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アニメ『チェンソーマン』から解題する劇伴のクリエイティブ、音楽家・牛尾憲輔が語る

2023.1.25
音楽家・牛尾憲輔が語る、アニメ『チェンソーマン』から解題する劇伴のクリエイティブ

文=藤津亮太 撮影=木村心保


原作の世界を立体的に浮かび上がらせ話題沸騰中のアニメ『チェンソーマン』。その作品に奥行きを生み出すひとつの要素がサウンドトラック=劇伴である。

本作を含めさまざまな作品で劇伴を担当し、まったく異なる楽曲を生み出す牛尾憲輔にインタビューを実施。『チェンソーマン』での具体的な創作過程から劇伴というクリエイションの一端を明らかにする。

※この記事は『クイック・ジャパン』vol.164(2022年12月27日から順次発売)掲載のインタビュー記事を再編成し転載したものです。

牛尾憲輔
音楽家/プロデューサー。2008年にソロユニットagraphとしてデビューアルバム『a day, phases』をリリース。2014年に映画『ピンポン』で劇伴を担当。2022年に劇伴を手掛けた作品は『チェンソーマン』と『平家物語』。

コンセプトは「メチャクチャ」

音楽家・牛尾憲輔が語る、アニメ『チェンソーマン』から解題する劇伴のクリエイティブ
(C)藤本タツキ/集英社・MAPPA

──『ピンポン』(2014)以降サウンドトラックも手掛ける牛尾さんですが、どの作品もコンセプトが明確です。今回はどんなンセプトで『チェンソーマン』に臨んだのでしょう。

牛尾 原作を読んで「メチャクチャだ」と思ったんです。すごくいい意味で。味方も敵も死にまくるし、死体もグシャグシャに描かれる。さらに仲間が主人公のデンジを殺そうという話をしたりする(笑)。第一印象がそこだったので、それを音楽に落とし込もうと考えました。

──具体的な制作はどうでしたか?

牛尾 最初に書いたのはティザーPV(編註:2021年6月27日公開)の音楽です。このときはノイズ中心の曲、エモーショナルな曲、最後のバトルシーンの曲という3曲を書きました。これがひとつのテストケースでしたね。関係者の反応もよく、基本的にこの3つのテイストを柱にしていけばいけるだろうという手応えが得られました。

その後、まずこちらで何曲か書き、それについてのリターンをもらいつつ、音楽メニュー(アニメ側から提出される発注表)と照らし合わせて、足りないぶんをさらに作曲していきました。

──「メチャクチャ」というコンセプトは、どういう形で音楽に反映されたのでしょうか。

牛尾 技術的に落とし込もうと考えたので、でき上がった曲を1回ギタギタに切り刻んでそれを編集する方法を使ったり、プログラマーと組んでランダム生成するリズムを使ったりしました。僕はキャリアの最初からサンプリングした音をミリセカンド単位で刻んできたので、そういう意味では楽しかったです。

モニター上の作業としてはとても細かくてツラかったりするんですが(笑)。こういう手作業と、それ以外のツールを駆使したものとを複合的に絡ませて「メチャクチャ」というコンセプトを実践しました。

──今回は音色がクリアでなく、ノイズ的な音が入っています。

牛尾 それはアニメのルックに引っ張られている部分があります。色のついた設定を見たことで、ビビッドな感じではなく、暗くてインダストリアルな感じが足されてました。

──中山(竜)監督のリクエストは?

牛尾 中山監督は音楽的にやりたいこと、やりたくないことがはっきりしているという感じでした。特に、キャラクターそれぞれにわかりやすいテーマをつけるとか、そういうことはしたくないんだな、と。劇伴として必要になるかもと思って、ある程度メロディの立った曲を提案すると、監督からは首を傾げた感じのリアクションが返ってくることがあり。

そういうリターンを踏まえメロを切り刻んでメロとして歌えないようにして、溶かしていくという作業をしていきました。エモーショナルな曲も、メロディのよさでエモーショナルにするんじゃなくて、音色やトーンでそれを感じてもらいたいと考えました。

──「音を切り刻む」という点では、牛尾さんの原点に近い曲作りだったわけですね。

牛尾 そうですね、作業としては近いですけど、僕はそこまで攻撃的な人間ではないので、そこは原点というわけでなく(笑)。でもそこが劇伴のおもしろさだったりします。自分から遠いものを持つ作品とコラボレーションできるのが劇伴ならではだな、と。こういう取材のときには、大変おこがましいと思いつつ紹介するエピソードがあります。

武満徹がオーケストラと邦楽器を融合させた『ノヴェンバー・ステップス』という世界的に注目される代表作を作曲するきっかけは、映画『切腹』などのオーケストラと邦楽器を組み合わせた劇伴だったんです。その点で、自分のソロ活動と外からのオーダーに応える劇伴のような仕事の間にポジティブスパイラルを作れればと思っています。

──『チェンソーマン』の中で、おもしろく仕上がったなと思う曲を教えてください。

牛尾 予告で使われた「nmgeai」は、繰り返されるピアノのフレーズが伸びたり縮んだりして、メチャクチャな印象になるようにしました。さらに後ろでテープの回るカラカラする音が鳴っていたりして、納品から時間が経った今あらためて聞くと、おもしろいことをやっていたなぁと思います。

あと印象的だったのはコウモリの悪魔と戦うときに使った「edge of chainsaw」という曲を、第11話用にリミックスしたんです。「edge of chainsaw」はチェンソーマンの曲ですが、リミックスは「sword of hunter」という早川アキの曲にしたんですが、これもおもしろくできたと思います。睡眠時間もないなかよくこんなことやったなと(笑)。

edge of chainsaw(Chainsaw Man Original Soundtrack) Music by kensuke ushio Guitar:Hisako Tabuchi

劇伴と自己の距離

──アニメのサントラといえば牛尾さんは、湯浅政明監督と3作品、山田尚子監督とも3作品、仕事をしています。

牛尾 湯浅監督と山田監督の仕事は、自分の中でもやっぱり特殊なものという感覚があります。もちろんいずれも大きいプロジェクトの中で仕事をするわけですが、音楽の作業は僕と湯浅さん、僕と山田さんの関係性の上でできているので、おふたりと肩を組んで仕事をしている感じなんです。

そういえば中山監督は『ピンポン』(湯浅監督)が好きということで、打ち合わせではちょくちょく『ピンポン』劇伴の曲名が出たりします(笑)。

──初めてサントラを担当した『ピンポン』の時はどんな感じだったのでしょうか。

牛尾 浮かれてました(苦笑)。初めてのアニメのサントラ、しかも湯浅監督で『ピンポン』というのがハッピーだったんで。だから今思うと、音響チームに迷惑をかけちゃったんじゃないかと申し訳ない気持ちになります。だって、サントラとしての使いやすさとかそれ以前に、湯浅監督と「初めまして」の時に、もう曲を作って持っていってましたからね。「こういうシーンでこの曲なんですよ」みたいな話をしたりして。先方からしたら、「いやいや必要な曲はメニューでこちらから出しますから」みたいなことはあったと思います。

──山田監督作品では、ロケハン現場の音や実際のピアノから生じるノイズを録ったりしています。

牛尾 そうですね。ただ『チェンソーマン』ではそういうことはしていません。ピアノのハンマーが動くようなノイズも生音ではなく、そういう音をタイミングよく加えている感じです。というのも『チェンソーマン』の音の世界を考えるとき、あまり自分の世界と地続きのものとして考えないほうがいいと思ったんです。それで『チェンソーマン』では現地で録音することはしませんでした。

──実写映画のサントラも担当していますが、アニメとの違いはどのあたりにありますか?

牛尾 実写映画がアニメと一番違うのは、僕に発注がきた段階で、ピクチャー・ロックといって映像の尺が決まっているところです。もちろんCGなどが必要なシーンは完成はしていませんが、台詞も入っているし、同時録音された足音なんかも入っていたりします。これは『リズと青い鳥』と『モリのいる場所』を同時にやった時に気づいたんですが、アニメの足音ってループなんですよね。

これに対して『モリのいる場所』の、山崎努さんが演じるおじいちゃんな熊谷守一の歩きは、ヨタヨタしていることもあって、グリッドになってないんです。もちろんこれは極端な話で、あくまで割合の話ではあるんですが、そういう違いはありますね。

──サントラの作曲家で好きな方、意識している方はいますか?

牛尾 好きなアーティストがキャリアを積んで劇伴も手掛けるケースが結構あるんです。ワープ・レコーズにいたクラークとか、ニューヨークのワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(OPN)、『This is America』でグラミー賞をとり『テネット』なども手掛けたルドウィグ・ゴランソン。彼らに対しては、自分が言うのもなんですが、ある種のシンパシーはあります。中でもOPNとは対談したことがありますが、“劇伴作曲家あるある”で盛り上がったりしました(笑)。

──アニメ『チェンソーマン』もまだ先がありますし、劇伴についても新たな作品が発表されています。

牛尾 『チェンソーマン』に関してはまだ表に出していないアイデアもあるので、これからも楽しみにしてください。劇伴の仕事に関しては今後は、さまざまなスタッフに参加してもらい、プロダクション全体をコントロールすることで、自分のテイストだけではない要素を盛り込んでいけたらと考えています。

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