人気出てほしい!『インビジブル』
杉江 つづいてマライさんイチオシの『インビジブル』です。松本清張賞を西南戦争の歴史小説で受賞した作者が、2作目は戦後を舞台とした推理小説に挑みました。

『インビジブル』あらすじ
1954年、大阪市警察庁に勤務する新米刑事の新城洋は猟奇的な殺人事件の捜査を担当することになる。被害者は政治家秘書であり、事件の背景は奥深そうだ。帝大卒のエリート・守屋恒成と組まされた新城は、彼と衝突しながらも犯人を目指して一心に突き進んでいく。
マライ まず、著者の多面的かつ骨太な社会観、そして自分が歴史と人間を記述するという行為に対しての誠実さが感じられてとてもいい。中心にあるのは法・善・悪の根深い相克ですが、それらを単純な対立図式で語らず、人はどこに理性の支柱を求めるべきか、という問題までをエンタメ的な文脈で描き切っています。歴史的描写で見逃せないのが、大戦前〜戦後の連続性に言及している点です。ドイツでは、戦後社会を安定稼働させるには「政治的に正しい」人ばかりを集めてもダメで、旧ナチの能吏を密かに再起用せざるを得ませんでした。そうした裏面もきっちり描いていて、そこに戦争ゆえの怨念が襲いかかるという図式にはすごい説得力と魅力があります。何より重要なのは、そうした要素を、まじめなだけでなく知的好奇心を喚起するかたちででおもしろく活写している点ですね。
杉江 警察小説としてはバディものと言われるタイプで、学歴のない主人公とエリートとが反目を乗り越えて手を組む展開が熱いですよね。
マライ はい。見事なキャラ立ちっぷりです。主人公ふたりにそれぞれ、理性をめぐる葛藤の末に大見得を切る場面があって、実にかっこいい。ドイツ人的にもジャストミートな感銘を受けました。『PSYCHO-PASS サイコパス』のガチでイケてる場面に近いような。

杉江 いや、本当にいい小説です。装丁を見て読み始めたときは、失礼ながらこんなにおもしろいとは思わなかった(笑)。

マライ 戦後75年、当時の体験や空気感を語り継ぐ人たちの実質的寿命も絶えようとしています。今後ますます社会文化的に重要化してくるのが、まさにこのような丹念に織られた骨太歴史エンタメだろうと思うのです。生半可なものではダメで、まさにこのレベルでないと、というベンチマークとなり得る作品だと思います。
杉江 ともすれば「日本は間違ってなかった」式の言説で歴史を上書きしようとする動きがあるなかで、おもしろさで興味を惹くことは正しく語ることと同時に大事になってくるでしょうね。その意味で作者の志は非常に高いものがあると思います。
マライ この人、人気出てほしいな。志の高さが報われてほしい。
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