Aマッソ加納×大森時生が描く虚構とリアル。観客を巻き込んだ前代未聞のライブができるまで

2023.3.12
加納×大森

文=釣木文恵 撮影=興梠真穂 編集=梅山織愛


2月に東京で幕を開けたAマッソのライブ『滑稽』。演出に『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』(テレビ東京)の大森時生プロデューサーを迎えたこの公演は、事前のビジュアルやコメントから不穏さを醸し出していた。さらに上演後、SNS上では現地でライブを体験した観客からさまざまな考察が飛び交っている。この作品はいったいどのようにでき上がったのか、当事者である大森と加納に話を聞いた。

加納
(かのう)1989年2月21日生まれ、大阪府出身。2010年に幼なじみの村上と「Aマッソ」を結成。『女芸人No.1決定戦 THE W』では、2020年から3年連続決勝進出。個人としては2020年11月に、エッセイ集『イルカも泳ぐわい。』(筑摩書房)を刊行。『文藝』や『文學界』などの文芸誌で短編小説も発表している。

大森時生
(おおもり・ときお)1995年生まれ、東京都出身。2019年にテレビ東京に入社。『Raiken Nippon Hair』で「テレビ東京若手映像グランプリ2022」優勝。そのほか担当番組に『島崎和歌子の悩みにカンパイ』『このテープもってないですか?』など。

<以下は『滑稽』の公演内容が含まれる記事となります。まだ内容を知りたくない方はご注意ください>

『奥様ッソ!』を観て「これ、一緒に考えたかった」

──まずは改めて、『滑稽』の始まりから教えていただけますか。

大森時生(以下、大森) 『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』でご一緒したあと、僕が『テレビ東京若手映像グランプリ』に出品した『Raiken Nippon Hair』をご覧になった加納さんが連絡をくださいましたよね。

加納 そうです。『奥様ッソ!』にも入っていた作家の竹村武司さんに連絡先を聞いて。『奥様ッソ!』はキャスティングしていただいた側だったので、今後何か企画を一緒にできたらおもしろいなと思ったんですよ。具体的に何というのを描いていたわけではなかったんですが、大森さんのほうから「ライブというかたちがいいですね」と言っていただいて。

大森 ライブのほうが一緒に考えて一緒に作れるかなと。僕自身、全然経験がなかったんですけど、テレビじゃないかたちで何か作ることにも興味があったので。

──もう少し遡って、そもそも大森さんは『奥様ッソ!』という番組になぜAマッソをキャスティングしたんでしょう?

大森 かねてからAマッソは現実味がないコンビだなと思っていたんですよ。虚構を感じるといいますか、ネタをしていてもスタジオでトークをしていても、中の人がいないんじゃないかと感じる瞬間があったんですね。最近は特に、お笑い界でもリアルを語るブームだと思うんですが、Aマッソはリアルとか裏側を話すことで戦おうとしていない強さがあるなと。『奥様ッソ!』は全部虚構の番組なので、その虚構を成立させられる演者さんとしておふたりにお願いしました。実際、撮影時に「架空のエピソードをお願いします」と言ったときも、すぐに僕らが求めているものを披露してくれて、めちゃくちゃすごいなと。

加納 私のほうは『奥様ッソ』の収録中に初めてあのVTRを観ながら、「えー、これ一緒に考えたかったな」と思ったんです。それが今回、お声がけする大きな要因になったかもしれません。

加納×大森

失敗する恐れがあっても、保険はかけずに

──『滑稽』は主にAマッソさんのネタとドラマ仕立てのVTRとが交互に披露され、観客も知らぬ間に『滑稽』の世界に巻き込まれていきます。この構成はどのように?

大森 作家の梨さんとの最初の会議で、僕が『ストーンテープ(~見たら呪われる展示~)』という展示の話をしたんです。さっきまで人が住んでいたような民家に入ると「ここから先は深刻な霊障を引き起こす可能性があります。自己責任でお入りください」と書いてある。だけど、その中は畳に掃除機が置いてあるだけなんですよ。でも、事前にそう言われていると呪いについて考えちゃうし、けがれているように思ってしまうし、不気味に感じる。その体験がおもしろくて、お笑いライブの会場というすごく楽しい場所にも呪いを発生させられるのでは?と思ったんです。

加納×大森

──その話を受けて加納さんは?

加納 意味わかんなかったです(笑)。私ホラー無理やし。梨さんは、私にこの話をしたら怒られると思っていたらしいです。ただ、自分でも「どうなるんかな?」とわからないままライブを作った経験もあるので、やったことのない部分があるものには乗っかってみようと。結果的に「笑いとホラー、相性悪かったです! 失敗!」という結果になるかもしれへんくても、保険はかけないでいこうと。

大森 この構造に乗っかってくれる芸人さんって、なかなかいないと思うんです。だから加納さんとAマッソチームの懐の深さに感動しました。常に新しい表現を探しているチームなんだなと思いましたね。

加納 かもめんたるの(岩崎)う大さんなら演劇のほうに行かれたりとか、ほかの芸人も音楽とコラボをしてみたりとか、ライブシーンの芸人たちはみんないろんな方法を模索しているわけじゃないですか。大森さんにこの外枠をいただいたとき、笑いが負けて終わるようなライブって今までないよな、と。その時点でいいライブだな、新しいなと自分の中でOKが出たところはあったと思います。

大森 加納さんと意見がぶつかるとしたら、終わり方の部分かなと思っていたんです。でも、そこも含めておもしろがってくれたところがすごくうれしかった。

加納 「お笑いライブ」といって開催するからには笑って終わる、というのをフリにさせてもらえた感じはありますね。否定する人はするやろうけど、と。

──否定されるリスクがあろうとも、新しいものに挑戦できるほうが大きかった?

加納 そうですね。まわりはどう思っているかわかりませんけど、私ら自身はそんなに守るものがあると思っていないから、失うものもないし。もっと上に行ったら「それはちょっと」と思うかもしれないけど、今はまだ全然「ミスった」と言えるかなと思っているので。

加納×大森

本番5日前にでき上がったネタ

──『滑稽』ではネタとVTRが影響し合っているというか、VTRの世界観がネタを侵食していく様子が恐ろしくて、いったいどうやって作ったのだろうと思いました。大枠が決まってからはどんな進め方を?

大森 想像より遥かにネタができ上がるのが遅くて(笑)。ライブ経験がなかったので、1カ月前くらいにはネタができ上がって、そこから稽古していくのかと勝手に思っていたんです。実際にはすべてがそろったのが本番5日前。ただ、そのおかげで加納さんが映像を全部見た上でネタ作りをしてくださったので、無意識にVTRとネタがつながったところもあったかもしれないです。

──ということは、一つひとつのネタとVTRの方向性を綿密に打ち合わせたわけではなく、大森さんが用意されたVTRと加納さんとのネタがぶつかったものがパッケージになっているということですか?

加納 ですね。お互いのものをつなげるために話し合った時間は、ぎゅっとするとたぶん3時間くらい(笑)。あんなものを作っておきながら、意外とそれぞれで作っていたんですよ。狙いどおりというよりは、走らせてみたら案外うまくいけたね、という感じです。

大森 「このライブではこういうことが行われます」ということだけを年末年始あたりに共有して、それぞれが作って、最後の1週間弱で一気に接着作業を行いました。僕はAマッソさんのネタが好きなので、僕が演出として入って何か注文をつけることでおもしろさが減っちゃうよりは、加納さんが自由に作ったネタをギリギリでくっつける、このやり方がベストだったのかなと思います。リスキーではありますけど(笑)。

加納 無意識の部分も、意識的な部分もあるんですけど、このつなげる作業は経験値が出たかもしれないですね。自分がライブでやってきたものを信じて感覚でやったところが大きかった。VTRの威力と照らし合わせながら「明るいテンションのネタを2本目に持ってこよう」とか、「2本目は村上がボケだから、3本目は逆にしよう」とかはわりと考えました。

大森 いろんなギミックはありますが、あくまでもお笑いライブなので。ちゃんとおもしろい、ネタで笑いが起こっているライブでないとこの公演は成立しないんですよ。その点で、加納さんがネタの構成とか順番を細やかに入れ替えたりされて、笑いを起こすためにこんなにも綿密に考えるんだと相当刺激を受けました。

加納 いつもの単独ライブよりウケなきゃ、というプレッシャーはありました(笑)。でも開き直るところもあるので、「まあ無理やったら無理で」と楽しんでましたけど。

観客が巻き込まれるライブ体験

加納×大森

──『滑稽』の中でセンシティブな題材を扱う怖さはありませんでしたか?

大森 観客の方々は、思った以上に消化し切れないものを求めているんじゃないかと僕は思っていて。「これ以上はわかりにくい」「過激過ぎる」というのはもう勘でしかない。だったらやっぱり自分がおもしろいと思うことをやったほうがいいと今は思っています。あくまでもフィクションなので、今回くらいのものは僕としては大丈夫かなと。

加納 大森さんがおっしゃったように、多少拾い切れん部分があったほうが何度も見たくなる気はしますね。YouTubeなんかでも、2回目も見たくなるようなものだと再生回数が上がったりして。それが理解度なのか、中毒性なのかいろいろあるでしょうけど……。今回も「攻めたな」と言われますけど、ただジャンルの部分で言われているだけで、小っちゃい劇場でもっとろくでもないライブばかり打ってきたので。この反響はこのサイズの劇場でやったからというだけのことのような気がするんですよ。お笑いライブにはもっと「これ広まったらやばいな」というのがいっぱいあって、今回はそれをちゃんと大人と一緒に、お金をかけてもらってやれたのがありがたかったなと思います。

──東京公演を終えて、観た人たちが衝撃を受けたり、考察をしたりする姿がSNSでも見られましたが、そういった反響はどう捉えていますか?

大森 偉そうかもしれませんが、思ったより賛が多かったですね。「すごく嫌だった」という意見もあるかなと思っていたんですが、あと味の悪さも含めておもしろいものだと思ってくれる方も多いんだなと思いました。

──加納さんは?

加納 別に嫌と言われてもやるので……。ファンの人には私のM体質みたいなものは伝わっているかもしれないですね(笑)。「またこんなんやって!」みたいに思われているかもしれませんけど、それを楽しんでもらえたらと思ってやってます。

──加納さんはご自分でさまざまなライブをやりつつ、相手に要求されてネタを作ることや、新しい枠組みでネタを体現することに意欲的でポジティブな印象があります。その意味でいうと『滑稽』はかなり大きなライブだったように思いますが。

加納 テレビの人と一緒にライブができたのは、大きかったかもしれないですね。テレビの力って、単に映像に結集されるだけじゃないなと。テレビ局っていろんなものを作り出すパワーを持った人が集まる場所なんだなと、その力を感じることができました。

大森 番組を作っていても、「これ、ライブだったら実現できるのに」と思うことはあったんですよ。だから観客の方に参加してもらうという、ライブならではのやり方は意識的に考えました。その点でいうと、配信よりも現地のほうがさらに楽しめるライブにはなっているかなと思います。

加納×大森

1位が獲れなくてもできること

──今回のようにほかでは見られないライブを観ると、大森さんとAマッソがぶつかり合う次の機会にも期待してしまいますが。

加納 まずはいちファンとして、引きつづき大森さんの作るものを楽しみにしたいです。あと、私としてはもっといろんな芸人が「次は誰と組んでライブ打とうかな」というふうになっていったらいいのになという気持ちもあります。賞レースが注目されて、ネタ勝負至上主義になっているけど、もっといろんなライブが乱立してほしい。私も「インディーズのころはやってたけど、もうそういう時期じゃないよ」という分断はせず、どんどんマスになるようにやりたい。

──Aマッソはまさにそれを体現しようとしていますね。

加納 いや、もっとでかくならないと。

──それは楽しみです。でも、今回についてはほかの誰でもなくAマッソだからこそできた部分もありますよね。

大森 僕はほかの芸人さんを詳しく知らないこともあって、今回はAマッソでなければ無理だったなと、東京公演が終わったあとに改めて思いました。

加納 漫才においては、私は10年間わりと悩んできたんです。ミルクボーイさんならあのフォーマットとか、ウエストランドさんなら愚痴とか、そういう自分たちの型がなく、強みをまったく作らずに10年きてしまったという焦りがあって。でも、それが俯瞰で見るとよかったのかもしれない。1位は獲れてないけど、そのぶん柔軟になんでもしますということで、こういうときに名前が上がるのはうれしいことだなと思いましたね。

大森 僕がこういうライブを発想したとしても、ただ演者さんとして参加してもらうだけではこうはならなかった。加納さんは作り手としてライブに取り組む意識が強い方だから、一緒にこのライブの大きな構造を作り上げることができたんだと思います。

加納×大森

虚構の中で村上が体現するリアル

──『滑稽』の世界は、昨年12月に発売された『クイック・ジャパン vol.164』のAマッソさん特集の中にあった「村上の日記」とつながっていましたよね? いったいどこから仕掛けていたのだろうと、怖くなりました。

大森 日記についてはもっと気づかれないかと思っていましたけど、ライブ後に日記のほうも見て考察してくださっている方が思ったよりいて、それはうれしかったです。

──『滑稽』の世界の成立には、もちろん加納さんもですが、村上さんのパフォーマンスもすごく大きかった気がしますが。

加納 村上は事前にはもちろん、本番もちゃんとVTRを観ていなかったくらいで。どういう流れでこのネタがあるのかとか、まったく知らないでやっていたと思います。本番中裏で小さいモニターでチラッと映像観て「なんでこうなったん?」「え、お客さんこんなん観て笑ってるやん!」とか驚いてましたし。たぶん全体像はお客さんより把握してないです。

──では、村上さんはただただ加納さんが持ってきたネタを演じただけということですね。

加納 逆に怖いですよね。普通は把握したいじゃないですか。

大森 めちゃくちゃドキドキしそうなのに。

加納 そこがある意味リアル過ぎて虚構なんかもしれん。村上のことをあんまり知らん人って、「村上さんって何考えてるのかわかんないですね」とか言いますけど、なんにも考えてないんですよ。

大森 シンプルに(笑)。

加納 それって怖いじゃないですか。「なんで考えてないねん!」という怖さ。

──並外れた度胸があるということなんでしょうか。すごいです。

加納 それはAマッソの歴史でもあるんですけどね。そういうことをずっと私が村上に要求してきた、という。

大森 村上さんが知らないということも、いいほうに作用したと思います。ふたりとも内容を知り過ぎていると、お笑いを演じている雰囲気になってしまう。でも今回はちゃんとお笑いのブロックは普段のネタとしてできているからこそ、全体が生きてきたんじゃないかと。

──虚構の中での唯一のリアルが村上さんだったのかも……。

加納 確かにそうかもしれないです。

大森 村上さんのリアルさが引っ張ってくれたところも、絶対にあるわけで。

──後半のあるネタで、村上さんの無の表情が印象的でした。

大森 あそこおもしろいですよね! もう抜け殻みたいな村上さんが座ってて。

加納 へえ! 私、見てなかったです。

──あの村上さん、すごくきれいだなと思いました。

大森 絵画みたいですよね。

加納 そうなんや。

大森 リアルな村上さんが『滑稽』の世界に取り込まれていくところにゾクッとした観客の方もいたんじゃないかと思います。

──そんな村上さんだからこそ、事前の日記ももしかしたら実際にあり得るのかも、と思える部分があるんでしょうね。

加納 そうなんですよね。あの日記を読んだ友達から「大学のときあんなこと考えてたん?」って連絡が来たと言っていました。村上は「そんなわけないやん!」と言ってたけど、「いや、あるけどな。わからんよ」って(笑)。

加納×大森

『滑稽』

https://www.youtube.com/watch?v=rwhQqYPnMn0

大阪公演
2023年3月13日(月)17時開場/18時開演
2023年3月14日(火)17時開場/18時開演
会場:IMPホール
チケット料金:指定席6,000円(税込)

アーカイブ配信:2023年3月14日(火)23時59分まで
※一部編集版視聴期間:2023年3月15日(水)18時~2023年3月31日(金)23時59分まで
チケット料金:¥2,500(税込) 

この記事の画像(全10枚)



  • 【Aマッソ加納×QJWeb サイン入りチェキプレゼント】フォロー&リツイートキャンペーン


    ■キャンペーン応募期間
    2023年3月12日(日)〜2023年3月26日(日)

    ■キャンペーン参加方法
    【ステップ1】QJWeb公式ツイッターアカウント「@qj_web」をフォローしてください。
      ▼
    【ステップ2】「@qj_web」がキャンペーン告知をしたこのツイートを、応募期間中にリツイートしてください。
      ▼
    【応募完了!】
    締め切り後当選された方には「@qj_web」からDMにてご連絡を差し上げます。フォローを外さず、DMを開放してお待ちください。

    ※必ずご自身のアカウントを“公開”にした状態でリツイートしてください。アカウントが非公開(鍵アカウント)の場合はご応募の対象になりませんのでご注意ください。
    ※「いいね」はご応募の対象になりませんのでご注意ください。
    ※当選の発表は、こちらのDMをもって代えさせていただきます。
    ※当落についてのお問い合わせは受けかねますので、ご了承ください。
    ※本賞品は非売品です。譲渡・転売はご遠慮ください。
    ※いただいた個人情報は、本プレゼントキャンペーン以外の目的には使用しません。
    ※本キャンペーンの当選がQJWebのインスタアカウントと重複した場合、どちらか一方の当選は無効となります。

  • 『滑稽』

    大阪公演
    2023年3月13日(月)17時開場/18時開演
    2023年3月14日(火)17時開場/18時開演
    会場:IMPホール
    チケット料金:指定席6,000円(税込)

    アーカイブ配信:2023年3月14日(火)23時59分まで
    ※一部編集版視聴期間:2023年3月15日(水)18時~2023年3月31日(金)23時59分まで
    チケット料金:¥2,500(税込) 

    関連リンク


関連記事

この記事が掲載されているカテゴリ

Written by

釣木文恵

(つるき・ふみえ)ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。

QJWebはほぼ毎日更新
新着・人気記事をお知らせします。