「人生、終わったな」と思い、2階のベランダの前に立った
ひきこもっている間は「自分は特別だし、宇宙も理解しているのだから、いつか誰かが迎えに来るだろう」くらいに思って呑気に暮らしていたが、そのまま「20歳」という異様に生々しい年齢になってしまったと同時に彼女もいなくなり、一気に絶望に襲われた。残ったのは化膿しまくった心の傷と、友達にも親にも自分にも弱音を吐けない八方塞がりな状況だけだった。
ひとりになって初めて、理想ではなく、現実を直視した。なーんにもない自分を見て「ああ、人生、終わったな」と思った。そのまま2階のベランダから飛び降りようと思った。
しかし、それすら怖くてできなかった。直前まで「俺は死ぬんだ」と確信していたのに、平気で「さてと……」と別のことを考え始めた。ちゃんとした恐怖は人を前向きにさせることがある。のかもしれない。
「飛び降りるのはいつでもできる、もうちょっとリスクが少なくて挑戦できることがあればそれやってからでもいいよね……」と必死で自分に言い聞かせた。
何ができるかを考えた。夜な夜なリビングで映画を観て、常々大興奮、大号泣していることを思い出した。
そして、「こんな虚無な人間をここまで興奮させてくれる映画というものに関わってみたい。その挑戦がダメだったら、またこのベランダに戻ってくればいい」と思うようになった。
そうして僕は俳優を志し、もう一度外に出た。
そこからの「俳優修行僧」っぷりはなかなかなものだったと思う。ホームビデオで自分の演技を見返すと、立ち方からしゃべり方まで何もかも気持ち悪かった。ひきこもりで養われた「自分を責めつづける力」を俳優業に当てた。背水の陣だった。ダメだったらベランダだったし。
どんどん自分を追い込んで修行していく一方で、「現実ってこんなに楽だったんだ」とも思っていた。問題点を1個1個潰していけば確実に改善していくことに感動していた。
部屋でひとりでいると、妄想の中でたったひとつコミュニケーションを失敗しただけで「全部終わる、全部終わる……」と思ってしまう。外に出たときの「TSUTAYAのカードの更新がうまくいかなかった」みたいなちっさい傷が、「それくらいのことができないということは、さらに外の世界で大きな過ちを犯すだろう」と、頭の中でどんどん膿んでいく。不安が際限なく膨らんで部屋の端までみっちみちに埋め尽くす。それは、現実で生きていくことよりも遙かにしんどいことなのだ。
が、一歩外に出てみると実際は「ダメだったらダメでOKで、じゃあ次どうする?」という生き方でよかった。そんな生き方は誰にも教わってない、外に出て、初めて現実のシンプルさに気がついた。他者と思ったことをぶつけ合えば、気に病む間もなく、すぐにボンって結果が出る現実に、不思議と安心できた。
そうして僕は、外に出られた。
けれど、いろいろと生活を振り返ってみたものの、どうして僕が家から出られたのかは結局わからないし、よく覚えていない。映画に関わりたかったから、彼女がいなくなったから、というのも単なるきっかけに過ぎず、「出よう」と思ったこと、出られたことの本質的な理由ではないと思う。ただ、その時が来たとしか言いようがない。
ずっとそばで見ていたはずの母もわからないと言っていた。母はひきこもる僕に「何もしない」ということをやっていたそうだ。外に出るのをただ待っていたという。
たとえ社会でいくら失敗しようと最後の砦として「家族」があることは、生きていく上ですごく強いことだと思う。
「どんなことがあっても私たちが味方で、あなたがひとりだと思っても絶対にひとりではない」と潜在的にも直接的にも思わせてくれる存在、という意味での「家族」。それは多かれ少なかれ、誰しもに必要なのではないだろうか。
だけど、僕の家族はそうじゃなかった。
これから、家族について話そうと思う。
■岩井秀人「ひきこもり入門」第3回・後編「両親は『父親』と『母親』を演じるのがへたくそだった」は、2020年8月29日配信予定
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岩井秀人 最新情報
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【連載】ひきこもり入門(岩井秀人)
作家・演出家・俳優の岩井秀人は、10代の4年間をひきこもって過ごした。
のちに外に出て、演劇を始めると自らの体験をもとに作品にしてきた。
昨年、人生何度目かのひきこもり期間を経験した。あれはなんだったのか。そしてなぜ、また外に出ることになったのか。自分は「演劇ではなく、人生そのものを扱っている」という岩井が、自身の「ひきこもり」体験について初めて徹底的に語り尽くす。
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