窪塚愛流論──ブレスレス。息ぎれしたとき、息もできないほどの恋が始まる。窪塚愛流のために。

告白的男優論#19 窪塚愛流

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文=相田冬二 編集=森田真規


窪塚洋介という偉大な俳優を父に持ち、2021年に俳優活動を本格スタートさせた窪塚愛流。彼の最新出演映画『麻希のいる世界』が1月29日に封切られる。

ライターの相田冬二は、本作での窪塚愛流を目の当たりにして「真の意味で2020年代最初の衝撃を受けた」という。俳優の奥底にある魅力に迫る連載「告白的男優論」の第19回、窪塚愛流論をお届けする。

日本語に翻訳できない“ブレスレス”の佇まい

ブレスレス。
彼の存在を、心の肌に感受したとき、この一語が浮かんだ。

映画の歴史を完全に変革したモニュメント。ジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』(1960年)の原題は、フランス語で「息ぎれ(A bout de souffle)」と名づけられている。

本作はのちに、アメリカでリメイクされたが、そのタイトルは『ブレスレス(Breathless)』であった(ゴダール作品の英語タイトルも『ブレスレス』)。

ブレスレスという英単語には、日本語に翻訳できぬ佇まいがある。
私は、ブレスレスという響きから、【真空】も想起するし、【過呼吸】もイメージする。

切羽詰まった危機的状況。
と同時に、どこまでも澄み切った静止状態。
その、いずれもを感じる。

『麻希のいる世界』の窪塚愛流を目の当たりにすると、精神がブレスレスになる。

『麻希のいる世界』で男子高校生・伊波祐介に扮した窪塚愛流
『麻希のいる世界』で男子高校生・伊波祐介に扮した窪塚愛流

窪塚愛流という“未知との遭遇”

『麻希のいる世界』は、男子高校生・伊波祐介にとっては、女子ふたりに【取り残される】物語と言えるだろう。

『麻希のいる世界』本予告編

祐介は青野由希に想いを寄せているが、彼女は目下、牧野麻希に夢中で、麻希の音楽的才能をどうにか世に知らしめることができないか、そのために全力で走っている。

麻希には、ファム・ファタル的な魅力があり、その魅惑の根源には、複雑な背景も関与している。複雑な背景というなら、祐介もそうだし、由希もそうなのだが、その複雑さにおいて、祐介は、あらかじめ、女子ふたりに【敗北】している趣がある。

新谷ゆづみ扮する青野由希(左)と日髙麻鈴が演じる牧野麻希(右)
新谷ゆづみ扮する青野由希(左)と日髙麻鈴が演じる牧野麻希(右)

だが、祐介が由希や麻希に振り回されっぱなしかと言えば、そんなことはない。
祐介は、よくいる、自分に自信のない男の子ではない。

ルックスはいい。ギターの腕前も確かだ。パフォーマンスには色気だってある。軽音楽部の部長として、学内の女の子たちにキャーキャー言われることにだって慣れっこだ。音楽制作もできるし、頭がよく、勘も鋭く、コミュニケーション能力もある。だが、そうした有能さが、由希や麻希には通用しない。そのありようと軋轢、その先にある思いがけない出来事を、映画は、目にも止まらぬ速さで追いかけていく。

由希と麻希の間に、なんとか入り込もうとする祐介
由希と麻希の間に、なんとか入り込もうとする祐介

それは、エリートの挫折ではない。
破壊や爆発、という表現も適当ではない。
あえて言うなら【鮮烈な空砲】と呼ぶべき何かである。

窪塚愛流は、華奢な身体と、ナイーヴな発声で、鮮やかさと、空虚を、強引に連結させ、私たちに、【美しい脱力】を体験させる。

それは【未知との遭遇】であり、あなたは、きっと、初めての出逢いに、夢うつつとなるであろう。

壊れそうで壊れない“強靭な繊細さ”

祐介としても、窪塚愛流としても、本作のクライマックスとなるシーン。
その幕開けの、【彼】の発声に射抜かれた。

怒号と怒濤。

求愛を、そのように力づくの言葉でしか叫ぶことのできない祐介が、マンションの廊下を、思いきり乱暴に、のし歩く。

おそらくは、相当に無理しているに違いない、その歩行と、悪い意味で足並みをそろえようとしている、祐介の慣れぬがなり声が【空転】する。

その、痛切さ。
どうしようもないほどの、【置いてきぼり】感。

そのあと、彼がどのような感情を露呈するのか、そして、その先に何が待っているか、ここでは語るまい。だが、その清冽(せいれつ)なイントロダクションとも言うべき、魂の【ブレスレス】状態は、私たちの神経に、忘れがたい【息ぎれ】を刻みつける。

私は、窪塚愛流という演じ手を、この映画でしか知らない。

だが、ありきたりの凶暴さでもなく、傷ついてばかりいる内向性でもなく、壊れそうで壊れない、【強靭な繊細さ】に、真の意味で2020年代最初の衝撃を受けた。

息を止めて、窪塚愛流のこれからを、見つめていきたい。

【関連】連載「告白的男優論」

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    映画『麻希のいる世界』

    2022年1月29日(土)より渋谷ユーロスペース、新宿武蔵野館ほかにて公開
    監督・脚本:塩田明彦
    劇中歌:「排水管」(作詞・作曲:向井秀徳)、「ざーざー雨」(作詞・作曲:向井秀徳)
    出演:新谷ゆづみ、日髙麻鈴、窪塚愛流、鎌田らい樹、八木優希、大橋律、松浦祐也、青山倫子、井浦新
    配給:シマフィルム
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