第164回直木賞全候補作徹底討論&受賞予想。授賞すべきは、加藤シゲアキ。だが本命は、杉江もマライも『インビジブル』

2021.1.20

人気出てほしい!『インビジブル』

杉江 つづいてマライさんイチオシの『インビジブル』です。松本清張賞を西南戦争の歴史小説で受賞した作者が、2作目は戦後を舞台とした推理小説に挑みました。

『インビジブル』坂上泉/文藝春秋
『インビジブル』坂上泉/文藝春秋

『インビジブル』あらすじ
1954年、大阪市警察庁に勤務する新米刑事の新城洋は猟奇的な殺人事件の捜査を担当することになる。被害者は政治家秘書であり、事件の背景は奥深そうだ。帝大卒のエリート・守屋恒成と組まされた新城は、彼と衝突しながらも犯人を目指して一心に突き進んでいく。

マライ まず、著者の多面的かつ骨太な社会観、そして自分が歴史と人間を記述するという行為に対しての誠実さが感じられてとてもいい。中心にあるのは法・善・悪の根深い相克ですが、それらを単純な対立図式で語らず、人はどこに理性の支柱を求めるべきか、という問題までをエンタメ的な文脈で描き切っています。歴史的描写で見逃せないのが、大戦前〜戦後の連続性に言及している点です。ドイツでは、戦後社会を安定稼働させるには「政治的に正しい」人ばかりを集めてもダメで、旧ナチの能吏を密かに再起用せざるを得ませんでした。そうした裏面もきっちり描いていて、そこに戦争ゆえの怨念が襲いかかるという図式にはすごい説得力と魅力があります。何より重要なのは、そうした要素を、まじめなだけでなく知的好奇心を喚起するかたちででおもしろく活写している点ですね。

杉江 警察小説としてはバディものと言われるタイプで、学歴のない主人公とエリートとが反目を乗り越えて手を組む展開が熱いですよね。

マライ はい。見事なキャラ立ちっぷりです。主人公ふたりにそれぞれ、理性をめぐる葛藤の末に大見得を切る場面があって、実にかっこいい。ドイツ人的にもジャストミートな感銘を受けました。『PSYCHO-PASS サイコパス』のガチでイケてる場面に近いような。

『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』Blu-ray/東宝
『劇場版 PSYCHO-PASS サイコパス』Blu-ray/東宝

杉江 いや、本当にいい小説です。装丁を見て読み始めたときは、失礼ながらこんなにおもしろいとは思わなかった(笑)。

杉江松恋
杉江松恋「こんなにおもしろいとは!」

マライ 戦後75年、当時の体験や空気感を語り継ぐ人たちの実質的寿命も絶えようとしています。今後ますます社会文化的に重要化してくるのが、まさにこのような丹念に織られた骨太歴史エンタメだろうと思うのです。生半可なものではダメで、まさにこのレベルでないと、というベンチマークとなり得る作品だと思います。

杉江 ともすれば「日本は間違ってなかった」式の言説で歴史を上書きしようとする動きがあるなかで、おもしろさで興味を惹くことは正しく語ることと同時に大事になってくるでしょうね。その意味で作者の志は非常に高いものがあると思います。

マライ この人、人気出てほしいな。志の高さが報われてほしい。

受賞の目がある?『心淋し川』

この記事の画像(全18枚)


関連記事

この記事が掲載されているカテゴリ

関連記事

芥川賞164

第164回芥川賞全候補作徹底討論&受賞予想。マライも杉江も宇佐見りん「推し、燃ゆ」オシ、尾崎世界観はちょっと厳しい

加藤シゲアキ全作品

加藤シゲアキ全作品を読む。直木賞候補作『オルタネート』に至る挑戦は、小説への愛そのものだ

直木賞対談サムネ

第163回直木賞全候補作徹底討論&受賞予想。本命、馳星周『少年と犬』は7度目の正直か?だが『稚児桜』ビルも夢がある

ツートライブ×アイロンヘッド

ツートライブ×アイロンヘッド「全力でぶつかりたいと思われる先輩に」変わらないファイトスタイルと先輩としての覚悟【よしもと漫才劇場10周年企画】

例えば炎×金魚番長

なにかとオーバーしがちな例えば炎×金魚番長が語る、尊敬とナメてる部分【よしもと漫才劇場10周年企画】

ミキ

ミキが見つけた一生かけて挑める芸「漫才だったら千鳥やかまいたちにも勝てる」【よしもと漫才劇場10周年企画】

よしもと芸人総勢50組が万博記念公園に集結!4時間半の『マンゲキ夏祭り2025』をレポート【よしもと漫才劇場10周年企画】

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記「猛暑日のウルトラライトダウン」【前編】

九条ジョー舞台『SIZUKO!QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記

九条ジョー舞台『SIZUKO! QUEEN OF BOOGIE』稽古場日記「小さい傘の喩えがなくなるまで」【後編】

「“瞳の中のセンター”でありたい」SKE48西井美桜が明かす“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

「悔しい気持ちはガソリン」「特徴的すぎるからこそ、個性」SKE48熊崎晴香&坂本真凛が語る“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

「優しい姫」と「童顔だけど中身は大人」のふたり。SKE48野村実代&原 優寧の“私の切り札”【『SKE48の大富豪はおわらない!』特別企画】

話題沸騰のにじさんじ発バーチャル・バンド「2時だとか」表紙解禁!『Quick Japan』60ページ徹底特集

TBSアナウンサー・田村真子の1stフォトエッセイ発売決定!「20代までの私の人生の記録」