決定、2022年マライ・メントライン文芸賞!『ロマニ・コード』(角悠介)を驚異と言わずなんとする

2023.1.11
マライサムネ

2022年マライ・メントライン文芸賞は『ロマニ・コード』(角悠介)に決定! ロマ言語の探究解析を行う若手言語学者のフィールドワーク体験記であり、実は「丸山ゴンザレスや村田らむのルポルタージュに近い」など、熱く、濃く推しまくるマライ・メントラインの授賞の弁をどうぞ。


マライ・メントライン文芸賞を授与する

2022年、個人的に最高に凄かった&おもしろかった小説は、小学館『STORY BOX』誌に書いた通り『地図と拳』(小川哲)だ。が、もっと広義の「文芸」という観点からベストオブベストを選べと言われたら、これはもう『ロマニ・コード』(角悠介)しかない。よって私は重い腰を上げて本作にマライ・メントライン文芸賞を授与する。マライ・メントライン文芸賞とは、私が「めったに無い特殊で深いおもしろさ」を感じ、かつ、メジャーな批評家があまり取り上げなさそうな本に遭遇したときにのみ起動する、なんの権威もへちまもない個人的な文芸賞である。ちなみに賞品はロイホで1回食べ放題とかで、それは私の資本力の限界ゆえご容赦願いたい。

『ロマニ・コード』は、実際に欧州のロマ(ジプシー)社会へ分け入ってロマ言語の探究解析を行う若手言語学者のフィールドワーク体験記だ。しかしそういうアウトラインから想像される読み味のブツではない。まったくない!通常この手の書物は、言語学的薀蓄を展開する傍らでナチに象徴されるロマへの迫害の歴史をオーバーラップさせながら、産業システム化の文脈に馴染まない彼らの精神文化性に寄り添い共感するタッチで展開するのが通例だが、

そんなありきたりな瞬間は1ミリ秒もないわッ!

しかもロマ文化、ロマ言語への愛と探究心に溢れている。著者は「本書で紹介しているのはロマ文化のほんの一角であり、全体や概要を述べるものではない。しかし部分ではあってもホンモノだ!」と明言しており、実際、どの「包括的」類書や啓蒙的ルポルタージュの1000万倍もロマ文化の魅力と凄さとヤバさを見事に表現しているように思われる。ロマ自身から見た納得度がいちばん高いのがこの路線なんじゃないかなというか。

本書に登場する人物の中には、後に行き方知れずになった者、インターポールに国際指名手配された者、死んだ者もいる。書けない話も色々ある。私と彼らとのやり取りは、一回一回が真剣勝負である

『ロマニ・コード』角悠介/夜間飛行

という前書きの言葉から窺えるように、雰囲気的には丸山ゴンザレスや村田らむのルポルタージュに近い。だが違う。何がといえば、著者のおそらくは無自覚な言霊ベクトルが、本書にSF寄りの一種のメタ文芸としての空気感を纏わせているからだ。これがなんとも凄い。

『ロマニ・コード』角悠介/夜間飛行
2022年マライ・メントライン文芸賞『ロマニ・コード』角悠介/夜間飛行
『地図と拳』小川哲/集英社
2022小説ベストオブベスト『地図と拳』小川哲/集英社

ロマの言語構造とその用法を深掘り

著者は「文化の特質は言語に、特に事物や事象が言語上どのように定義されるかに表れる」という観点から分析と考察を進める。ロマの言語構造とその用法を深掘りしながら、人間そのものの隠れたる重要な本質を色々と垣間見てしまう。なぜそこまで突き進むかというと、ロマの思考が(バリエーションや濃淡はあれど)えてして謎の頑固な極論で構成されているからで、なればこそ見えてくる、濃厚な哲学的サムシングが数多存在するのだ。例えばあるロマのグループでは「明日」と「昨日」を同じ単語で表現する。「現在」からの距離が同じであれば、過去と未来は同一概念なのだ。そしてその概念を軸に今日も生活している。

例えば『ドイツへ行く』はなんというか、とイヴァンに聞けば『ドイツ人たちのもとへ行く』と答える。何百年も放浪生活を送ってきたロマに国境などない。そこにドイツ人がいるから行くのだ。

では、もしドイツ人がいなければ、そこには何があるのだろうか。

正解は「野原」とか「森」とか「道」の類である。「国」は彼らにとって「青春」と同じくらい抽象的な概念なのである。

『朝ご飯』は?と尋ねれば、「テントを張って寝て起きて、近くの村に仕事に行くなり恵んでもらうなりして、そこではじめて食事にありつけるのだから、『朝ご飯』だ『昼ご飯』だなどという単語はない。腹が減ったら食う。食えたら食う。あるのは『食事』という単語だけだ」と返される。

彼らには生物としての人間の感覚がしっかり残っていて、それが言語に反映されている。

私は最初、ロマの感覚が特殊なのかと思ったが、よく考えてみるとおかしいのは自分の方であった。いつから零時を過ぎたら「明日」になると決めつけ、国境をまたぐと別世界になると思い込み、定期的に食事をとるようになったのか。

また、ロマに「ご職業は?」と尋ねると、「~屋です」ではなく「~を作っている」や「歌っている」というように、動詞で答えることが多い。彼らにとって重要なのは「何者でいるか」よりも「何をしているか」である。

私はずっと「定義された世界」を生きていた。

それは一種の「仮想世界」であり、彼らが生きる「実世界」とは異なるものであった。
(中略)
このように、我々と大きく異なる感覚を持ち、異なる世界感で生きる人間は、ジャングルの奥地や孤島や砂漠を探せばいくらでもいるだろう。

しかし、ロマの面白いところは、そんな遠い所でなく、彼らがしれっと他の民族の間で生活しているところにある。ロマはそれぞれが住む国や地域の言葉を話し、さも同じような感覚を持っているかのようにふるまっているが、実は己の感覚でまったく違う世界を生きている。家や国を基軸に生活する我々の間で、ロマは地球のど真ん中に中心軸を隠してボーダーレスに生きているのだ。

『ロマニ・コード』角悠介/夜間飛行

……「だからこそ」ロマに対する周囲からの差別感情は深い、といえるかもしれない。巷間よくロマ差別については
・スリ、窃盗の常習犯だから
・うそつきだから
・衛生観念が欠落しているから
発生するといわれるが、実際にはそれ以上に、世界観があまりに異質かつ異様であるため、重要な点で話が通じないという要素のほうが根源的で重要なのではないか。そしてその異質さ自体を客観的に表現することが困難なため、問題の解消どころか自覚すらしにくいのではないか、という気がしてならない。


言語表現の限界を超えてしまった凄さ

他方、このロマ的な現実認識と価値体系は、まさに文豪ボルヘスが「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」等の哲学的奇想小説で描いた「半異界の価値観」そのものであり、なんとそれがリアルに存在するとは! これは実際、「うそつき」とか生易しいものではない。概念で現実を歪める力がそこにある。これを驚異と言わずなんとする。読みながら、著者が感じたであろう「別の物理法則が支配する世界に取り込まれる」感触が生々しく伝わってくる。おもしろい以上におもしろすぎる。どこか言語表現の限界を超えてしまった凄さと言っていい。全篇、まじで素晴らしい。よくぞこういう話を高鮮度・高解像度で描いてくれたぞ角悠介先生!

だからまあ、これはこれでひとつの極論ではあるのだが、ロマ差別問題の解消というのはある意味、コミュニケーション不全に起因するストレスをボルヘス文芸的な知的好奇心に寄せていく路線でないとそもそも意味が無いのかもしれず、しかしそれはそれでハードル高いんだよな。とはいえ核心のひとつはたぶんこれだ、という手ごたえを得られたのは大きい。ビバ南米文学!

『伝奇集』J・L・ボルヘス /鼓直 訳/岩波書店(「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」所収)
『伝奇集』J・L・ボルヘス/鼓直 訳/岩波書店(「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」所収)

ラノベとの親和性が異様に強い

そして、実は何よりも凄いかもしれないのが、著者である角悠介氏の表現力だ。彼は立派な学位を持ち、学究的文脈と作法に対し極めて真摯な研究者でありながら、自覚的な妄想パートなど書き記す言霊がなんとも中二病マインドをくすぐるというか、要するにラノベとの親和性が異様に強い。このへんはおそらく守旧的な学界人のアレルギー反応を呼ぶポイントだろうが、個人的には深い観察眼と洞察力、類推力にもとづく真の知性と中二的マインドのハイレベル融合という観点からむちゃくちゃ推したい。まさに新しき革命的な美味しさだ! で、唯一にして最大の問題点はラノベ系文章の愛読者がこの本を手に取る可能性が極めて低い点だろう。だからこそ今回私が『QJWeb』というサブカル権化みたいなメディアで本書を紹介するのだ。みんな読んでね! えいえいおー! いやー実際、真の読者の手に届かないまま終わる本の多さが出版界の最大の問題のひとつなわけで。

だからですね、これは版元に怒られるかもしれないけど、本書、たとえばこの内容のままでタイトルを『文学部の学者のくせに即物的にしか思考できないボクは奇怪言語で覚醒する』にして、電撃文庫とかから出したほうが市場に刺さって絶対売れるしウケる(というか知性の種が世に拡散される)と思うのですよ。電撃ノンフィクション叢書第一弾! とかいって。表紙が美女と加齢臭おやじの共演イラストになったりするのは内容的にもウソじゃないし(笑)。

というわけで年頭からおきてやぶりの書きたい放題を書いてしまいましたが、今日はこのへんで、Tschüss!


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マライ・メントライン

翻訳(日→独、独→日)・通訳・よろず物書き業。ドイツ最北部、Uボート基地の町キール出身。実家から半日で北欧ミステリの傑作『ヴァランダー警部』シリーズの舞台、イースタに行けるのに気づいたことをきっかけにミステリ業界に入る。ドイツミステリ案内人として紹介されたりするが、自国の身贔屓はしない主義。というか..

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