人類から差別される獣人が主人公のアニメ『BNA』を観ていると、激化する「Black Lives Matter」運動のニュース映像が重なってしまう。アニメに何ができるんだろうか。アニメ評論家・藤津亮太は厳しい現実のなかで悶々とする。悩みながらまた『BNA』を観て、日々を繰り返しながらひとつの啓示を受ける、それもまた、アニメ作品の言葉だった。
差別をめぐる状況が点描される
テレビアニメ『BNA ビー・エヌ・エー』を観ながら、改めてアニメと現実の距離を考えた。
僕は、アニメ評論家という肩書で仕事をしているんだけれど、この肩書だと、アニメのことしか考えてないんじゃないかと思われることもある。けれどごく普通の有権者で、ローンを抱えた納税者で、夫で2児の父なので、現実に心配しなくちゃならないこともそれなりにあるから、アニメを観つつ現実のことを考えてしまうことだってよくあるのだ。
『BNA』は、動物の個性を持った「獣性人類(獣人)」をめぐる物語だ。歴史や伝説の影に隠れて生きてきた獣人が、21世紀になりその存在が公に認められるようになったという設定がまず前提としてある。獣人は人類から差別されていて、その解決策のひとつとして獣人特区法が定められ、獣人たちが自治を行う街アニマシティが設立されている。
主人公のみちるはもともとは人間だったが、ある朝、タヌキ獣人になっていた。最終的に彼女は、獣人が安心して暮らせるというアニマシティに、逃げるようにして転がり込むのだった。
『BNA』は4月から放送が始まったので、中盤に入るころには、アメリカで「Black Lives Matter(BLM)」の運動がどんどん広がっていく過程と奇しくも重なり合うようにして、放送が進むことになった。
差別された者たちの自治区アニマシティ。そこには生きていくために犯罪に手を染める者もいれば、貧しさの中でたくましく生きる者もいる。都市の外側にいる差別する者たちには、あからさまなヘイトを向ける人間もいれば、“理解者”のつもりで自らの差別意識に気づかない者もいる。マンガっぽく軽妙な語り口ではあるけれど、『BNA』の前半は、差別をめぐるそんな状況が点描される
アニメの企画は2〜3年前にスタートするのが通例だから、これはもちろん偶然の一致だ。でもだからといって「アニメの予見性/想像力」みたいな“我田引水”な話をしたいわけでもない。『BNA』とニュースを観ながら僕が感じていたのは、21世紀になっても「差別」がテーマとして有効で、しかもそれが最悪の形でリアリティをもってしまったということだった。そしてそれは、小池百合子都知事が関東大震災のときの朝鮮人虐殺を追悼する式典に、3年連続で追悼文の送付を見送っているという形で、自分たちの足元にも広がっている。そこにあるのはある意味での“脱力感”なのだった。

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