運命のズボン「山と道『5-Pocket Pants』」と、ケニアの悲劇――ハイパーハードボイルドギアリポート(1)

2020.5.16

朝は絶望を携えてやってきた

ホテルのレストランもまだ開かない6時過ぎ。部屋をノックする音で目が覚めた。ベルがあるのにゴンゴンとノックするのはアフリカのあるあるだが、今朝のその音は心なしか優しく、それでいて力強く響いた気がする。

扉を開けると、昨晩の女性が立っている。
その充血した目は、この瞬間までつづいた激しい戦いに勝利した戦士のそれであった。
僕たちの間にもう言葉はいらない。
彼女はゆっくりと僕にジャージを手渡す。
僕はそのふんわりとしたドライな手触りに歓喜した。なぜだか焼きたての焼き芋のような香ばしささえ漂っている。
彼女を抱きしめたい気持ちを抑え、深く頭を下げると、彼女は安心したようににこりと微笑み自分の持ち場へと戻っていった。

僕はベッドに横たわり、撮影済みの素材を反芻し、今日撮るべきものをメモ帳に書きつけた。
あっという間に出発の時間がやってくる。
慌てて例のふっくらとしたジャージに足をねじ込んだ。そう、ねじ込んだのである。そんなはずはなかった。だって、そのジャージは僕が寝巻きに穿いているものだから、どちらかというとゆるゆるの部類に属するサイズ感のものである。

しかし僕のねじ込んだ感覚は、悲しいほどに正しかった。
ぐいっと腰まで引き上げたその時、裾は膝下まで上がった。
本来はくるぶしの下あたりでゆったりと止まっているはずのジャージの裾が、今は僕のふくらはぎの上を締め上げて、その下ですね毛が驚いたまっくろくろすけのように逆立っている。鏡を見れば尻の割れ目もくっきり浮き出し、下腹部もギュンギュンに締め上げられている。

縮んだのだ。
目測、70%ほどのサイズに。
レディースのSである。
レディースのSのタイトなジャージにBoAさながら、わたしという戦うボディをねじ込んだのである。

あの女性は、夜を徹して僕のジャージを洗い上げ、血眼になって高温で乾かし、結果メンズのLをレディースのSに縮小して返してくれたのだ。

焼き芋のような匂いは勘違いではなかった。確かに彼女はズボンをほとんど焼くに等しい温度に晒してくれたに違いない。
しかし、僕に彼女を恨む道理はない。
こちらの無茶な願いに応えてくれたのだ。それに僕は「レディースSにはしないでください」と言ったわけでもない。頼んだとおり、ジャージは綺麗になって、乾いて、僕の手元に届けられた。ただ、常軌を逸して縮んだだけのことだ。

不運なことにワークパンツを通常のランドリーサービスに預けてしまっていた僕は、この日アフリカの大地をケツぷりぷり、すね毛モサモサで撮影して回ったのだった。
リーダーの威厳は一歩あるくごとにキラキラと音を立ててこぼれ落ち、すね毛の妖怪を始終喜ばせていた。

それ以来、僕はすべての服を自分で手洗いするようにしている。
今ではカメラマンもアシスタントもなしで渡航するから着替えを持っていられない。夜に洗ったズボンは朝には乾いていなければならないし、破れたらゲームオーバーだ。
それで、僕は『山と道』のタフでよく乾くズボンに辿り着いたのである。

なお、縮み切ったアディダスのジャージは現在、妻の寝巻きとして大車輪の活躍を見せてくれている。けっこう伸びてきたので、そろそろ僕もまた穿けるかもしれない。

最近は膝下丈から七部丈くらいまで伸びてきた(筆者撮影)


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