大ヒットWEB4コマ『妻の飯がマズくて離婚したい』が教えてくれたこと。アニメの食事表現史を考える(藤津亮太)

2021.10.2

宮崎駿のダメ出し

と、ここで話題はまたアニメになる。映画『もののけ姫』の制作を追ったメイキング映像『「もののけ姫」はこうして生まれた。』だ。

「もののけ姫」はこうして生まれた。』[DVD]ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
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同作にはスタジオジブリの新人研修の様子も収録されており、そこで新人たちは、セル絵の具を使って木のお盆に載ったステーキに実際に色をつけるという、仕上・彩色の実習に挑んでいる。
そこに宮崎監督が現れ、ある新人の塗ったステーキを講評する(この新人はのちに『天気の子』の作画監督を担当する田村篤)。

宮崎監督のダメ出しのポイントは「この色ではうまそうに見えない」ということ。指摘を要約すると「うまそうな色というのは、人間の感覚でいうと、彩度の高い色。焼け焦げた部分も、うまそうに感じられる茶色を置いていかないといけない。今塗っているものは、木のお盆が一番色鮮やかになっている」ということになる。

彩度が高いとおいしそうに感じられる、という宮崎監督の指摘からすぐ思い出されるのは、『アルプスの少女ハイジ』に出てくる、暖炉で炙ったチーズだ。あれは確かにはっきりした黄色だった。しかも、炙って溶け出すと白いハイライトが現れて、「おいしそう」という感覚をさらに強調する。

鮮やかな色の食材を配すると、食事がおいしそうに感じられるのは、(栄養価とは別に)おそらくこのアニメの食事をおいしそうと感じるメカニズムと同じところから生まれているに違いない。

そう思って「料理アニメ おすすめ」で画像検索してみると、上がってくるアニメの料理たちは確かに「彩度が高い」ものが多い。個人的に最近のアニメ作品ではオムライスの登場頻度が高いと感じているが、黄色い卵の上に、赤いケチャップ、そして緑のパセリと、まさに「彩度が高いとおいしそうに感じられる」色の組み合わせでできているのである。メイド喫茶の定番という側面もあるだろうけれど、映像的には、「おいしそうに見えやすい」という点もオムライスが重用される理由ではないだろうか。

「網の目」と夫婦の問題

逆に、彩度が低くてもったいないと思った食べ物もある。それはちょうど観直していた『太陽の牙ダグラム』第20話「偽りのグランプリ」に出てきたハンバーガー。『ダグラム』は全体に彩度を抑えた色彩設計の作品で、それが土にまみれたゲリラたちの世界をうまく表現している。しかし、そこに合わせた色で塗られたハンバーガーは世界観にはなじんでいるものの、食べ物としてはあまりおいしそうに見えないのだった。

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『あたしンち』第1話終盤では、業を煮やしたみかんが、母に「カラフル」なお弁当にしてほしい、とリクエストをする。そしてそのリクエストに対する回答として母は、おかずにミックスベジタブルを入れてきた、というのが本作のオチになる。バターで炒めたとしても、本来つけ合わせであるミックスベジタブルがおかずの主役というのはなかなかツラい。でもアニメだと、このカラフルなミックスベジタブル、そこそこおいしそうにも見えるのだった。

なおみかんと同じ内容のお弁当を持たされている父はどうかというと、どんなおかずが出てこようと、淡々と食べているのである。世代的に「出されたものは黙って食べる」だけかもしれないが、おそらく「食事に関する網の目の粗さ」が、母と同じぐらいザルなのかもしれない。それは最初からそうだったのか、それとも連れ添っているうちに似てきたのか。いずれにせよ、「網の目」が近いからこそ、このふたりは夫婦を長くつづけられているんじゃないだろうか。

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