岩井秀人「ひきこもり入門」【第5回後編】子と親にとっての幸せとは何か


ひきこもりを知りたいひきこもり

岩井 池上さんが取材されるなかで、読者や取材対象の方からのリアクションも気になります。

池上 2009年から『ダイヤモンド・オンライン』で「『ひきこもり」するオトナたち」という連載をしています。半年くらいで始めたつもりがすごい反響だったようで、10年以上続いています。読者から、自分の兄弟姉妹、同僚、自分自身も共通する部分があるというリアクションがたくさん届きました。

2010年頃に配信した記事「成績優秀なのに仕事ができない“大人の発達障害”急増の真実」は、1千万PVを超えるアクセスがあって、まだ記録は破られていないと聞いています。発達障害はひきこもり状態にあるひとつの背景でもあるんですけど、当時はまったく知られていなくて、「子供の障害だ」みたいな認識でした。連載が始まったのは、バブルが崩壊したのちの「失われた20年」と呼ばれた時代で、終身雇用はもはや神話であることが広まり、派遣という働き方が持てはやされている頃でした。

ひきこもる方って、頭のいい人がすごく多いんです。学校の成績は問題どころか優秀なので、順調にいい大学を出ていい会社や役所にトントン拍子で入った。しかし辿り着いた環境で、人間関係やコミュニケーションなどこれまでとは違う能力を急に求められます。そこでうまくいかなくなるということがあちこちで起きていた。

昔は経済も右肩上がりなので、会社で上司や同僚が困った人を支えられる余裕がありました。今ではみんながギリギリで、ノルマに追われている。就職氷河期世代は特にそうですが、人を助けていたら自分が足元をすくわれてしまうようになってしまった。生きづらさを感じた人たちがどんどん取りこぼされて、いったんレールから外れてしまったときには元に戻れなくなる。そういう方々が、いわゆる“大人のひきこもり”というかたちで顕在化してきたんです。

岩井 僕は自分のベースはひきこもりだと思ってるんで、どれだけ社会に参加する気力を失っても自分でその状態を許容できるんですよ。しかしずっと社会の順位の上のほうで生きてきている人は、自分の不適合な部分をうまく許容できない気がします。へたをすると一気にすごいところまで落ちちゃう可能性がある。そういう人にとって、池上さんの文章は精神的な保険になっていると思いますね。

僕がこもっていた時は、「自分以外の人は全員、社会に参加してうまくやっている」と思っていました。池上さんの連載を読んで、他にも同じような人がいると知れることにすごく意味があると思います。

「僕はライトなひきこもりキャリアなんで、自分よりも格段に深刻なケースを知ってかなり無力感を感じた」(岩井秀人)

池上 当事者は横のつながりを持ちにくいですからね。自分ひとりだけが苦しんでると思っている人が多い。

岩井 池上さんの本のどこかに「ひきこもりを知りたいひきこもり」という言葉がありました。ひきこもりの人たちが、他のひきこもりの人たちを知りたがっていると。当事者たちが集まって雑談やコミュニケーションができる場所はあるんですか?

池上 2012年8月から、僕たちが仲間で発起人になってフューチャーセッション「庵 -IORI-」という対話の場をやっています。「庵」はひきこもりというテーマではあるんですけど、実は多様な人たちに来てもらっています。グループに分かれてテーマを選び、ファシリテーターが入って対話をする場になっています。そういう場所自体がそれまではなかったので、今は全国から100人以上の参加者が集まっています。現在はコロナ禍でオンラインになっていますが、当事者たちだけが集まってオフ会もやっています。

岩井 オンラインになったからこそ参加できる人もきっといるかもしれないですよね。

池上 匿名で住所も知られないから、参加しやすくなったという人はいます。でも、インターネットが苦手な人は音信不通になってしまうという側面もあります。岩井さんも、よろしければ庵にいらしてください。

岩井 ぜひ! 僕はライトなひきこもりキャリアなんで、自分よりも格段に深刻なケースを知ってかなり無力感を感じたんですよね。20年以上こもっている人たちの前で、せいぜい4年ほどしかこもっていないライト層が何かを話しても怒られるんじゃないかと。

池上 当事者の声を一般に届けることを目的とした『たびだち』という雑誌も作っています。当事者約20人がオンラインで編集会議をして、テキスト、写真、デザインを全部自分たちで担当しています。是非、庵で岩井さんを囲む会ができればいいですね。そこであった話をネタとして演劇の脚本に……。

岩井 僕、平気で使っちゃいますよ(笑)。

池上 というようなことを逆に言ってもらったほうが、本人たちはあるある話をいっぱい持ってきてくれると思います。経験を役に立てたい、伝えてほしいと思っているので。お互いにWin-Winになれるんじゃないかと思います。

岩井 こっちばっかり得する気がするけど(笑)。

■岩井秀人「ひきこもり入門」は毎月1回配信予定です

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  • 岩井秀人 最新情報

    企画・進行・演出を手がける「いきなり本読み!」TV版がWOWOWにて2021年5月よりスタート

    また、2018年にフランスで上演した「ワレワレのモロモロ ジュヌビリエ編」が映像配信中

    関連リンク

  • 【連載】ひきこもり入門(岩井秀人)

    作家・演出家・俳優の岩井秀人は、10代の4年間をひきこもって過ごした。
    のちに外に出て、演劇を始めると自らの体験をもとに作品にしてきた。
    昨年、人生何度目かのひきこもり期間を経験した。あれはなんだったのか。そしてなぜ、また外に出ることになったのか。

    自分は「演劇ではなく、人生そのものを扱っている」という岩井が、自身の「ひきこもり」体験について初めて徹底的に語り尽くす。

    #【連載】ひきこもり入門(岩井秀人) の記事一覧


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