ドイツはエンタメ途上国なの?村上春樹を人気作家にしたライヒ=ラニツキの絶頂と失速(マライ・メントライン)

2021.5.6

村上春樹を人気作家にしたラニツキ先生

ライヒ=ラニツキは戦後ドイツの精鋭作家たち、特にギュンター・グラスの発掘とプロデュースの鮮やかさによって主流文壇での地位を確固たるものとし、最終的にゴッドファーザー的な存在になってしまった人です。たとえば村上春樹なんかは彼の眼力と解釈によってドイツで人気作家になった(少なくとも一気に人気を得た)といえましょう。

80~90年代、ライヒ=ラニツキの活動の絶頂期にドイツで暮らした人間の実感として、彼はゴールデンタイムの超人気番組『文学カルテット』メンバーの中心で、主流文芸の新作や動向を超おもしろく語るおじさんであり、お茶の間的存在感が超すごかった。そして、よくよく考えると『文学カルテット』は単なる討論番組ではなくプロレス的なギミックに満ちた興奮バトル番組であり、そこで常に主導権を握りながらカリスマ的な名勝負を展開しつづけたライヒ=ラニツキの才能は、ある意味アントニオ猪木的といえるかもしれない。まさに文学に闘魂注入!

そして各種証言から比較考察するに、彼の実際の社会的存在感は、日本でいえば同じ80~90年代のビートたけしに近かったと推測されます。

主流文学の優位性を決定的なものにした

とにかく彼の活躍により、当時、主流文学がこんだけおもしろいんだからことさらエンタメ文芸を手に取る必要はないよね、的な空気がドイツ社会に満ちていたといえます。文芸紹介番組が大人気というのはいかにもドイツくさい話ですけど、まあ実際そうだったのだから仕方ない。

ドイツは伝統的に知的権威主義社会であり、それゆえエンタメ系プロダクトが低級なものとして冷や飯を食わされた、というストーリーのほうがたぶん一般的にはわかりやすいでしょう。事実そういう面もけっしてなくはないけれど、ライヒ=ラニツキの「権威エンタメ化」の異才が主流文学の優位性を決定的なものにした、という現象は覚えておいて損しないと思います。

*主流文学
メインストリーム文学。日本でいうところの純文学。SFやファンタジーは非主流(スリップストリーム)文学と位置づけられる。

ちなみに春樹×ラニツキといえば忘れてならないのが2000年、『文学カルテット』にて村上春樹の『国境の南、太陽の西』がピックアップされたときのこと。ライヒ=ラニツキ先生は春樹を絶賛したのだけど、それに対し、フェミニスト業界的な文芸批評家、シグリット・レフラー氏が猛然と嚙みつき、「こんな、文学の名にまるで値しない、ファストフードのようなエロ雑文を評価することなど、私にはとてもできませんわッ!(キリッ!)」とやったところでライヒ=ラニツキ先生が破顔バカウケし、

「ヒャッハー! あんたならそう言うと思った! だってプラトニックラブじゃなきゃ汚いとか思っているでしょ? 権威性抜きでの文学の美味しい本質をまるでわかってない! ウヒョヒョヒョ!」と全ドイツの視聴者を前におもいっきり言い放ってしまい、レフラー氏が大激怒。そして辞任。場外乱闘で訴訟沙汰に発展しかけて社会問題化してしまったため、その後ほどなく番組が終了し、ライヒ=ラニツキはテレビ画面から消え去ったのです。

『国境の南、太陽の西』村上春樹/講談社
『国境の南、太陽の西』村上春樹/講談社

そしてシーラッハ登場へ

この事件はドイツの文芸的フェミニズムに一種の影を落とすことになった(えーその、女性から見てもレフラー氏の「いかにも」な頑なさにはちょっとやり過ぎ感を覚えずにいられなかった)わけですが、まあライヒ=ラニツキ先生は年齢も年齢だったし、それを機に活力がガクッと低下していった感じですね。でも率直に言いましょう、
彼は致命的なラストバトルでも超オモシロかった

というわけでライヒ=ラニツキ王朝の衰退後、ようやく頭上の重しが取れたドイツ・エンタメ文芸は高度化を開始し、紆余曲折ののち、2010年代に至ってフェルディナント・フォン・シーラッハという鬼才を世に出して文芸界をワールドワイドに驚かせるわけですが、そのへんについては「フォン・シーラッハという作家、実はヒトラーユーゲント総裁バルドゥール・フォン・シーラッハの実の孫で、しかも超名門エリート貴族で、その驚くべき葛藤と重圧が……」など濃過ぎるネタが目白押しだったりするので、また別稿で述べたいと思います。

あと、マンガは?アニメは?ゲームは?というお話もありますしね。

というわけで、今回はこれにてTschüs!


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