「今が終わらなければいいのに」という顔をしていて。その瞬間がすごく感動的なんですよね。

GAI 僕は会場の外には出られないんですけど、たまにマネージャーにお願いして様子を見せてもらうことはあります。

町屋 本当にいい表情をしていますよね。

櫻木 うらやましいですよね。

町屋 うらやましいです。小説でも、読み終えた人の顔を見てみたいです(笑)。

櫻木 ライブはやっぱり、なまの時間で、その場に共に存在しているのが、すごいことですよね。

町屋 爆発力がありますよね。その場でゼロからイチが生まれる瞬間を見ている感覚がある。ファンの方が推しのタオルで涙を拭いている姿を見ると、本当に音楽の力はすごいと思います。

櫻木 小説は何度も書き直して、完成形を置くことができる。でもライブは一度きりで、失敗すればそれも含めてそのステージになる。すごく過酷ですよね。アスリートに近い世界だと思います。

町屋 だからこそ、あの瞬間の輝きがあるんでしょうね。

元XY・GAI(Embers)インタビュー「ファンの前に立つ一瞬のために」

GAI

———韓国アイドル文学というテーマでトークイベントに登壇するにあたって、GAIさんにとってステージに立つ側としての喜びってなんだと思いますか?

GAI すべての悩みや苦悩が解放される瞬間です。練習生時代、練習期間はものすごくハードで、1日中同じ曲、同じダンスを繰り返し練習します。ファンの方からすると新曲でも、本人たちからするともう聞きたくないぐらい聞き込んでいる曲になっていたり……。それぐらい努力したものを初めて見せるものとして、ステージの上で生み出す。アイドルは文字通り「偶像」なので、ファンが期待しているものを見せるのはもちろん、ファンの想像を超えていかなきゃいけない。

体調管理も含めて常にプロフェッショナルである必要があるので、ステージに立つ以外の日はすごく大変です。でも、ステージに立ったらその時間だけはすべてのことを「やってよかった」と思える。ファンの前に立つその1日のために、何百日も何千日も努力しているんだと思います。

———アイドルの方の努力はファンからは見えない部分も多いですよね。

GAI ステージが終わった後に裏話として話すのはいいと思うんですけど、始まる前はなるべく言わないようにしています。しんどいことがあっても言わないし、練習しすぎて寝不足でふらふらしてる状態でもステージに立ったこともあります。でも、それはステージの上では見せないのがプロだと思うので。

———そんな中でこれまで音楽を続けてこれた理由はなんだと思いますか?

GAI 自分が生きる理由が、何かを表現することだったので。呼吸するのと同じように詩を書くし、音楽を作る。辛いことも当たり前のこととして消化していく。そう思わないと、確かに本当に辛い職業だと思います。

———音楽への思いは昔からから強かったですか。

GAI アイドルとロックバンド、ほかにもいろんなジャンルに携わってきて、クラシックやジャズも経験しているし、HIP-HOPやK-POPみたいな激しいダンスもする。一貫して、自分の人生の中心には音楽がありました。理由があるから続けるというよりも、当たり前のことですね。

もう亡くなってしまった祖母に「いつか大きいステージで自分の演奏を見せる」と約束したことがあって、それも続ける理由になっています。

———ファンから与えられてもらったものと、自分がファンに与えているものについてはどう考えていますか?

GAI 自分の生み出したものにリアクションしてもらえるのはやっぱりうれしいし、何よりも力になります。自分の音楽を誰も聞いてくれなかったところから始まっているので、ひとりでも「届いた」という事実が、僕にとってはすごくうれしいし、次に進むパワーになる。今やっているバンド「Embers」の由来は“残火”という意味なんですが、ファンがいなかったらこの名前はつけていなかったと思います。ファンがいるから、僕の音楽の火はまだ燃え続けていると思っています。

僕からファンの方に与えられるのは、楽しさやつらさも含めた僕の挑戦そのものですかね。音が鳴ってる世界ではみんなファミリーで、悲しいときは悲しい音楽を聴くし、やる気がほしければモチベーションの上がる曲を聴く。日常に寄り添う音楽の中のひとつとして、僕の詩や音楽が組み込まれていたらいいなと思います。

左から町屋良平、GAI、櫻木みわ
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Quick Japan編集部