若くて、かわいくて、きらきらした存在……。そんなイメージを持たれがちな「アイドル」。明確な定義が難しい言葉であるにもかかわらず、世で広く使われている言葉だ。
憧れや疑似恋愛、擬似的な親子関係や青春の象徴としての自己投影など、“偶像“としてさまざまな消費をされる彼女たち自身は、もちろんひとりの人間である。
見る人の数だけ存在する「アイドル」のイメージに翻弄され、ときにエイジズム、ルッキズムの呪縛にかかりながらも、その言葉の枠に留まらない女性たちの心の内を聞く連載「アイドルとシスターフッド」をスタートする。
今回のテーマは「アイドルと結婚」。話を聞くのは、でんぱ組.incのリーダーである相沢梨紗、プロデューサーのもふくちゃん、振付演出家のYumikoの3人だ。
でんぱ組.incメンバーの古川未鈴は2019年に結婚とアイドル活動の続行を発表し、2021年5月から産休に入り、2021年7月に無事出産を終えている(注:取材は出産前に行った)。
結婚後の活動は困難とされてきた業界において、結婚と出産を経てなお、アイドルをつづける意志を聞いたとき、リーダーとプロデューサーはどのように感じたのか。そしてどのような経緯で、所属事務所とメンバーがその意志をサポートするかたちになったのか。(全3回の第1回)
相沢梨紗
大阪府出身。でんぱ組.incのリーダー。特技は料理で著書にレシピ本があるほか、食品衛生管理者の資格を持つ。ファッションブランド「MEMUSE」ではデザイナーを務める。幼少期からラジオ好きで『相沢梨紗のラジオ活動』(毎週月曜23時放送、FM FUJI)に出演中。
もふくちゃん(福嶋麻衣子)
東京都出身の音楽プロデューサー、クリエイティブディレクター。東京藝術大学音楽学部卒業後、ライブ&バー「秋葉原ディアステージ」の立ち上げに携わり、でんぱ組.incやわーすた、虹のコンキスタドールなどのアイドルや、PUFFYなど多くのアーティストのクリエイティブおよび楽曲プロデュースを手がける。
Yumiko
プロダンサー、アーティストとしてフランスで活動後2010年に帰国。ボーカロイド・初音ミクの二次創作を題材にした作品制作をきっかけに、本格的に振付演出家としての活動を開始。ゆずをはじめとした多くのアーティストのステージやMV、テレビ番組で振付演出を手がける。
アイドルになる前とあとも含めて、トータルで素敵な人生に
──まず、古川さんの結婚を聞いたときにどう感じたのかを教えてください。
相沢 私はすごくうれしかったですよ。でんぱ組.incの活動をしてきたなかで、メンバーがよく「社会になじめなかった」「人間としてのリハビリみたいだった」って言ってきたと思うんですけど、まさにそのとおりだったから。私は未鈴ちゃんと出会ったころ、この子が将来結婚できるとは思ってなかった(笑)。
彼女はロックスターかっていうくらい「アイドルやることしか興味ない」ってずっと言ってたから、そんな人が結婚を自分で選択できるのってすごいことだと思ったんですね。確かに私も10代のころは長生きするとか考えられなかったし、若さってブランドに囚われていたかもしれない。
そんな考えだった私たちが、彼女の結婚報告を聞いたとき、縁側で未鈴と子供と一緒にお茶でもすすりたいって未来が急に見えた気がして。もちろんうれしいって気持ちもあったけど、それ以上に“すごいな”って思った記憶があります。
──その時点でポジティブに捉えていたわけですね。
相沢 うん。申し訳ないけど、ビジネス的なことは浮かばずに「未鈴ちゃん、よかったね!」って気持ち。もう長いこと一緒にやってきたからこそ、未鈴が人間として成長したことに対してうれしいって感じでした。
Yumiko でもある時期から「私、結婚する!」みたいなモードに変わったよね。
もふくちゃん そうそう。まだ具体的な予定があったわけじゃなかったと思うけど。
意外とフロンティア精神が強いから「私がこの業界で最初にこれをやりたい」って考えを常に持ってる子で。結婚に関しても「今の時代だったら、結婚してもアイドルとしてステージに立つのはいいことなんじゃないか」って言ってたのは覚えてますね。
──もふくさんは2013年のインタビューで、将来的なビジョンを聞かれた際に「まず本人たちが、どういう人生を歩んでいきたいかを大切にしたい」と語っていました。
「メンバーの人生が、かなり活動の多くに関わってきているので、予定調和が考えられないんですよね。基本的に、本人たちがどう動くか、何を考えるかが一番大事だと思うんです。武道館をやったら、その次はアリーナとか、より広い場所を目指す話はもちろん夢だし、理想ではありますが。でも、それよりも、まず本人たちがどういう人生を歩んでいきたいかを大事にしたい。女の子の人生として、いつ結婚していつ子供を産んでっていうところまでの設計までも含めて、どう考えるか。それ次第だと思います」
『小説トリッパー 2013年夏号』(朝日新聞出版)「福嶋麻衣子 インタビュー『アイドルには社会を変える力がある』」より引用
「アイドルってみんな男性目線じゃないですか。でも、私は女性にしかできないプロデュースが絶対あると思う。だから、女性としての幸せをどう貫いていくかっていう目線は絶対にありますね。たとえば子供を産んでも夢を追いかけ続けられるっていうこととか」
「アイドルって、やっぱり文化の象徴であり、それを牽引する存在であってほしい。男性に作られたアイドル像だけじゃない、新しい強い女性たちの存在を作りたい。そういう存在が変わっていくことで、日本の社会全体が変わってくると思います」
──過去にこう語りながら、実際に主力のタレントが結婚するとなったら、ビジネス的な観点から言動不一致になってもおかしくない。そこで一貫した姿勢をと取りつづけられるのはなかなかできることじゃないと思います。
もふくちゃん そんなこと言ってましたか(笑)。まあでも、最近は事務所とタレントの関係性も変わりつつあって、実際大変そうな事務所もありますよね。
Yumiko 私たちの立場としては“タレントの人生の一部をお借りして、それを作品としてるんだ”みたいに考えていて。全員に等しくアイドルになる前とあとが存在するので、活動期間はもちろんですがトータルで素敵な人生になるように願ってます。そのために何ができるのか、と考えたら“一緒にいる限られた時間をどう過ごすか“でしかないのかな。
もふくちゃん そうね。長くつづけることが幸せだとはまったく思ってない。
Yumiko これはドライな考えかもしれないけど、私たちのチームは一緒にできる人とやるっていうのが大前提なんです。たとえば結婚して事実上活動できなくなるとしたら、OK、じゃあ休んでいてね、いる人たちでやろうっていうテンション感。
もちろん、一緒にやりたいって気持ちもあるし、未鈴ちゃんがいてくれたら……って思う瞬間も多々あるけど、このグループがどうやって発足したかを考えたら、おそらく今の形が一番自然なんだと思います。
アイドルを辞めなかったのか、辞められなかったのか
──確かに、グループの歴史を振り返ると、「秋葉原ディアステージ」というライブステージとバーが一体となったお店に居合わせた従業員で結成されたわけで。
相沢 でんぱ組.incって、なぜか変というかユニークな存在だと見られがちだけど、実は一番自然で、誰も無理をしてないチームだと思うんです。無理をするのが一番似合わないチーム。もちろん大変なこと、がんばることもたくさんあるけど、違和感に対する拒否感が強い。そこと、みんなの優しさと、気遣いと、それぞれの自由にやれる感じが絶妙に成り立ってる気がします。
Yumiko そのバランスのためにきっとみんなが裏で微調整をしてるんだよね。
もふくちゃん そうそう。最近うちらの中で、最終的に、これが一番いい文だって決まったのが、「沙羅双樹の花の色」。
Yumiko 日本語で一番美しいのは『平家物語』です。
もふくちゃん 諸行無常の響きあり。
──アイドルというファンと距離が近い業界で、結婚、出産を経て戻ってくるパターンが過去にほとんどなかった。そのなかで、さきほどドライと言いつつ「じゃあ辞めて」ではなく、「じゃあ休んでて」という言葉だったのが素敵だと感じました。
Yumiko 過去になかったのは当たり前だと思いますよ。だって、お客様の視点からはどう感じるかを考えると、張り裂けそうな気持ちになるのはわかります。
もふくちゃん 今までそういう例がなかった理由はわかるよね。「ヤバいだろうな」って。
相沢 わざわざそんな逆境をね。
Yumiko お客様にとってはきっと、たくさんの時間やお金をつぎ込んで、ときには自分を投影しながら、一緒に人生を過ごしてきた存在でもあると思うから。それが突然「はーい、結婚しまーす」って、それは許せないだろうと思う。
もふくちゃん そうだね。それは未鈴ちゃん本人もよくわかってた。
Yumiko もちろん仕事上の立場などいろいろあって、マネージメント側としても頭を抱えることがあります。それでも、年齢を公表しようがしまいが、誰だって確実に年を取っていくわけで、人生というタイムライン上で、いつ、何ができるかは生物として限界があるわけですよね。どんな人でも「ひとりの人生を生きている」と考えていて。
将来、振り返ったときに「いい人生だった」って思ってもらいたいから、未鈴ちゃんみたいな道を選んだとしても、自然なことだと捉えてます。お客様の気持ちを考えてないなんてことは、ないんです。でも、時間を止めることはできない。
もふくちゃん 未鈴ちゃんが全部背負って、それでも決断したということ自体を大切にしたい。
Yumiko 私たちは、彼女をずっと見てきて、覚悟を持ってひとつずつ選択してステップアップしてきたのを知ってるから。彼女の「何があっても、私はこれを選ぶ」という覚悟に対してはやっぱりリスペクトをしたい。だって、覚悟の乗った選択に対して、何も言えないですよ。それ以上でも、以下でもない。
もふくちゃん そこだよね。未鈴ちゃんがその選択をするなら、うちらはリスペクトせざるを得ないっていう。
相沢 私が思ったのは……やっぱり、結婚してアイドルを辞める人はたくさんいるじゃないですか。そのなかで、未鈴がアイドルを辞めなかったのか、辞められなかったのかはわからないけど、未鈴の人生の中で唯一捨てられないものがアイドルだったんだってわかって、こいつはすげえしヤベえなとは思いました。
もふくちゃん わかる! 逆に、なんでそこまでしてアイドルに……?って思う。怖い、怖い、みたいな(笑)。
相沢 アイドルが一番必要なのって未鈴ちゃんなのかなって。ちょっと怖いくらいに感じたけど、だからこそ否定はできないよね。
Yumiko でもそれは私たちの立場としての意見であって、外から見たら彼女の思いを想像することは難しいだろうと思います。このあとに何が起こるのか、私たちチームも強い覚悟を持って、慎重に進む必要があると思う。
いったん休んでおいて、とは言ったけど、そのあとにどうなるかはわからない。でもいったん「休む」という状態にしておくことで、冷静に考えられる。今は冷静さが必要な気がします。
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