ハリウッド製作で感じた“小さな映画を”
ポン 『オクジャ/okja』と『スノーピアサー』は予算が実に大きかった。CGや視覚効果もふんだんに使っていましたし、そうなるといろいろと気が分散します。監督の立場からすると、エネルギーを使うべきところが多くなるわけです。でも今回の『パラサイト』は自分にピッタリ合うサイズに戻ってきた感覚。『殺人の追憶』や『母なる証明』のようなサイズで、安心感、楽な気持ちがありました。だからこの映画の撮影はとても集中し、楽しみながら作業ができました。これからは小さな映画を作りたいです。
TBSラジオ『アフター6ジャンクション』(2020年1月8日放送)より
もちろん「小さな映画」というのは、あくまでもハリウッドとの比較だ。演技のアプローチの違いについては、『スノーピアサー』『パラサイト』両作に出演しているソン・ガンホがこんなことを言っている。
宇多丸 ハリウッド型の映画制作を経験されて、プロセスにとまどいはありましたか?
ソン それはありませんでした。でも、正確に(演技)プランを決めていくので、やり方に慣れてはいなかったのですが(以下略)。
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演技プランとはいわば段取り。つまり『スノーピアサー』では、「このセリフのあとで振り向く」「音に驚いて跳び退く」「受けとるために右手を出す」といった細かい動きまで決めて本番に挑んだ、ということだろう。一方で最新作の『パラサイト』はーー。
ソン 「どうにでもなれ!」という気持ちで臨みました。何か計画を立てたり計算することもなく、心の扉を開いて楽な気持ちで。(中略)(演技の)計画を立てたり計算したり目標を作ってしまうと、よくない気がするんです。
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監督が重視する“綿密な箱”と“遊び”
ハリウッドと韓国の違いーーというと話が大きくなりすぎるので、あくまでポン・ジュノ作品の、ハリウッド製作と韓国製作の違いで考えたい。
俳優の演技プランを決めそのとおりにやるのではなく、瞬間的に生まれた対話や息づかい、リアクションを鮮明にする。たとえばケン・ローチ監督や是枝裕和監督は、俳優に台本を渡さずに撮影することがある。次に何が起きるか知らなければ、俳優は出来事に対して純粋に反応するしかない。『万引き家族』のラスト、安藤サクラ演じる信代が警察官に尋問されているシーンは、安藤自身はどんな質問をされるか知らずに撮影に臨んだファーストテイクだったという。
“俳優の心の揺らぎが登場人物と重なる”その瞬間を捕らえること。そういった演出法を、韓国国内製作のポン・ジュノ作品では重視しているのだ。
宇多丸 演出は細かい指示を出すのでしょうか。
ポン ストーリーボードを精巧に描き、撮影はそのとおりに進んでいきます。撮影監督や美術監督、照明チームとは、かなり緊密に、私が撮りたいものを話し合い、カメラアングルやカメラワークについて、非常に細かく注文します。ですがステージが整えば、俳優に対してはなるべく言葉数を減らすように心がけています。
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つまり、スタッフは綿密な箱を用意し、その中で俳優が“遊べる”ように解き放つ。全スタッフ・キャストによるチームプレイのなせる技。「遊ぶ」といっても『パラサイト』では狭い場所で主な物語が展開するため、簡単にできることではない。俳優たちは多くの制約を楽しみながら、セリフや行動でお互いに瞬間を重ね合う。綿密な台本、堅牢なスタッフワーク、俳優たちの自由で瞬発的な芝居、すべてがそろうことでここまで鮮度も濃度も高い作品になっているわけだ。
ハリウッドでの経験があったことで、ドメスティックな映画製作の利点を再認識し、さらに高水準の映画製作につながった。作劇的な視点で見れば、格差社会の構造を列車の車両という“横”の表現(『スノーピアサー』)から、さまざまな“高低差”を取り込むことで、経済格差を“縦”に表現(『パラサイト』)したというつながりもある。これらを成し遂げた、ポン・ジュノの底知れなさたるや。
そんなわけで年明け1発目に見た『パラサイト』は、心の中でずっと大小さまざまなサムズアップが行われつづけた作品だった。今もうっとりしている。
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『パラサイト 半地下の家族』
出演:ソン・ガンホ、イ・ソンギュン、チョ・ヨジョン、チェ・ウシク、パク・ソダム、イ・ジョンウン、チャン・ヘジン
監督:ポン・ジュノ(『殺人の追憶』『グエムル -漢江の怪物-』)
撮影:ホン・ギョンピョ
音楽:チョン・ジェイル
提供:バップ、ビターズ・エンド、テレビ東京、巖本金属、クオラス、朝日新聞社、Filmarks
配給:ビターズ・エンド
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