缶チューハイを1日に24本。引退、アルコール依存症を経てUSUが出した答えは「やっぱり俺はラップがしたい」

2021.7.13

文・編集=本多カツヒロ


5月4日に放送された『Creepy Nutsのオールナイトニッポン0(ZERO)』(ニッポン放送)で、DJ松永が2年半ぶりに復活した故郷新潟の先輩ラッパー、USUの曲「Ghost」を紹介した。数時間後、目を覚ましたラッパーのUSUがツイッターを開くとたくさんのリアクションが届いていた。同曲に心を揺り動かされたラジオリスナーたちが反応したからだ。

USUは新潟を牽引するラッパーだったが、2018年にツイッターで突如引退を宣言。そして今年復活した。その間、彼はアルコール依存症を患い、医者には「このままでは死にますよ」と忠告された。彼が抱える葛藤、引退からの復活すべてについて包み隠さず語ってくれた。


深い話をしたことがないDJ松永が応援してくれた

──DJ松永さんが、オールナイトニッポンでUSUさんの「Ghost」を紹介して反応が凄まじかったと。

USU 朝起きてツイッターを開いたら通知がたくさん来ていて「何が起きたんだ?」と思いましたね(笑)。リプライなどを読んでいくと、どうやら松永が番組で紹介してくれたことがわかって、番組を聴いてみたんですよ。『オールナイトニッポン』は好きなので、たまに聴いているんですけど、いつもふざけてばかりいる松永が突然まじめになって、俺のことを語っていた。それを聴いて、俺の心をのぞいているのかと思いましたね。彼がラジオで言ったことは何ひとつ間違っていないし、俺がまだ言葉にできていないことまで語ってくれたのは、なんでわかるんだろうと不思議に思いましたけど。

──松永さんが新潟にいるころから仲がよかったんですか?

USU 俺もメンバーであるNITE FULL MAKERSの一員で、HilcrhymeのTOCのライブDJを松永がしていたので、2、3回は打ち上げに行ったことはありますけど、深い話はしたことがないんですよ。だから、なんでここまで俺のことをわかるんだろうと。 でも、引退している間も、松永が世界チャンピオンになった『DMC World DJ Championships 2019』でNITE FULL MAKERSの「SUNRISE」の俺のバースで擦ってくれているのを観ていて、応援してくれているのかなとは感じていました。

【USU,DJ TAGA / GHOST(Music video)】

缶チューハイを1日に24缶飲みつづけた

──2018年9月にUSUさんは突然の引退宣言をされました。なぜ引退したんですか?

USU 一番はアルコールの問題が大きかったですね。もともとお酒が好きで、自分では嗜んでいるつもりだったんです。でも、いつの間にか自分のイベントで泥酔したり、楽屋で酔い潰れて寝てしまうことがあったんですよ。それを見た先輩のDJ YOSHIIさんから「最近おかしいぞ。みんなに見られる立場なんだから、そんなかっこ悪い姿を晒すな」と怒られたこともありました。でもどんどんお酒に逃げるようになっていったんです。

──お酒に逃げるというのは、どれくらいの量を飲んでいたんですか?

USU 朝起きて500mlの缶チューハイを8本くらい飲んでいました。それで寝落ちして、目が覚めるとまた同じくらいの量を飲んで、それを1日3回繰り返していました。1日に合計24本は飲んでいましたね。アルコール依存症では連続飲酒というのですが、そういう日々を1~2週間は繰り返し、体調が限界に来たときに、ようやくアルコールを飲まなくなるんです。

その状況でアルバムを作っていたんですけど、納得できる曲なんて作れるわけもなくて、ビートはあるんですけど、ビートを聴くことすらやめていました。


新潟のシーンを引っ張っていくのは俺だけという自負

──一概には言えないとは思いますが、アルコールに逃げるようになった原因としてどんなことが考えられますか?

USU これを言って、かっこよいか悪いかは読者の方の判断に委ねますけど、新潟のヒップホップシーンを引っ張っていくのは俺しかいないと思っていたし、まわりもそう思っていたんです。でも、そのことに疲れてしまったんですよ。

2007年に初のソロアルバムを出してから、毎年1作はアルバムを作りつづけてきました。もちろん、ソロでライブもやって、多いときは1000人以上のお客さんが入った。さらに、MCバトルにも出て、当時の新潟では敵なしの状況だったんです。そうなると、お客さんは俺が負ける姿を観に来るわけですよ。そのことにすごくプレッシャーを感じたこともありました。

自分の中では、楽曲制作して、ライブをやって、MCバトルでも勝つ。そのすべてを並行して活動することこそが基準であり理想だった。結果的には自信にもつながっていた。

東京や大阪などほかの地域のヒップホップシーンには絶対に負けたくなかったし、新潟のシーンを有名にするには、俺がもっと知名度を上げて活動するしかないと考えていました。だから、その基準を下げることは絶対にしたくなかったんです。

その一番大事な新潟を引っ張っていくというマインドがある日弾けてしまったんです。曲も作れなくて、自分の中の基準や理想に追いつけなくなってしまったのが大きいかなと。

もし、お酒に逃げずにシラフの状態だったら、乗り越えられたかもしれません。でも、お酒は性格までも変えてしまうんです。そして一切、誰にも相談せずにツイッターに引退しますと書いたんです。

──引退から復活するまでの期間は何をされていたんですか?

USU 実は、引退のツイートをしたときは、連続飲酒がつづき、泥酔し精神的に不安定で死にたいと思っていた状況だったんです。

しばらくはツイッターでの反応を見ていましたね。「辞めないでください」という反応だけが唯一の救いでした。ツイッターを見ながら、いいねの数を数えて、自分の存在を再確認していたんです。引退宣言をした翌日から後悔していました。

もともと働きながら音楽活動をしていましたが、引退後も工場で働いて、YouTubeに上がっているタイプビートと呼ばれる人気ラッパーのトラックっぽい、インストゥルメンタルの曲でラップしたり、MCバトルの動画を観たり、新潟の現役のラッパーでも知らないような若手の音源を聴いたりと、ラップから完全に離れていたわけではなかったんです。

──すぐにアルコール依存症の治療を受けたわけではないんですね。

USU 治療を受け始めたのは昨年の10月からです。それまでは自分に限ってはアルコール依存症になんてなるわけがないと認めることすらできませんでした。

でも、引退している間に、3回連続飲酒を繰り返したんです。連続飲酒の状態になると、腹水が溜まり、自分の体では水分を処理できなくなり、嘔吐しつづけるんです。最終的には、体が硬直して、体全体が攣(つ)ったような状態になる。救急車で2回ほど運ばれました。

医者からは「これを繰り返したら死にますよ」と忠告されて、自分でも死んでしまうと思い治療を受ける決意をしました。

アルコール依存症をさらけ出したら楽になった

──引退している間に、それこそ松永さんたちは武道館ライブを成功させたりと、ヒップホップを取り巻く状況に変化がありましたね。

USU とんでもない状況になりましたよね。Creepy NutsもZORN君も武道館でライブして、BAD HOPも横浜アリーナでライブして。それを見て、最初はすごく変な気持ちになりましたね。すげーなと応援する気持ちと、俺にもできたのかなと指をくわえていじけてしまうような気持ちが共存していたというか。

最終的には、ひとりのリスナーに戻って、純粋にヒップホップシーンを応援していました。それは引退してよかったことのひとつです。

──今年、復活したわけですが、どんな理由があったんですか?

USU 治療を受け始め、シラフになり、自分自身と向かい合いました。それで何がやりたいかを整理することができた。やはり、俺は音楽を作りたいし、ラップをしたい。その気持ちをごまかしてはいけないと思ったんです。身内やお世話になっている数人に、その気持ちを正直に話すと賛成してくれて、復帰することを決意しました。

──引退前と比べ、復帰してから音楽に対する姿勢に変化はありましたか?

USU ラジオで松永も言っていましたけど、俺はもともとボースティング(編注:俺はこんなにすごいなどの自己賛美)をしていたんです。ヒップホップをやるなら、そうじゃなきゃいけないというのが自分の中で固まっていた。要は、カッコつけていたんですよね。

引退し、すべてをなくしてからは、ありのままの自分をさらけ出して、歌詞を書けばいいんじゃないかなって思うように変化しました。

だから復帰後は、引退していた2年半の間のことしか書けなかった。酒に溺れてアルコール依存症であることや、マイナスなマインドを持っていたことを歌詞にしたんです。

──病気のことや弱さを歌詞にすることに怖さはなかったんですか?

USU 最初は恐怖心がありましたよ。でも、すべてさらけ出したら楽になりました。

──ほかにも変化はありましたか?

USU 引退前は、年々アルバムを出してもリスナーの反応が薄くなっているなと感じていたんです。復帰してわかったのは、リスナーは反応してくれていたのに、俺が気がついていなかっただけなんですよ。

今回の復帰で、いろんな人から「おめでとう」「曲を聴きました。よかったです」という反応をいただきます。その一つひとつがうれしいですよね。引退前は、それを忘れていたんです。今はそれが活力になっています。

最近思うことは、アーティストとファンの間には距離がありますよね。そうではなく俺とファンで会話するように曲を作ることができればいいのかなって思いますね。「USUがこんなことを言っていた」ではなく、俺の悩みに共感してもらうことが大事じゃないかなと。素晴らしい音楽を作る人の歌詞は心に響くじゃないですか。

USU&KRYZ『40 irony』

書きたい曲だけを作る

──それでは今はもう新潟のシーンを引っ張っていくという意識は捨てたのでしょうか?

USU それがすべてはまだ捨て切れていないんですよ。でも、今は俺が引っ張っていくというより、俺は俺のやり方でがんばるから、お前はお前のやり方でがんばれよって。それで一緒に新潟のシーンを盛り上げようって思うようになりましたね。

引退前は、後輩にも俺と同じように楽曲制作、ライブ、MCバトルのすべてで活動することを求めて、苦しめてしまったこともあります。みんな仕事をしながら活動しているなかで、仕事が忙しくてライブに出ることができないと言われるのがすごく嫌だった。辞めていく後輩にも「お前が負けたんだよ」「意思が弱いから辞めるんだよ」と言ったことさえあります。今はその気持ちがすごくわかる。だからこそ、各々のやり方で一緒に盛り上げていきたいんですよ。

──今後の活動で目標にしていることはありますか?

USU あえて目標は作らないようにしています。引退前なら、アルバムを作るときに、アッパーな曲がないから、そういう曲を作ろうという意識でした。今後はそういう意識を捨てて、自分の作りたい曲や書きたい曲だけを作っていきたいんです。

──コロナ禍でのストレスで酒量が増えている人が多いのではないかと指摘されています。アルコール依存症を患っている立場からアドバイスはありますか?

USU 酒量が増えていることに気がついているのなら、まわりの人に話すべきだと思います。アルコールは違法ではないから、まわりの人もなかなか注意しないと思うんですよ。難しいかもしれませんが、まずは誰かに相談する。あとは、自分が好きなことを見つけて没頭することだと思います。


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本多カツヒロ

(ほんだ・かつひろ)1977年神奈川県横浜市生まれ、東京都育ち。2009年よりフリーランスライターとして活動。健康・医療からエンタメまで幅広く執筆。

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