プロデューサー村井は単なるハラスメントおやじなのか
「エルピス」とは、パンドラの箱を開けてさまざまなものが飛び出したあとに残っているもので、それは希望か厄災かどちらかであるという。浅川と岸本の中に希望と厄災のどちらが芽生え、育っていくのか、興味深い。
『フライデーボンボン』のチーフプロデューサー村井も単なるハラスメントおやじのように見えて、そうではないような気がする。浅川から何を考えているかわからないと言われ、斎藤からは「たぬきおやじ」と言われる村井。26年間、報道をやってきた彼はなぜ『フライデーボンボン』に異動になったのか。彼が行う大ひんしゅくもののセクハラ、モラハラ、パワハラ、あからさまなハラスメント行為はどこか偽悪的に見え、彼もまた、報道局での26年の間に体内のコップからあふれてしまったひとりなのではないだろうか。
ふと、以前、脚本家の渡辺あやがQJWebのインタビューで、煙草を吸う行為について、
あたりさわりなく社会に存在するためにはそのエネルギーを全開にできないから、ちょっとずつ自分を殺している必要があるんじゃないかなって。それも一種の自己管理じゃないかと思うんですよ。
脚本家・渡辺あやインタビュー(5)煙草と人間のエネルギーについて「ちょっとくらい体に悪いこともやっていないと」
と語っていたことを思い出した。
村井のカラオケでの暴れっぷりを見ていると、折り合いをつけるためにこうなってしまったのかなとも感じる。といって彼の言動が許容できるかというとさすがにそうはいかないのだが……。
村井のハラスメントに耐えられない女性AD・木嶋(天野はな)は、浅川に言ってほしいと迫る。それが「下の人間のために。それが責任じゃないですか」と言うのは正論だ。でも浅川は何も言わない。木嶋だって、自分で言えばいいのに言わない。こういうことが世間にはいくらでもある。
ほとんどの人が、自分に降りかかる問題を何も言わずに抱え込んで、折り合いをつけながら生きている。でも、大多数の者がそれでいいと思っていても、たったひとりでも、それが違うと思ったら、断固主張すべきではないか。「善人とて闘うべき時は来る」と勝海舟に扮した桂木がカメラ目線で言っているように。
見ないようにしてきた物事にフォーカスする渡辺あや脚本
浅川は「おかしいと思うものを飲み込んじゃだめなんだよ」と岸本に発破をかける。
渡辺あやの脚本は、京都の古い学生寮を守ろうとする寮生たちの奮闘を描いた『ワンダーウォール』(2018年/NHK)にしろ、大学の不正を見逃せなくなる大学広報の葛藤を描いた『今ここにある危機とぼくの好感度について』にしろ、いつだって、気になるけれど見ないようにしてきた物事にフォーカスする。朝ドラ『カーネーション』(2011年/NHK)を除くと、これまでの彼女の作品では、ちょっと話数が多い『エルピス』全10話の中で、どれだけの人の心に火を点けることができるだろうか。
『エルピス ―希望、あるいは災い―』
毎週月曜22時から放送中
出演:長澤まさみ、眞栄田郷敦、三浦透子、岡部たかし、筒井真理子、鈴木亮平 ほか
脚本:渡辺あや
演出:大根仁、下田彦太、二宮孝平、北野隆
音楽:大友良英
プロデューサー:佐野亜裕美、稲垣護
写真提供=カンテレ
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