21分間に詰め込まれた、TWICE・チェヨンの美学と告白。ソロ作『LIL FANTASY vol.1』に広がる寓話的で個人的な世界

2025.9.17

文=つやちゃん 編集=菅原史稀


2025年10月に韓国デビュー10周年を迎えるTWICEから、新たにソロアーティストが誕生した。9月12日に『LIL FANTASY vol.1』を発表したのは、グループでラップパートを多く担当してきたメンバー・チェヨン。

独自の世界観を持つことで知られ、自作イラストやファッションなどを通じて自己表現を続けてきた彼女のソロアルバムを、文筆家・つやちゃんは「今の韓国音楽においてユニークな輝きを放つ傑作」と評する。

東京のDIYカルチャーも織り込んだ“プライベートな空気感”

『LIL FANTASY vol.1』は、K-POPの華やかな舞台からふいに差し出された、チェヨン自身の親密な告白だ。

TWICEとして活動するチェヨンがソロアルバムをリリースするというニュースが飛び込んできたとき、メイキング映像を目にして、うすうすその予感をしてはいた。ビデオにはカナダのバンクーバー発、フィリピンと日本にルーツを持つバンドであるGliiicoの3人が映っている。また、モデル/クリエイターの酒井いぶきの姿もあり、今の東京のDIYカルチャーを支えるコミュニティにチェヨンが出入りしている事実に驚いた。映像から伝わってくる、プライベートな空気感。それ以来、ソロアルバムへの期待感は高まり続けていた。

リリース前に公開された、本作のメイキング映像「Behind the fantasy」

リリース日となった9月12日。ドキドキしながら作品を聴いてみると、そこには珠玉の9曲がキラキラと輝いていて、なんとも言えない幸福な気持ちになった。チェヨンの美学。チェヨンの感性。チェヨンのやりたかったこと。『LIL FANTASY vol.1』というタイトルは、彼女の中にある小さな世界──これまで積み重ねてきた趣向や考え方、態度を詰め込んだ内面世界を指すらしい。

構想に約2年を費やし、1年以上をかけてかたちにしてきたというアルバム。そこでコラボレーション相手として選ばれたのが、まずGliiicoだった。バンドとは以前から知り合いだったとのことで、本作の制作では東京で長い間をともに過ごし、一緒にカラオケにも行ったそうだ。

Gliiicoとの協働が生む絶妙なニュアンス

『LIL FANTASY vol.1』の魅力は、分厚いサウンドの奥にアンニュイな不思議の国が浮遊しているような、寓話としての高い完成度にある。都市に棲むダークアリスを思わせる、幻想的でファンタジックな世界観が繰り広げられているのだ。1曲目の「AVOCADO」から、その才気はほとばしっている。

ゆったりしたテンポでグルーヴィにリズムが刻まれるが、特にベース音の厚みがすごい。重くてどっしりしていながら、音の隙間がしっかりと保たれており、その隙間にアンニュイな空気を目いっぱい漂わせている。そもそも、Gliiicoはそういった洒脱な倦怠感を表現するにあたって、アジアの現行シーンにおいて最も適したグループだ。これまでもkZmやLootaといったヒップホップ系からAAAMYYYといったトラックメイカー、さらにCharaのようなポップシンガーまで、幅広いアーティストからのラブコールを受けてきた。

彼らが日本に移り住んでまだ音源もほとんどリリースしていないころ、筆者がラッパーのkZmと話した際、興奮した口調でGliiicoのユニークさについて説明されたことを覚えている。偶然スタジオで出会って、そのサイケデリックな音作りに感銘を受けたんだ、と。そう、ファッションモデルとしても実にたくさんのクリエイションに関わっている彼らの魅力は、なかなか説明しづらい歪んだ音のフィールにある。以前3人に筆者が取材した際も、Gliiicoは言葉での説明を極力排し、日本語と英語を必要最小限に組み合わせながら、インスピレーションと空気感に導かれるまま音作りをしている、と話していた。

『LIL FANTASY vol.1』には、そういったムードが全編にわたって充満している。Gliiicoが演奏でも参加している「DOWNPOUR」には抗し難いサイケ感が詰まっているし、「SHOOT(Firecracker)」のパチパチ飛び散るような煌めきは、絶妙なニュアンスとともに私たちを異世界に連れて行くだろう。

秀逸な人選と一貫した美学

そのほかの曲も、人選がおもしろい。「そことつながるか!」というミュージシャンばかりで、韓国R&B~HIP-HOP~エレクトロニックミュージックの可能性を更新してきた実力派がズラリ。

韓国HIP-HOPデュオ・Y2K92のJibinと韓国R&Bを代表するSUMINがジョインして盛り上げる「RIBBONS」も、ビートメイカーのBeautiful Discoとラッパーのsokodomoとのコラボが叶った「BF」も、偉大なるプロデューサーのPEEJAYが手がけた「SHADOW PUPPETS」も、それぞれ重いビートが効いていながら、霧がかった中で夢遊するような雰囲気がおもしろい。多彩な人脈が起用されているが、9曲21分間すべての瞬間にチェヨンの美学が貫かれているため、トーンは驚くほど統一されている。

中でも特に興味深いのは、「RIBBONS」だろうか。女性アーティストだけで作った曲を入れたいと考えたチェヨンはJibinとSUMINに声をかけ、3人で一緒に、女性としての困難について歌詞から書いていったのだという。Jibinがアイドルと組むというとどうしてもf(x)のSULLIと作り上げたシングル「Goblin」を思い出さずにはいられないし、あの曲の魅力に負けないくらいのユニークなムードが、「RIBBONS」には香り立っている。JibinとSUMINはこれまでもLim Kimとの「SOOM」といった曲で共作しており、チェヨンはそのあたりのケミストリーを知った上でオファーしたのだろうか──鋭い目利きに唸ってしまう。

“内なる世界”がアートワーク、MVにも表れる

本作を聴いていると、チェヨンはどちらかというと内向的でマイペースで、でも時にユーモアを併せ持つキャラクターなのだろうというのが伝わってくる。彼女の本質がぐっとあぶり出されるアルバムの終盤を聴くと、それが痛いほどに感じられる。

「BF」では家にこもりぬいぐるみが積み上がっていく様子を歌うし、「SHADOW PUPPET」では、誰にも見つからないように外出する際、帽子とマスクを着ける自身の姿を、まるで影絵人形みたいと形容する。特に後者は、レコーディングの際に悲しみが込み上げ、胸が詰まりそうになったとのことだ。今でも聴くと涙が出てくるとのことで、いかに個人的かつ内省的な想いをこの作品に投影したかが伝わってくる。本作は、チェヨンのプライベートな親密さを多方面から引き出すかたちで創作された、ある種の告白的側面も持ち合わせているのだ。

その生々しい手触りは、最後のナンバー「My Guitar」で見事なまでに結実する。彼女がAbleton Liveを使って作った最初の曲のひとつであり、当初はフィジカルCDのみの収録予定だったが、「ファンのみなさんに気に入ってもらえると確信した」のでデジタル版にも反映された。それだけでなく、アートワークやコンセプトの多くをチェヨン自身が手がけているし、ロゴデザインも彼女が描いたもの。

さらに映像についても、チェヨンの感性がどこまでも炸裂していて素晴らしい。「SHOOT(Firecracker)」や「AVOCADO」などのMVでは『不思議の国のアリス』やヤン・シュヴァンクマイエル、さらには昨今のローレン・サイの美意識にも通じるような世界を作り上げているし、MVに留まらず、「SHOOT(Firecracker)」の Cheering Guideといったムービーにまでもチェヨンの感性が配されているのがさすがだ。アルバムのアートワークも、オーストラリア拠点のYUR4Hの衣装をまとい佇む姿が、繊細で映えている。

『LIL FANTASY vol.1』アートワーク

チェヨンは、『LIL FANTASY vol.1』のインスピレーションになった音楽として、クレイロやザ・マリアスを挙げている。自分のか細い声に合うシンガーや、ガーリーなサウンドを指向する中で出会ったそうだ。そのセレクトも、本作を聴くと納得感がある。TWICEのラッパーから稀有なオートクチュール・アーティストへと大きな変貌を遂げたチェヨンのソロ作品は、サウンド的にも世界観的にも、今の韓国音楽においてユニークな輝きを放つ傑作と言って間違いない。この夢は、vol.2以降も続いていくのだろうか。続く章を気長に待ちながら、今はLIL FANTASYの世界にどっぷりと浸っていたい。チェヨン、素敵な作品をありがとう!

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つやちゃん

文筆家。音楽誌や文芸誌、ファッション誌などに寄稿。メディアでの企画プロデュースに加え、アーティストのインタビューやコンセプトメイキングも多数。 著書に、女性ラッパーの功績に光を当てた書籍『わたしはラップをやることに決めた フィメールラッパー批評原論』や『オルタナティブR&Bディスクガイド』(..

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