eill「自分とは?みたいなことを自然に詰め込んでみたくて」
ブラックミュージックを下地にした音楽性と、強さと儚さを兼ね備えた歌声が魅力的なシンガーソングライターeillが、メジャー1stアルバム『PALETTE』をリリースした。自身の活動に加え、NEWS、テヨン(ex 少女時代)などへ楽曲提供、そしてSKY-HI、Pink Sweat$など国内外のアーティストの楽曲に客演でも参加してきた多彩な彼女の、ひとつの集大成的な本作について話を聞いた。
eill(エイル)
東京都出身。シンガーソングライター。15歳から歌いはじめ、2018年6月にシングル「MAKUAKE」でデビュー。2021年4月にTVアニメ『東京リベンジャーズ』のED主題歌に起用されたシングル「ここで息をして」でメジャーデビューを果たした。
メジャー1stアルバム『PALETTE』に込めた思い
──リード曲の「いけないbaby」は、フィッシュマンズの「いかれたBaby」をオマージュしている部分もあるんでしょうか?
eill まったく意識していないです(笑)。「この言葉にどんな意味があるんですか?」ってよく訊かれるんですけど、基本的に自分の中から出てきた言葉しか使っていなくて。私なりの言葉の意味がちゃんとあって使っているので、そうやっておっしゃってくださるのは面白いです。
──「いけないbaby」はフィールドレコーディングの音からはじまり、途中でレコーディングスタジオの音に移り変わる仕掛けがなされていますよね。
eill この曲は、好きな人を想いながら帰る帰り道からはじまるので、主人公の感情とキュッと結びつくようなはじまり方をしたかったんです。それで実際、外の道を歩きながら録ってしまおうということになって(笑)。スタジオのボーカルに切り替わるところで世界がパッと開けるというか。物語が一層開ける感じがあるし、この曲で伝えたいことがよりしっかりと出たかなと思っています。
──アルバムタイトルの『PALETTE』には、どんな由来があるんでしょう。
eill 私はいろいろなジャンルの音楽が好きで、これまで様々な曲を作ってきたんです。それに対して「ジャンルがないよね」って言われることが多くて悩んでいた時期もありました。メジャーでも「ここで息をして」、「hikari」、「花のように」と音楽ジャンルとしては違うものを作ってきたんですけど、それは私の中ですごく自然なことで。自分から出てきたメロディだし、なにかを聴いてそうなったわけでもなく勝手にそうなってしまうんです。
ひとつの色に縛られるのではなく、大きなパレットの上にいろいろな色を乗せていくような感覚で曲を作ってきたし、それが私の良さで最大級の強みだと改めて認識して気づくことができたので、『PALETTE』というタイトルにしました。
──eillさんは、K-POPとかブラックミュージックからの影響をインタビューなどで公言されていますよね。コロナ禍以降、J-POPに向かい合うアーティストが増えた印象があるんですけど、J-POPに関してはどう捉えていますか?
eill 私、J-POPも好きなんですけど、その中でもアニソンが日本で1番かっこいい音楽だと思っているんです。AメロBメロCメロ全部の展開が違って、その後ギターソロが来る上に、掛け声がはじまったりもする。そんな展開、どの世界を探してもないんですよ。コード進行に関しても、どこまでエモくするねん!みたいな(笑)。
4つのコードでいいじゃんって言われるような部分も絶対に変えるみたいなところもあって、J-POPってそこが素晴らしいと思うんです。私はインディーズ時代、4つのコードのループがイケていると思ってやっていたんですけど、どんどん考え方が変わって、日本の音楽の素晴らしさに気づいていって。日本で音楽をやる以上、自分もそこに入って成し遂げたい気持ちがあるんですよね。そういう音楽を作れる音楽家になりたい気持ちもあります。
──具体的に、どんなアニソンに影響を受けているんでしょう。
eill 私は『ラブライブ!』のμ’sとかが大好きで。最近だとシリーズ最新作『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』の曲がほんっとうに素晴らしい。弾けちゃっている感じ。私たちはこれでいいんです!っていう感じが本当にかっこいい。これはあまり話してないんですけど、実は私の「20」という曲は『ラブライブ!』に影響を受けていて。掛け声がかっこいいなと思って、私もやりたいって言って友だちと掛け声を入れたんです。
───本作には「23」という曲も収録されています。年齢を記した曲を残していることに対しては、どのような想いがあるんでしょう。
eill どちらも今を生きるって歌っている曲なんですけど、「20」のときは自分が似合う服とか髪型とかわからないし、一緒にいたい友だちも誰かわからないし、みたいな感じで。それがわからないから、今日この瞬間を生きるしかない!ってことを歌っているんです。23歳になって、周りの友だちも自分も答えを求められることがすごく増えて。選んだ答えが正解か不正解かは置いておいて、自分がこれは好きとか、これをしているときは幸せとか、そういうものが見えてくるようになったんです。
だからこそ逆に、自分が逃げているときとか、自分に向き合えていないときも、自分で気づいてしまう。明日がある保証がないから、今日を生きようみたいな。そんな意味を込めて「23」では、今を生きようって歌っているんです。同じようでいて、永遠ってないんだよって真逆のことを言っている。「20」は〈永遠の20〉って歌っているんですけど、「23」では〈永遠には生きられない〉って歌っていて。
この3年間でいろいろなことが変わったし、大人になるって言葉はあまり好きじゃないんですけど、いわゆる大人になることってこういうことなのかなみたいに思うことが増えました。
───「letter…」はアコギを伴奏に歌うシンプルな曲です。ほかの曲に比べて、かなり音数を減らしたアレンジですが、どうしてこのような曲が生まれたんでしょう。
eill 私は曲を作るとき、トラックから作ることもあるんですけど、最初はミニマムにコードとメロディからはじまるんです。そのミニマムな姿を見せることって、裸を見せている感覚に近くて。そういう歌を今回のアルバムに残したいなと思ったんです。
これは自分の周りにいてくれる大切な人たちと、ファンの人たちに向けて書いた手紙という意味での「letter…」で。みんなにいちばん聴いてほしい言葉が、私の声とギターだけにすることでいちばん届くと思ったんです。4年ぐらい一緒にやっているギタリストの方と今回初めてギターと歌をせーので録ったんですよ。
───後から修正ができない状況でのレコーディングだったんですね。
eill そう。どちらかが失敗したらダメみたいな。何回やったかな。結構たくさん録って。「まだだな」「歌詞間違えたごめん」とか言って。それはすごく新鮮でした。取り返しのつかない歌を歌ったことが初めてだったので、それはおもしろかったし、またやってみたいです。
ギャルのように好きなことを貫いて
──その一方で「ただのギャル」という曲がありますよね。トラックもドープなヒップホップで、緩急がすごい。
eill ははははは!
──これまでのeillさんの中でも突き抜けた曲だと思うんですけど、どういうふうに生まれた曲なんでしょう?
eill 20歳くらいの時、渋谷のVISIONとかで深夜にライブをやっていたんですけど、髪の毛がピンクで見た目がギャルっぽかったんですよ。会場にいるお兄さんとかに「ギャルなのに自分で曲書いてるの? マジ見えない」ってめっちゃ言われて。書いてるんだけど!?みたいな気持ちでできた曲です。ギャルを舐めるなって(笑)。最初、レコード会社の方に、この曲をシングルカットしたいと言われたんですけど、私がひよっちゃって、アルバム曲にさせてくれって言ってアレンジし直しました、2番のバースのリリックを書き直してメロも書き直して。あと、オペラが入っているんですけど。
──ヒップホップのトラックにオペラが入ってきて衝撃的だったんですけど、これは一体なんですか!?
eill 『ヴィンチェンツォ』っていうNetflixのドラマがあって。イタリアのマフィアの話で、主人公がオペラを聴くんですよ。それを観て、オペラまじでいけてね!?と思って、私もオペラを聴きだして。その影響で「ただのギャル」にオペラを絶対に入れる!って言ったら、みんな「は?」ってなって。それでも「オペラの人紹介してください」って言って、本当に紹介していただいたんです。最初は自分で歌おうと思ったんですけど、やっぱりレベルが違いますね。声量がすごくて勉強になりました。本当にかっこよくなったし、めっちゃうれしかったです。
──失礼だったら申し訳ないんですけど、eillさんはギャル的な素養をお持ちなんでしょうか?
eill 質問おもしろいですね(笑)。
──ギャルがなんなのかっていまいちわかってなくて……。
eill 最近のギャルの定義があって。好きなことをやっている、好きなものを貫く、自分が好きなものが最高、というのがギャルらしいです。マインドギャルって言うのかな。ギャルメイクをしていて、ギャルのファッションをしている子だけがギャルではないんです。
──eillさんは自分の感情も、ノリのような流れも大事にされていますよね。それは音楽をはじめたころから一貫していることなんでしょうか。
eill そうですね。歌詞に関してはめちゃくちゃ悩んで長い時間かけて書くんですけど、曲を作るときは直感を信じて30分とかでぶわーっとできるんです。たしかに直感を大事にしてきたし、自分の感情が動いたものをただ音楽にしてきたというところはありますね。それを考えると幸せ者だなって思います。それを受けとめてくれる仲間と、一緒に作ってくれる仲間がいるのはすごいことだと思います。
──好きなことを貫いているという点も含め、ギャルの定義に当てはまってますね(笑)。
eill ほんとだ! やっぱり私はギャルですね(笑)。