尾崎世界観「母影」におじさん臭だと?芥川賞講評をメッタ斬り!「推し、燃ゆ」受賞は素晴らしかったけどね

2021.1.26


島田雅彦の講評に、トヨザキ大いに不満

この場面をはじめ、最後まで読んだあと、「ああ、そういうことだったのか」とわかる言葉やシーンがちりばめられているので、再読必至の傑作。そう、「傑作」とトヨザキは断定いたします。なのに、なぜ落とした、芥川賞の選考委員は——というわけで、委員代表で講評に立った島田雅彦の発言を文字に起こしてみたので紹介します。

「こちらは受賞作に次いで高い評価が得られたわけで、最後の決選投票まで残りました。ただ、この、作家と少女とおぼしき登場人物、でこぼこコンビのロードノベルと、しかもコロナ下ということが強烈に意識されており、そのなかで誰もがすなる散歩の価値が鹿島っていう独特の土地と、それに連動した過去の文学作品などの引用を絡めた、ま、少女にとってはサッカーの練習、語り手にとっては小説の描写の練習、さらにもうちょっと深読みすれば、コロナ以降の新たな日常生活に慣れる練習といったようなことが重ね合わさっていって、で、しかもその語りに力が抜けていて、非常にすんなり読める、と。
一種この破綻のなさ、カタルシスのなさといったものが新しい日常を生きていく上ではリアルなのかもしれないというような認識を与えてくれました。ただ、あのー、ネガティブな評価というのももちろんあって、「この人はあらゆる文章を雑多なものを全部取り込まなければ気がすまないタイプの人、捨てられない男なのではないか」というようなユニークな意見も出ました。惜しいところまではいったんですが、受賞には至りませんでした」

「捨てられない男」! 思わず笑ってしまいました。これを言ったのはおそらく、毎回キャッチーな文言を繰り出してくれる山田詠美でありましょう。確かに、そうです。あらすじ紹介でも述べたように、叔父と姪のロードノベル、描写、サッカー、文人、鳥、ジーコ、鹿島アントラーズ、おジャ魔女どれみと、けっして長くない物語の中に盛りだくさんの要素が取り込まれています。

でもねっ、この小説の語り手の身にもなれと、わたしは言いたい。亜美との旅で起きたこと、亜美が言ったことしたこと、自分が見たこと思ったこと、そういう〈記憶〉の全部を〈忍耐〉という抑制を保ちながらすべて書き切ったのは、なぜなのか。その意図は最後まで読んだ人ならわかるでしょうよ。旅のすべてを書かなきゃいけなかったんですよ、語り手的には。なんで、そんな簡単なことが選考委員を務める同業者の作家がわかんないのかなあ。そこを汲み取らなければ、この作品を読んだことにならないでしょうに。

トヨザキ不満、大いに不満。そんな理由で落とされるなんて、どうにも納得いきません。わたしが個人的に選評を楽しみにしているのは堀江敏幸です。というのも、「旅する練習」はいくつかの堀江作品と系譜を同じくする構造と語り口になっているから。堀江さんなら乗代作品の美点を理解して分析してくれるはずです(キッパリ)。

それぞれの評価から宇佐見りん受賞まで

ほかの候補作の講評は以下のとおり。

「尾崎世界観さんの『母影』は子供視点での語りの是非をめぐる議論がございましたけれども、まあ若干、少女に設定した語りのあざとさですとかね、あるいは少女を描く際のひとつのおじさん臭といいますか、そういうことを気にされる委員の方がおられたということですね。これはわたし個人の意見ですけども、子供視点を採用した場合っていうのは、どうしたって今現在の語り手の位置との重ね合わせ、要するに子供でもあり大人でもあるという重ね合わせになるわけですけども、そのズレをどう見せるかが語りの重要なポイントとなってくるかと思うんですけども、そのへんがうまく処理し切れていなかったのではないかと感じました」

「木崎みつ子さんの『コンジュジ』についてですけども、ストーリーテリングの才能につきましては、皆さん、高く評価はしていたんですけども、んー、ま、やはりどこかで症例報告を超える文学的な冒険に欠けるのではないかというのが総体的評価でした」

「砂川文次さんの『小隊』ですけども、こちらは非常にリアリティの伴った作者自身の訓練の体験等が裏打ちされて、その戦闘のディテールについては高い評価が与えられたんですけど、この戦闘の背景にある戦争ですね、北海道でロシアと戦闘に入っていると、その背景的なことが見えにくいということが、問題として挙げられました。ただ、この不可避な戦闘、しかも理不尽な状態での戦闘が繰り広げられるという、この状況というのが現在の目に見えない敵との戦いを強いられているこの日常のメタファーになっているっていう評価もありました」

「受賞作の『推し、燃ゆ』についてですけども、推しのアイドルをずっと追っかけて、ま、そのヒロインも自身、家庭とか職場とかバイト先とかでもろもろの問題を抱えているのだけれども、推しを徹底的に追っかけるということで、ま、その、憂さを晴らそうという、よくいる世の中には若い人だけじゃなくて、おばさまも含めてそういう、あのー、追っかけっていうかアイドル萌えの方々は多いかと思いますけれども、そういう人の意識に肉迫した作品かと思います。
素材的には今の若い人たちがアイドルを追っかけることによってなんとかかろうじて日常の不愉快から抜け出ようっていう、そういう傾向っていうのは若い人たちとの付き合いがある人にとっては、とてもありきたりな設定であるという意見がありました。ただ、その一方でそうしたヒロインの知識を描く際の言葉というものがですね、非常に鮮やかで、あのー、一見思いつきで繰り出されているように見える言葉なんだけれども、かなり吟味された中で繰り出されているのではないか、と。ま、いわば、意識の発生の現場報告といいますか、無意識の中から発語したときに生まれる独特のぞわぞわっとした感じ、こういうものが巧みに捉えられている、というふうに非常に高い評価が与えられました。
まあ、こうしたものを全部含めて非常に文学的偏差値が高いというような評価、あの、これはポジティブな意味とネガティブな意味と両方ありますけどね、そういう若い才能を評価しようと、あと押ししようという雰囲気が支配的だったと、その結果、宇佐見さんの受賞となりました」


「おじさん臭」なんてぜっんぜん感じません

講評だから雑なのは仕方ないし、各選考委員(小川洋子、奥泉光、川上弘美、島田雅彦、平野啓一郎、堀江敏幸、松浦寿輝、山田詠美、吉田修一)の選評を読んで、誰が誰を推し、具体的にどんな評価をしたのかは『文藝春秋』3月号を待たなきゃいけませんし、宇佐見作品への授賞にはなんの文句もありませんが、しかし、そうはいっても尾崎作品の語りに「ひとつのおじさん臭」はないだろう。そもそも尾崎世界観自身に「おじさん」なんて言葉はそぐわないし、わたしは彼が創り出した小学校低学年女児語りに、「おじさん臭」なんてぜっんぜん感じませんでしたね。難しい語りをよくこなしていると、そこは逆に褒めるところでしょうよ。

「コンジュジ」に関しても、「症例報告を超える文学的な冒険に欠ける」という評価には首をひねります。なにさ、「文学的な冒険」って。その定義を、まず明らかにしなさいよ。「冒険」かどうかはわからないけど、木崎作品において「症例」を描く際の構成や語りにはじゅうぶん創意工夫はなされていたと思いますよ。

宇佐見作品に言及しての「文学的偏差値」ってのも、なにさ。意味不明。小説の評価を数値化できるんですか。やれるもんならやったんさいよ。

あー、疲れた。こんなに長くなっちゃったー。読んでくださった皆さんも、お疲れさまでした。おしまい。


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豊崎由美

(とよざき・ゆみ) ライター、書評家。『週刊新潮』『中日(東京)新聞』『DIME』などで書評を多数掲載。主な著書に『勝てる読書』(河出書房新社)、『ニッポンの書評』(光文社新書)、『ガタスタ屋の矜持 場外乱闘篇』(本の雑誌社)、『文学賞メッタ斬り!』シリーズ&『村上春樹「騎士団長殺し」メッタ斬り!』..

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