「生き延びるために心を殺す」を伝える『FUNAN フナン』の力。現実を扱うアニメーションは<物語化>と戦っている
現実を扱ったアニメーションを観るときに意識したいことがある。クメール・ルージュ支配下のカンボジアを描いた傑作『FUNAN フナン』を端緒に、アニメ評論家・藤津亮太が考える。
圧政に翻弄される個人
新型コロナウイルス感染症の流行が第3波を迎え、緊急事態宣言が再び発出された。未曾有の感染症流行により世界が混沌としていくこの時代は、のちにどのように語られるのか。それは誰からの視点で、どのように語られるのか。そんなことを考えながら1本の映画を観た。
現在公開中の『FUNAN フナン』は、1970年代後半のクメール・ルージュ支配下のカンボジアを描いた長編アニメーションだ。昨年のアヌシー国際アニメーション映画祭でグランプリを獲得。監督・脚本のドゥニ・ドーは、カンボジアにルーツを持つフランス人。ドー監督は、その時代のカンボジアに生きた自分の母に取材し、その壮絶な体験に基づいて映画を制作したという。10年ほど前から、アニメーションによるドキュメンタリーが注目を集めている。本作は純然たるアニメーション・ドキュメンタリーではないが、取り上げられている題材やアプローチは、ドキュメンタリーにかなり接近している。
発端は1975年のこと。ポル・ポト率いるクメール・ルージュが首都プノンペンを制圧し権力を掌握したのだ。クメール・ルージュは、原始共産主義に基づいた過激な思想を持っており、知識階級や都市住民を敵視。都市住民に私有財産を放棄させ、農村に移住させて過酷な労働に従事させた。その後、クメール・ルージュはさらに過激化し、理不尽な理由でさまざまな人々が虐殺されるようになる。1979年に政権は崩壊するが、医療などの社会的インフラの崩壊と大量粛清により170万人以上が犠牲になったといわれる。
プノンペンに住むクンとチョウの夫婦には、ソヴァンという息子がいた。クメール・ルージュにより農村へと歩いて移動する間にソヴァンははぐれてしまう。クンとチョウはそのままクメール・ルージュの監視下で農村で強制的に労働をさせられることになる。このチョウがドー監督の母をモデルにしたキャラクターで、その息子ソヴァンはドー監督の兄に当たるという。
ドー監督とアートディレクターのミッシェル・クルーザは共に、パリにある世界有数のアニメーションスクールであるゴブラン・レコール・デュ・リマージュの出身。ドーはレミ・シャイエ監督の『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』『カラミティ』に主要スタッフとして参加しており、クルーザも『アヴリルと奇妙な世界』などで腕を振るったアニメーターである。だから本作はアニメーションとして非常に丁寧でき上がっている。シンプルな線で描かれたキャラクターは、表情が的確で、目の動きなどの小さな動きから「生き延びるために心を殺していること」や「ささやかな出来事に喜びを感じていること」などが的確に伝わってくる。また巧みな編集で、虐殺などを直接的には描かないものの、強く心に残るかたちで描いているところも見事だ。
『FUNAN』のポイントは、物語は基本的にチョウの状況を追っているという点だ。カットバックではぐれたソヴァンの様子はインサートされるが、クメール・ルージュの政治思想や政治的な大状況などは一切語られない。その代わりフォーカスされるのは極限状態の中で浮かび上がる人間の弱さ。
チョウは自分と子供を引き裂いたクメール・ルージュを許していない。夫クンが、井戸に落ちたクメール・ルージュの娘を助けたことにも怒り、仲違いをしてしまう。また厳しい強制労働のなか、生きるために“女”を使う者が現れ、それを見たチョウの母は、チョウの妹リリーに同じことを求める。そんななかで命をつないでいくには、心を殺していくしかない。しかしそれでも涙は流れるのだ。
カンボジアやクメール・ルージュといった固有名詞を追いかけるのではなく、極限状態で生きる個人を丹念に描いたのは、より普遍的なテーマに迫ろうというドー監督の狙いでもあろう。
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