コンビニのおじさんは踊っていた、ただそこにある美しさ(岩渕想太)

2022.6.2
岩渕想太

文=岩渕想太 編集=鈴木 梢


『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』や『VIVA LA ROCK』といった大型音楽フェスに出演、人気バンドが多数集結する『パナフェス』の主催もするロックバンド・Panorama Panama Town(パノラマパナマタウン)のボーカル岩渕想太が、世の中の「違和感」を覚えた事象に、過去の経験から独自の視点で思考を巡らせるコラム連載「岩観(いわかん)」。今回は、ありふれた日常の中に潜む一瞬のノイズについて考える。


整理整頓された毎日からはみ出したもの

先日入ったコンビニで、私服のおじさんが当たり前のようにレジに立っていた。セブン-イレブンで、青いシャツの男がカウンターを打つのを私は生まれて初めて見た。「何か文句でも?」という表情を浮かべ、気だるそうにレジを捌いている。決められたものが、繰り返し陳列されつづける正確さや、そこから何かを選びつづける私たちの怠惰さを嘲笑うかのようなあの風貌。「あい次の人~」とかなんとか言っている。エプロンこそつけているものの、風景から完全に浮き出たおじさんを見て、私は、なんてエキサイティングな瞬間だ!と思った。

ちょっと前にも似たようなことがあった。インターネット回線の契約で、コールセンターのお姉さんと話をしたとき。理路整然とした契約内容の説明。工事費、初期費用の説明に差しかかったころ、高い声色がプツンと途切れて、電話の向こうから「ヘックシュン!」と聞こえた。あまりに大きい声だったので、こっちも驚いて黙ってしまう。電話の向こうからも気まずい沈黙が聞こえる。聞こえるかどうかギリギリの小さな「えへん」という咳払いをスイッチに、「びっくりしましたよね? すみません。」と彼女がしゃべり出した。さっきよりもいくらか低くなった声で、彼女にとってはこっちのほうが友達としゃべる口調なのだろう。

ほかにも興奮した瞬間がある。気象予報士が「最高気温」を噛んだとき。ボウリングのボールが奥で詰まってなかなか返ってこないとき。エスカレーターの工事で階段部分が剥がされ基板が剥き出しになってるのを見たとき。水族館で水槽の中に餌やりする手が見えたとき。中学の先生が明らかに遅刻しているのに、ほかの先生が体調不良と言ってもみ消したとき——枚挙にいとまがない。どれも整理整頓された毎日からはみ出したものたち。そんな瞬間を私は心待ちにしている。こう書くと意地が悪いみたいだけど、確かに待っている。

「純粋人間」が立ち上がるとき、ただそこにある美しさ

赤瀬川原平氏は著書『超芸術トマソン』で、「不動産に付着していて、美しく保存されている無用の長物」のことを「超芸術トマソン」と定義している。

この「無用の長物」ってところがミソで、たとえばトマソン第1号は四谷で発見された階段なのだが、これには昇ったり降りたりできるのに、昇った先に目的地がない。もともと、何かしらの入口のために作られたであろう階段が、その入口を失い、なんの役にも立たなくなってしまったという経緯のようだ。

ほかにも、扉を開いた先がセメントで塞がれている通用門や、それを覆っていたはずの山がなくなり構造体だけが残ったトンネルなど、路上で見かける、役に立たず、非実用なものが「超芸術トマソン」に該当するという。

岩渕想太連載
散歩中に見つけたトマソン。飯田橋駅付近にて遭遇(岩渕撮影)

なるほど──。確かに「人を昇らせたり、電車を走らせたりするために作られた」その本来の目的すら失って、ただそこにある建造物たちは時に美しく見える。本には何点か写真も載っていた。そのどれもが、なんの意味もないはずなのに何かを伝えようとしているように見えた。

トマソン第1号は「純粋階段」と名づけられている。階段が階段であることに対して、「純粋」だという意味だろうか。別に誰かの「ために」存在しているのではなく、ただそこに存在している階段のことを思うと、ある種の気高さや、崇高さを感じる。

最初に挙げたいくつかの事柄も、そうした意味で美しいものだった。コンビニの制服を着ていればコンビニの店員だと受け取られるという記号を超えて、コールセンターのしゃべりをしていればコールセンターの人だと受け取られるという文脈を超えて、ただそこにいる人間、「純粋人間」のようなものが立ち上がった瞬間のように見えた。と言うと言い過ぎだろうか。

階段の話でいうと、昇りも降りもしない部分のことを人は「踊り場」と呼ぶ。私は記号にあふれた世界の中で、意味もなく踊っているものが好きなんだと思う。今まで生きていく中で学んできたさまざまな記号や文脈を交わしながら、おじさんはただそこにいる。コンビニの中で自分の踊りを踊っている。それを私は美しいと思ったのかもしれない。


この記事の画像(全3枚)



  • Panorama Panama Town pre.「パノパナの日 2022」

    8月8日(月)下北沢BASEMENTBAR
    18:00開場/18:30開演 ※20:30終演予定
    料金:3,500円(税込/1drink別途要)
      
    オフィシャルHP先行受付
    5月24日(火)22:00〜6月7日(火)23:59まで

    関連リンク

  • panoramapanamatown

    Mini Album「Faces」

    【通常盤(CDのみ)】
    価格:2,420円(税込)
    1.King’s Eyes
    2.Strange Days
    3.100yen coffee
    4.Faceless
    5.Seagull Weather
    6.Algorithm
    7.Melody Lane
    FODドラマ『ギヴン』主題歌「Strange Days」を含む全7曲

    関連リンク


この記事が掲載されているカテゴリ

岩渕想太

Written by

岩渕想太

(いわぶち・そうた)Panorama Panama Town(パノラマパナマタウン)のボーカル、ギター。1995年1月18日、福岡県北九州市の商店街生まれ。実家は餅屋。

CONTRIBUTOR

QJWeb今月の執筆陣

酔いどれ燻し銀コラムが話題

お笑い芸人

薄幸(納言)

「金借り」哲学を説くピン芸人

お笑い芸人

岡野陽一

“ラジオ変態”の女子高生

タレント・女優

奥森皐月

ドイツ公共テレビプロデューサー

翻訳・通訳・よろず物書き業

マライ・メントライン

毎日更新「きのうのテレビ」

テレビっ子ライター

てれびのスキマ

7ORDER/FLATLAND

アーティスト・モデル

森田美勇⼈

ケモノバカ一代

ライター・書評家

豊崎由美

VTuber記事を連載中

道民ライター

たまごまご

ホフディランのボーカルであり、カレーマニア

ミュージシャン

小宮山雄飛

俳優の魅力に迫る「告白的男優論」

ライター、ノベライザー、映画批評家

相田冬二

お笑い・音楽・ドラマの「感想」連載

ブロガー

かんそう

若手コント職人

お笑い芸人

加賀 翔(かが屋)

『キングオブコント2021』ファイナリスト

お笑い芸人

林田洋平(ザ・マミィ)

2023年に解散予定

"楽器を持たないパンクバンド"

セントチヒロ・チッチ(BiSH)

ドラマやバラエティでも活躍する“げんじぶ”メンバー

ボーカルダンスグループ

長野凌大(原因は自分にある。)

「お笑いクイズランド」連載中

お笑い芸人

仲嶺 巧(三日月マンハッタン)

“永遠に中学生”エビ中メンバー

アイドル

中山莉子(私立恵比寿中学)
ふっとう茶☆そそぐ子ちゃん(ランジャタイ国崎和也)
竹中夏海
でか美ちゃん
藤津亮太

QJWebはほぼ毎日更新
新着・人気記事をお知らせします。