9年間のバイト実録。狂気はじける先輩と、あゆおじさんと、カラーコーンの告白と──。(ランジャタイ国崎)


バイト先の、あたたかい奇人たち

あたくしは、少し前にバイト先を辞めさせて頂いた。

大変、大変、お世話になった。

感謝してもしきれないくらい、

人にも、その環境にも、お世話になった。

バイト先は、ガソリンスタンドだった。

仕事内容は、小さな部屋でモニターを見て、お客さんが車のノズルを給油口に入れたら、確認して給油許可ボタンを押すという、監視業務だ。

お客さんが誰も来ない時間が大半なので、そのときは掃除か、ただ四畳半もあるかどうかの室内で、スタンドを見ながらじっとしている。

スタンド内を掃除もするが、それも2時間に一度のペースでなので、ほぼ部屋にいることになる。

この狭い部屋に、1人で8時間すごすのだ。

ガソスタの中でも、ここのスタンドは特殊でね〜、と

入って間もない時期、中番のおじさんに

「若い子が入ってきても、ずっと部屋で1人きりだから、『耐えられないです。』って辞めてく子が多いんだよねー。頭がおかしくなりそうなんだって。国崎くんはどっちかなあ??」

そう言われた。

そうか、

ずっと部屋にいるのはなかなか楽に見えるけど、精神的にキツいらしい。

まずやってみてわかったのが、

本当にもない部屋、8時間。

ずーっと1人だから、いろいろ考えたりする。

これは学生にはキツイかもしれない。

「僕は、音楽を聴いたりするよ。あ、そうそう、『浜崎あゆみ』を歌っているんだよね〜!」

おじさんは、『8時間1人きり』をすごす方法として、浜崎あゆみの曲を、大声で熱唱しているという。

「もうさ、『あゆ』になりきるんだよ。本人みたいにさ、そうやってずっと歌ってると、本当にそうだと思えてきて。シンクロするというか。ホント曲に入りこみすぎてね、泣いたことがあるよ、はは、ははは!」

ギョッとした。

おじさんは、本人さながらに歌い、あゆの気持ちになり、泣きながら歌ったことがあるのだ。

〝バイトもこの人も、ヤバいんじゃないか?〟

そう思ったけど、やるっきゃない。

こうして、バイト生活はスタートした。

朝7時。

夜勤の人と入れ替わり。最初の1時間は、夜勤早番で引き継ぎ作業をして、掃除をしたり、連絡事項を確認し合ったりする。

夜勤は「Nさん」という、初老の方だった。

僕の掃除が終わるとNさんは

「退勤まで時間があるから」と、自前の中国茶を煎れてくれて、これがとにかく美味しかった。

Nさんと、お茶を飲みながら外を見ると、

スタンドの道沿いを、小学生たちが集団登校している。

それを眺めながらNさんは、

「あの子はいつまでもおチビちゃんのままだねえ〜」

「寒くないのかね、半袖で、この冬に」

「ああ、あぶない。はは、あんなにあわてて」

そう感想を言いながら

街の様子を眺めて、2人でお茶を飲む。

この時間が、すごくゆるやかで、素敵だった。

茶菓子を用意して、Nさんとはいろいろな話をした。

町工場で働く職人だったNさんは、激動の昭和。

「あの時代は楽しかったなあ。みんな貧しかったけど、汗水垂らして働いてね。みるみる日本がよくなって、仕事帰りに、夕陽が街に沈んでいくのが見えて、ありゃあ綺麗だったな。それ見たらさ、明日も頑張ろうと思えたんだ」

そう言って、Nさんは登校している子どもたちを見る。

「あの時代に、踏ん張って、頑張った結果がさ。少しでもあの子たちの、暮らしの役に立ってると思うと、ねえ。、、嬉しいねえ」

ズズとお茶を飲む姿に、哀愁がある。

、、カッコいい!

そうして引き継ぎが終わると

それからは、8時間。

ひたすらに、8時間。

1人での勤務になる。

夕方になると、浜崎あゆみ熱唱の

「あゆおじさん」がやってくる。

おじさんとの引き継ぎは、Nさんとの優雅な時間ではなく、とんでもない時間だった。

「相撲とろうよ国崎くん。どっちが強いか勝負しない?!」

ある日、何を思ったのかおじさんにそう言われ

「休憩中ならいいですよ」と OKしてしまった。

その日から、

おじさんとは引き継ぎで、いつも全力で相撲をとるはめになった。

僕より体格のいい、少し小太りのおじさん。

そんなおじさんと、

小さな部屋で、大の大人が、相撲をとるのだ。

だいたい僕が負けて、おじさんは僕に向かって

「まいったか!!」

と大声で言う。

これがもう何やらされてんのかわかんなくて、いつも笑ってしまった。

「まだまだ!横綱をもっと見ないと!」

僕に勝ったとき、必ずおじさんはこれを言ってきた。

さらに曲者は、このおじさんの人生。

ここにくる前の彼は、

「ホームレス」だったというのだ。

「5年間、家無し!!ダンボールハウスだったよ、はははは!!」

笑顔の歯が、見えるだけでも4本しかない。

〝ホームレスを経て、このスタンドが拾ってくれた!感謝してる!いまスッゲー幸せだよ!〟

熱弁しながら、おじさんは家無し時代のことを語ってくれた。

「風呂がないから、だいたい公園の水道なんだよ。トイレにシート敷いて寝たりして」

「コンビニのスティックパン6本だけで、1週間もすごさないといけなくてさあ!」

「しかも、食べる配分ペース間違えちゃって。1日目にさ、『3本』食べちゃったんだよ」

「残りの5日が『2本』しかないんだよ!?ぅ〜〜っ、なんなんだ、、地獄だったよ。なんなんだ!マジむかついたなあ!!」

はじける狂気が、本物だった。

彼には伝説がある。

家無し時代、

上野の炊き出し会場におじさんが並んでいると、まったく同時刻に、別会場の池袋にある炊き出しに並んでいる「おじさん」を、仲間たちが目撃したらしい。

「ビックリでしょ!?」

同じ時間に2人存在していたおじさんに対して、仲間たちからは「〇〇ちゃん、よっぽどお腹が空いてたんだね〜!」と言われたという。

「俺がもう1人並んでたんだって!よっぽどお腹すいてたんだろうなあ!」

愉快な人だった。

そんな人だから、一気に仲良くなり

おじさんが世話になったらしい、「チャイさん」という人物に会いに行ったことがある。

その方もダンボールハウスの住人なのだか、おじさん情報では、チャイさんのダンボールハウスは、テトリスのL字型の棒を、横にしたような形をしているらしい。

「そんな家、ほんとにあるんですか!?」

そう聞くと、

「だいぶ前だから、残ってるといいんだけど」

不安そうなおじさんと、上野のそこらじゅうのダンボールハウスを探して回った。

しばらくして、

「あああ!!!」

おじさんが叫んだ。

「あれ、あれ!!!」

指をさした向こう側に、確かにLを倒したような家があった。

「あ、あった、、!」

おじさんが勢いよくL字型ハウスに走っていく。

追いかけていくと、

L字型の長細いダンボールの先で、おじさんが、何やら言っている。よく見ると、ダンボールの家に、ダンボールの小窓がついている。その小窓を「チャイさーん!チャイさーん!」と、勢いよく叩いている。

コスコス!

コスコス!

ダンボールでできているから、ノックの音が聞いたこともないような音をたてている。

コスコス!

コスコス!

「チャイさーん!」

コスコス!

コスコス!

「チャイさーん!!」

コスコス!

コスコ、、

すると、

ダンボールの小窓が

「スッコーン!!!!」

と、開いた。

『誰だあああーーーー!!!!』

ダンボールの小窓から、

チャイさんであろう顔が、ついに出た。

チャイさん『誰だー!!』

「チャイさん!俺だよ〇〇だよ!久しぶり!!」

チャイさん『、、、、〇〇ちゃ〜〜ん!!』

ダンボール小窓を挟んでの、おじさんとチャイさんの再会は、漫画みたいだった。

そのあと

チャイさんの家に案内されたが、入り口が狭くて、ほふく前進で進んだので、おじさんと途中で「チャイさん狭いよ〜!」と笑ってしまった。

ランジャタイ国崎

そんな、中番の引き継ぎの、あゆおじさん。

さらに、

あたたかい感情をくれる、夜勤のNさん。

この2人に挟まれながら、早番で働かせてもらっていた。

『やだもう〜!』な9年間

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