AI美空ひばりをめぐる議論は周回遅れ?漱石・米朝アンドロイドからわかること

2020.2.27

漱石アンドロイド――本人と本人を知るすべての人間が死去したのち制作されたケース

漱石アンドロイドは、2016年に夏目漱石の孫にあたる夏目房之介、大阪大学大学院石黒研究室、朝日新聞社が協力のもと、二松学舎創立140周年事業の一環として作成された。

漱石アンドロイドは、本人はもとより漱石を知るすべての人間が死んだあとで作られている。米朝アンドロイドの場合は米朝自身の音声が使われているが、漱石の音声記録は残されていないため、孫の夏目房之介の声を使用し、作品の朗読や演劇への出演を行っている。身体に関して言えば、朝日新聞社が保有していたデスマスク(死者の顔を型どったもの)を使用して顔は作ったものの、身体的な特徴は記録からも確かなことがわからない部分が多いながらに制作されている。

つまり、先ほど挙げた
(1)本人の死後に(遺族の許可を得ているとはいえ)本人の許諾や監修なく制作されていること。
(2)全盛期を知る人間が満足するクオリティではないこと。
(3)ディープフェイク(芸をコピーしたものを披露するのでなく、勝手に新規にしゃべらせていること)であること。

この問題で言えば、(2)は「全盛期を知る人間」がもはや全員死んでいるので該当しない(判定不能だ)が、(1)と(3)は完全にアウトだ。

ところが漱石アンドロイドも、一部の漱石研究者から批判はあるものの、朗読や演劇を観た人からの反応はおおむね肯定的である。

なぜか?

生前の「本物の漱石」がどうだったのか、誰もわからないからだ。

もちろん、弟子の寺田寅彦をはじめ、漱石の周囲にいた人間が「漱石はこんな人だった」ということを書き残してはいる。かんしゃく持ちだったことは有名だ。しかし小説を朗読中の漱石アンドロイドがいきなり怒りを爆発させるわけもなく(そう動くようにすることは可能だが、そんなことは誰も望まない)、良くも悪くも性格の生々しさ、感情の起伏が欠落した存在として漱石アンドロイドはある。

いわば「動く偉人の銅像」なのだ、と石黒は『こころをよむ 人とは何か アンドロイド研究から解き明かす』で形容している。

偉人の銅像を見たときに、普通、人は「この人はどうも人格的にはひどい人だったらしい」ということを真っ先に想起しない。生前の姿を見聞きしていないことが多く、しかし、残した功績はよく語られて知っているからだ。

漱石の場合も「文学史に残る偉大な作品を書いた人」という情報のほうが「偏屈で怒りっぽかった」という情報よりはるかに流通している。仮に漱石の銅像がどこかにあったら、それを見る大抵の人はまず「著名な文豪」として対峙する。

そして時代を経れば経るほど「生身の人間・夏目金之助」よりも「夏目漱石の銅像」のほうがパブリックイメージとして流通していくようになる。

漱石アンドロイドに対しても同様だ。漱石アンドロイドの露出が増えれば増えるほど、我々がまず想起する「夏目漱石」は、おそらく漱石アンドロイドの声や動き、身体になっていく。

AI美空ひばりが美空ひばりのパブリックイメージとイコールになる日

ということは、AI美空ひばりを未来に社会がどう受容するか、も見えてくる。

今後、生前の美空ひばりを知らない人が増えれば増えるほど、「これが美空ひばりか」と思う人が増えていき、ついにはAI美空ひばりこそがパブリックイメージそのものになる。

今はディープフェイク的な試みに対して「あんなこと勝手に言わせやがって。冒涜だ」という声が強いが、未来には「これは本物ではないけど、こういうことを言いそうな人だったんだね」という受け取り方が主流になっていくだろう。

それってどうなんだろう?と思った人はぜひ石黒浩の著作に当たるなり、こうしたアンドロイドをめぐるシンポジウムなどに足を運んでいただきたい。さらに突っ込んだ思考実験や論戦がなされている。AI美空ひばりをめぐる議論は周回遅れである。


■関連記事:九龍ジョー AI美空ひばりに感じた違和感を“襲名”という仕組みから考える

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