9年間のバイト実録。狂気はじける先輩と、あゆおじさんと、カラーコーンの告白と──。(ランジャタイ国崎)


『やだもう〜!』な9年間

さて、

仕事に慣れてくると、

8時間の「魔の部屋」でのすごし方もわかってきた。

おじさんが、「あゆ」になりきる、魔の部屋。

ただだた、8時間、

ひとり、小部屋。

お客さんが誰も来ない静かな日は、

無人島にいる気分だった。

そんな「魔の部屋」で、

せっかくだから、なんか芸ごとに役立つような

芸に繋がる、『芸の肥やし』になるような、そんなことできないかと思った。

そこで

部屋の窓ガラスはマジックミラーになっていて、外からは見えないことをいいことに、

自分に向かって、「調子どう?」と話しかけた。

そこから、ずーっと自分に話しかけたり、変な顔をしたり、とぼけたり、怒ったり、ギャグをしたり、外の道で歩いてる人に、室内からギャグを飛ばしたりした。

さらに、店の外に見える歩道の電柱とかにも、「よぉ!」と話しかけたりして、「元気ィ〜?」と会話をした。

ほんとうに何もなかったのだ。

誰もいない時間がありすぎて、

電柱に話しかけていた。

ただ、電柱と話すのも、楽じゃない。

電柱にもいろんなタイプの電柱がいて、

何言ってるんだと思われるかもしれないけど、

なかなか笑わないやつ(電柱)もいた。

そんなときは

笑うまで変な顔をしたり、オナラをこくさまを電柱めがけてしていた。

電柱だけにあきたらず、

スタンド内のカラーコーンにも話しかけた。

カラーコーンの告白を手伝ったこともある。

駐車スペースにいるカラーコーンが、自分で告白するのが恥ずかしいというので、かわりに洗車機前の綺麗なカラーコーンに、

「あいつ、君にホの字らしいんだよ」

と、好意を伝えてやったりした。

懐かしい。

また、カラスともよく絡んだ。

『カラスが飛んできたら、とにかく嬉しい男』

カラスが電線に止まるたびに、

「マジかよオイ!!」

「スッゲー!!」と拍手する、

その名も

『カラスが飛んできたら、とにかく嬉しい男』。

こんなのを、何を思ったか9年していた。

9年間だ、、

今考えると、

まったくの時間の無駄だった。。

もっと、

もっと有意義に時間を使うべきだった、、。

いつの日か、営業ライブで一緒になったアンゴラ村長が、

「芸人初の『気象予報士』になりたいので、いま勉強してるんです」

と、忙しい合間に本を広げて勉強している姿を見て衝撃が走った。

これだ。

『芸の肥やしになる』とは、このことだったのだ。

9年間、窓に映る自分を笑わせようとしたり、電柱に話しかけたり、電柱らにジョークを飛ばし、オナラをこいたり、カラーコーンの告白を手伝ったり、カラス嬉しい男だったり、そんなことではまったくなかった。

気象予報士の仕事はある。

電柱に話しかける仕事などない。

電柱に、オナラをかます仕事なんかない。

カラーコーンの告白を手伝う仕事はない。

「カラス嬉しい男」の仕事なんかない。

『やだもう〜!』

だけが残った。

それでも、

バイトを辞める際に、

スタンド本社の社員さんが

「国崎くん、いままでよく働いてくれたから」

と、リュックをプレゼントしてくれた。

仕事だってそうだ。

いろいろな業務(旗振り・ローリーの仕入れ・油種点検)をさせてもらえて、いい経験になった。

9年もいると、スタンドのスタッフも入れ替わっていった。

お茶を飲む仲だった夜勤のNさんは、高齢ということもあり、数年前にこの仕事を辞めてしまって、どうしているかわからないけれど、元気でいてほしい。

元気なら、最高だ。

さて、

スタンド勤務の終わりが近いある日

昔、Nさんからもらった急須でお茶を飲みながら、スタンドの外を眺めていた。

いつものように路地を歩く人やら、登校する小学生やらが歩いていて、

その中を、学生服で進む男の子がいた。

『あの子は、いつまでもおチビちゃんのままだね〜』

Nさんとずっと見ていた小学生の男の子は、

中学生になって、すこし大人びていた。

竹刀袋をもってるから、剣道部だろうか。

Nさん。

あの子、けっこう大きくなりましたよ

剣道部みたいですよ

あんなに「ランドセル」が大きかった、

おチビちゃんがですよ、はは

ねぇ、Nさん。

激動の昭和、あなたが頑張ったおかげで

この景色があるんだと思うと、

明日も頑張ろうという気分になりますよ。

Nさん。

あたたかいお茶を、

本当に、本当にありがとうございました。

あなたのおかげで、

いつも街が、輝いてみえます。

夕方。

ーガチャー

「お疲れ様ー!」

あゆおじさんが出勤してきた。

「休憩中?一番取ろうか!」

「いいですよ。今日こそは負けませんよ〜」

バイトを辞めるまで、一度は勝ちたい。

『〜はっけよい!!』

小さな部屋で、

大の大人が、相撲をとる。

『のこった!のこった!』

本気で、負けじと相撲を取る。

そのうちの片方は、

浜崎あゆみ本人になりきって、泣いたことがある46歳。

もう片方は、

カラーコーンの告白を手伝ったことがある33歳。

どちらも負けじと、踏ん張って踏ん張って、

のこったのこった、時間いっぱい

いつものように、おじさんは僕を豪快に投げ飛ばす。

ドスーーーン!!!

「まいったか!!」

嬉しそうに笑った口からは、

当たり前のように、歯が4本。

見えるだけでも、歯が4本。

さあ、いつもの決め台詞がくるぞ

「まだまだ!横綱をもっと見ないと!」

何がなんだか、笑ってしまった。

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