浅川を止めに来た斎藤との頭脳戦の裏には……
『エルピス』最終回では、2019年、浅川と岸本の働きによって、松本良夫死刑囚(片岡正二郎)の冤罪が2006年以来、ついに晴らされる。その間、13年である。なかなか進展しなくても、時に失敗することがあっても、行きつ戻りつ、三歩進んで二歩下がっても、つづけることは肝要だ。
行きつ戻りつの最たる例は、斎藤正一(鈴木亮平)である。斎藤は、最終回、大門亨(迫田孝也)の証言を元にした大門雄二副総理(山路和弘)に関するスキャンダルを報じる映像の放送を決断した浅川を止めに来る。交渉の末、副総理の問題を報道する代わりに、冤罪事件を報道することで手を打つことになる(冤罪事件がどうなったかというモヤモヤがここで晴れる)。
この場面には、かつて愛欲に溺れていたふたりが、別れた現在、本能を排除して論理で勝負することの妙味がある。この手の異なるふたりの対話は、知的論争──頭脳戦になり刺激的な上、恋愛感情のあったふたりという関係がフックになって、別の緊張感も生む。さながら三島由紀夫『黒蜥蜴』における、名探偵・明智小五郎と怪盗・黒蜥蜴との、浪漫の極地のような関係を彷彿とさせた(ふたりには愛欲関係はない)。さらにそこでは、浅川と岸本の互いへの信頼関係も証明される。冤罪事件の報道を、その日に行うことを条件にした斎藤。冤罪事件報道映像の準備が、浅川と岸本にできているか、今まで正しく積み上げてきたかを斎藤は試したように見えた。
そのとき岸本は、浅川の信頼にじゅうぶんに応えるのである。
「君、最高!」
10話より
ここはエンタメとしてワクワクする流れである。斎藤も、立場を異にしながらも、内心、浅川と岸本がやってくれると信じていたのではないか。
「8!」「8!」と連呼したことの意味
社会派エンタテインメントの結末としては、スッキリ爽快!一撃必殺!とはならず、あとに引っ張って、モヤモヤが残る点もある。だが、先に希望をつないだところにこそリアリティがある。
首都新聞・政治部の笹岡まゆみ(池津祥子)が副総理への厳しい追求を始めたこと。木村卓弁護士(六角精児)が、テレビで冤罪事件の新情報を報道する浅川を見ながら微笑んでいること。ひとりの力だけでは進まないことも、ちょっとずつバトンを渡すようにして進めていくことができる。それが、信頼と希望の「光」なのだと思えた。細い光が、一人ひとりを結んでいくようなビジョンである。大門亨の死は悲劇だが、この人の死も無駄にはなっていない。彼の魂を引き継ぐということだ。
浅川と岸本が牛丼をもりもり食べている店に村井喬一(岡部たかし)が現れたときの、ふたりの最高の笑顔。(村井は背中しか映らないが、エンドロールで3ショットの写真が映されて、ちゃんと岡部たかしは撮影に参加していたことがわかる。店に入ってきたときは、どんな芝居をしていたんだろう)釈放された松本とチェリーこと大山さくら(三浦透子)が、カレーを一緒に作り、箱を開けると、いちごのショートケーキがふたつ入っているときの満ち足りた表情。誰もが、こんな表情ができる。それだけでいいのに、なぜかそれが難しい現代。とはいえ、このドラマが6年も踏ん張って放送されたのだから、絶対に動かない物事はないのだと示された気がするではないか。
終盤に登場するみんなが「8!」「8!」と8チャンネルを強調した場面は、この長らく放浪していた作品が8チャンネル(カンテレ/フジテレビ)で放送されたことに対する感謝を込めての連呼のような気もした。これが報道に強いといわれる1や6じゃなかったことが、またおもしろい。
『エルピス ―希望、あるいは災い―』
毎週月曜22時から放送中
出演:長澤まさみ、眞栄田郷敦、三浦透子、岡部たかし、筒井真理子、鈴木亮平 ほか
脚本:渡辺あや
演出:大根仁、下田彦太、二宮孝平、北野隆
音楽:大友良英
プロデューサー:佐野亜裕美、稲垣護
写真提供=カンテレ
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