規制されて「考えない」で済むのは本当に幸せか?(UUUM鎌田和樹)

2020.1.31

人は理解していないことを過剰に遠ざける

日本社会は、人々に「ルールを守る」教育をすることによって成長した。さながら軍隊のように、全員が同じレベルの学力に達するように、全員が価値観を持つようにしてきた。結果、精密な製品が数多く誕生し、戦後の急激な経済成長を後押しした面は間違いなくあるだろう。

しかしこの教育が、現代社会でも変わらずにつづいていることはおかしいのではないか。世界との距離は近くなり、人々の意識も集団から個へ移り変わっている。にも関わらず、個を萎縮させる教育がいまだにつづいているのだ。そうして義務教育を終えると「あとは自由に生きろ」と社会へ放り出される。

世界陸連が「厚底シューズ」の使用を競技大会で禁じる可能性があるという報道も考えさせられる。水泳で競泳用水着の「レーザー・レーサー」が禁止された例もあるように、研究者のたゆまぬ努力によってテクノロジーがルールを超えることは今後もあるだろう。これらはスポーツにおける規制の問題だが、「新しいものをとにかく縛るか、検討して認めるか」という目線で見れば、あらゆる問題について日本も考えなければいけない。

「クリエイター」の枠は拡大しつづけている。たとえばYouTubeのエンタメ動画投稿が中心だったクリエイターが、InstagramやTwitter、TikTokなど別のプラットフォームで活動することはもはや当然だ。曲をリリースしたり、飲食店を始めたりするクリエイターもいる。そしてヒットも集客もやってのける。「クリエイター」という認識をアップデートせず、考えることもなくただ既存の枠に当てはめることは、エンタテインメントの発展を妨げかねない。

考えなくても幸せになれるかもしれない。けれども「考えない」言動は誰かを傷つけるかもしれないし、誰かの未来や可能性を狭めるかもしれない。自分たちが考える環境に身を置くことが大切だ。たとえば家族や友達と今日のニュースについて話し合うだけでも、一歩前進すると思う。


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