平成女子が夢見たコスメ「メイベリン」のCMが教えてくれたこと

文=長井 短 編集=高橋千里


演劇モデル・長井 短。平成5年に生まれ、平成を生き抜いてきた彼女が、忘れられない平成カルチャーを語り尽くす連載「来世もウチら平成で」。

今回は、子供のころに憧れた化粧品ブランド「メイベリン ニューヨーク」を振り返る。

初めて海外に憧れた「イェス!メイベリン♪」

初めて「海外」の存在を意識したのっていつ? 私は、幼なじみからハワイ旅行のお土産をもらったとき。花柄の、小さなサーフボードのキーホルダーは今も私のトランクに大切についている。

じゃあ、初めて海外に憧れたのは? そりゃやっぱあれでしょっていう絶対的なものが私にはあって、メイベリンのCMだ!!

子供のころ、どのチャンネルで何を観ていても流れていたんじゃない?ってくらい、とにかく観た。そして聞いた。

「イェス!メイベリン♪」この歌を聴くたびに、まったく知らない「外国」っていうものに憧れて、きっといつか私もそこを闊歩するんだろうと夢想した日々。というわけで今回は、平成メイベリンCMを思い出そうよ〜!

真っ赤な口紅、バスローブ…メイベリンCMの衝撃

退屈なニュース番組や、あんまり理解できないバラエティ番組の合間に、それは突然始まる。軽快なビートに乗せて、ものすごく聞き取りやすい女性の声。

「ネイルを乾かす時間がないの〜?」そのあまりの滑舌のよさと、不思議に淡々と聞こえるフロウ。メイベリンのご登場である。

画面にはタオルで頭をぐるぐる巻きにした外国の女性が映っていて、退屈そうにドライヤーでマニキュアを乾かしている。な、なんか……見たことない女だ……!

母親もマニキュアを塗っているけど、こんなふうに頭にタオルを巻いたりしない。しかも、バスローブ着てない!?

親戚にも友達の親にもいないタイプの、まったく見たことがないタイプの女性。日本のテレビドラマにだって出てこない。真っ赤な口紅を塗って挑発的な表情を浮かべるその人を、ひと目見た瞬間「かっこいい」と思った。

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こんなのもある。セピア風の画面の中で、女性が何かを振り払うかのように走っている。彼女は大胆にも洗面器に頭を突っ込んで顔を洗い、それからマスカラをたっぷり塗るのだ。

正直まったくストーリはわからないけれど、やはりこれも見た瞬間「かっこいい」と思った。

地球は丸くてひとつ。CMで感じた「未来への期待」

何が、なのかわからないけれど、メイベリンが作るCMは全部、とても大人っぽく見えた。

ナレーションの力も大きかったと思う。強い抑揚を持たずに音読される商品説明は、いかにも外国語を直訳しているような冷静さがあって、茶の間にニューヨークの風が吹いたみたいな気分になるのだ。

ほぅ……これがニューヨークね。ニューヨークは、アメリカね。日本の東京、アメリカのニューヨークね。そんでイギリスのロンドンね。国と都市って、外国にもあるのね。まさかメイベリン側も、小学生がCMからそんなことを学習しているとは思わないだろう。

※画像はイメージです

『フルハウス』とか、『ハリー・ポッター』とか、もちろん外国の作品に触れることはこれまでにもあったけれど、メイベリンのCMには圧倒的な“生感”があった。家にいながら海外にいるみたいな気分になるのだ。

それはなんとなくだけど、きっとこのCMが、同じような声色の言語違いのナレーションで、外国でも流れてるんだろうなって気配がしたから。同じものを見ているんじゃないかっていうワクワクを、テレビの前で感じていたことをよく覚えている。

世界中の女の子たちがこれを見ていて、あ〜いいなとか、かっこいいなとか、思ってるんだろうなっていう期待。それは地球が丸くてひとつだってことへの興奮につながって、大人になることとか、もっと広い世界に出会っていける未来への待ち遠しさになる。

私って、いったいどんなお姉さんになるんだろう! 「イェス、メイベリン」って小さくつぶやきながら、明日が楽しみで仕方なかった。

“お姉さん”のかたちってひとつじゃない

触れると痛そうなほど力強いまつ毛。隙のない真っ赤な唇。驚くほど高いヒールに大胆なミニスカート。それらは見慣れないものだった。

街を歩いても、こんなお姉さんはなかなかいない。テレビの中にもあんまりいない。これまで見つめてきたお姉さんたちとあまりに違うその姿は、大人っぽくて、強そうで、私もお姉さんになったらあんなふうになれるかしらって、よく想像した。

※画像はイメージです

どこだかわからないメイベリンタウンを、ハイヒールにロングヘアなびかせて闊歩するの。もちろん数人の女友達と一緒に。

大きく口を開けて笑って、洗面台で頭洗いたい。バスローブもきっと買う。それで、みんなでお泊まりして、マニキュアの塗り合いっこするんだもんね。

今思い返すと、メイベリンのCMがなかったら「お姉さん」のイメージってもっと一辺倒なものになっていた気がする。なんだかんだフェミニンであらねばみたいな、そんなに赤い紅引くもんじゃないか、みたいな。

「強い」ってことへの憧れが育ったのは、たぶんメイベリンのおかげだ。いろんなお姉さんがいるってことも教えてくれた気がする。

こうやって考えると、本当にCMって大切で、同時に怖いものなんだな。そりゃ、大金が動くわけですわ。

大人になった私は、時々CMに出る。人気ないからあんまり機会はないけど、でももしまた、何かのCMに出ることになったら、あのころ私が抱いた感動とか憧れを、子供に感じてもらえるような働きをしたい。

いろんな人がいて、いろんなやり方があって、“お姉さん”ってひとつじゃない。そんで、地球は丸くてけっこう近い。

きっと何にでもなれるんだって胸の高鳴りで眠れなくなっちゃうようなCMが、もっともっと作られますように。

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長井 短

(ながい・みじか)1993年生まれ、東京都出身。「演劇モデル」と称し、舞台、テレビ、映画と幅広く活躍する。読者と同じ目線で感情を丁寧に綴りながらもパンチが効いた文章も人気があり、さまざまな媒体に寄稿するなか、初の著書『内緒にしといて』を晶文社より出版。

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