『エルピス』最終回・第10話、愛欲に溺れていた“浅川”長澤まさみと“斎藤”鈴木亮平による頭脳戦の妙味

交渉する浅川恵那(長澤まさみ)と斎藤正一(鈴木亮平)(『エルピス』10話より)写真提供=カンテレ

文=木俣 冬 編集=岩嵜修平


テレビ局を舞台に、スキャンダルによって落ち目となったアナウンサーと深夜番組の若手ディレクターたちが連続殺人事件の冤罪疑惑を追う渡辺あや脚本のドラマ『エルピス —希望、あるいは災い—』(カンテレ)。
冤罪事件の真犯人を逮捕すべく、その障壁たる副総理の排除のため、別の事件を探る岸本と浅川。村井の協力もありその決定的な証言者を得るも、その証言者に悲劇が──
今回は、ライターの木俣冬が、最終回・第10話のあらすじや見どころをレビューする。


浅川や岸本の叫びは渡辺あや自身の叫び?

語りかける浅川恵那(長澤まさみ)(『エルピス』10話より)写真提供=カンテレ
語りかける浅川恵那(長澤まさみ)(『エルピス』10話より)写真提供=カンテレ

「この国の司法は正しく機能していない。すでに危機なんです」

10話より

『エルピス』の企画書には、浅川恵那(長澤まさみ)が「失った“自分の価値”を取り戻していく」物語だとあった。放送前から放送中まで、たくさん世に出た佐野亜裕美プロデューサーや脚本家の渡辺あやさんのインタビューでは、浅川と岸本拓朗(眞栄田郷敦)には、いろいろ苦労して所属するテレビ局を変わった結果、目覚ましい仕事をしている佐野さんが投影されているらしきことも語られている。筆者もインタビューで渡辺さんからそのような趣旨の話を聞いた。

渡辺さんは

「私の傾向として、一緒に作品をやりましょうというパートナーみたいな人から吸い上げるものがほしいんです。自分には興味がないので自分のことを書くよりも他者に題材を求め、生々しいサンプルがあるとすごく助かるんです」

6年経って、世の中へ。社会派ドラマ「エルピス」で渡辺あやが描きたかったものとは? | CINEMAS+より

と答えてくれた。

だがしかし、毎回、見れば見るほど、浅川や岸本の叫びは渡辺さんのものではないかと思えてならなかった

向き合う浅川恵那(長澤まさみ)と岸本拓朗(眞栄田郷敦)(『エルピス』10話より)写真提供=カンテレ
向き合う浅川恵那(長澤まさみ)と岸本拓朗(眞栄田郷敦)(『エルピス』10話より)写真提供=カンテレ

とりわけ最終回の序盤、岸本と彼の大きな家の広いリビングで語り合うときの浅川の

「当たり前の人間の、普通の願いが、どうしてこんなにも奪われつづけなきゃいけないのよ!」

10話より

というセリフ。(実際には、もっと長いセリフだが、ここで書いてしまってはもったいないので、本編を観るか、シナリオブックを読むかしてほしい)この一連の嘆きのセリフは、2018年に出版された「シナリオ付写真集『ワンダーウォール』」の渡辺さんの寄稿「命と壁と場所」を思い出させる。

『ワンダーウォール』は、渡辺さんが脚本を手がけ2018年にNHK BSプレミアムで放送された一時間弱のドラマで、その後、再編集+追撮して『ワンダーウォール 劇場版』として2020年に映画化もされた。京都の歴史ある大学の学生寮・近衛寮が近代化の波の中で取り壊しの危機に瀕したとき、そこに愛着を覚える寮生たちが存続に立ち上がり話し合いを求める。しかし、大学側の冷たく乾いた対応と高く堅牢な壁のような体制を打破することは困難であり、事態は一向に進展しない。大事なものを失いたくないだけなのに、なぜ、その想いが届かないのか……という切実な作品であった。

渡辺さんは、「命と壁と場所」の中で、自身の暮らす地域の学校が経済的な観点から廃校になることに抗ったものの、願いが叶わなかったことを綴っている。『ワンダーウォール』における寮を失いたくない想いの源泉はそこである。そして、その想いが今にはじまったことではなく、現在お住まいの地域に(写真集の出版当時から)21年前に移り住んだときから、社会への疑問を感じていたことも記されている。

『ワンダーウォール』を経て『エルピス』最終回に至るまで

冤罪事件を報道する浅川恵那(長澤まさみ)(『エルピス』10話より)写真提供=カンテレ
冤罪事件を報道する浅川恵那(長澤まさみ)(『エルピス』10話より)写真提供=カンテレ

21年前からうっすらと感じながら、なかなかどうにもできなかったことが、『ワンダーウォール』を作ることでひとつのアクションになった。この前に渡辺さんは『エルピス』を書いていたことが昨今のインタビュー(2016年ころから準備していたことが語られている)を読むと、わかる。

『ワンダーウォール』の取材をしたとき、寡作なので、もっと書いてほしいと向けると(『ワンダーウォール』は映画『合葬』から3年ぶりの新作だった)、企画が通らないというようなことを渡辺さんは言っていた。たとえば、こんなふうに。

「ものすごく頑張っているんですよ。何もやってないように見えている時にも、やりたいことをどうにかできないものかと思って色々やっているのですが、今、ほんとに作らせてもらえなくて。多分、時代が求めていると業界の偉い人たちが思っていることと、私がやりたいことが、真っ向からすれ違っているんですよ。なかなか味方もいなくて、仲間も増えなくて……」

朝ドラ『カーネーション』脚本家・渡辺あやが新作・京都発地域ドラマ『ワンダーウォール』で言いたかった事(木俣冬) - 個人 - Yahoo!ニュースより

こんな、しょんぼりしたことを言っていたのは、6年前から進んでいた企画であった『エルピス』を抱えていたからだろうと、今なら想像できる。「命と壁と場所」に切々としたためられた、弱いもの、不要なものと一方的にカテゴライズされたものが消されていくことへの嘆きは、抑制された筆致ながら、いや、だからこそ強く胸を締めつける。このとき、渡辺さんの中に、浅川恵那や岸本拓朗が脈々と息づいていたのではないだろうか。そこにはやりたいことが会社でなかなかできないで苦悩する佐野亜裕美さんの想いが結実するようにという願いもこもっていただろう。

渡辺さんが『エルピス』を経て『ワンダーウォール』に到達した「21年間」という年数にも注目したい。それほど長い間、問題は一向に改善されず、世の中にも認知されず、渡辺さんは抱えつづけてきた。京都の学生寮のことも、ドラマ自体はフィクションだが、現実では、2017年に京都大学・吉田寮の寮生に退去通告が行われ、2022年になっても、いまだに寮生を中心として粘り強く話し合いをつづけているという事実がある。

浅川を止めに来た斎藤との頭脳戦の裏には……


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木俣 冬

(きまた・ふゆ)フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。著書に『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち・トップアクターズルポルタージュ』、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など。

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