今こそ求められている“ゆっくり”の効用【映画『ジュンについて』公開&「シネマリス」開館 記念鼎談】

2025.12.20
今こそ求められている“ゆっくり”の効用【映画『ジュンについて』公開&「シネマリス」開館 記念鼎談】

文=碇 雪恵 撮影=澤田もえ子 編集=森田真規


2025年12月19日(金)。年の瀬も迫った本の街・神保町に、新たな映画館「シネマリス」がオープンした。支配人の稲田良子はまったくの異業種から映画館作りに挑み、この場所で“小さくても善いもの”を提供したいという。

そんな同館のオープニング作品に選ばれたのが、「何度も、読み返される本を。」を目標に掲げるひとり出版社・夏葉社の島田潤一郎を追ったドキュメンタリー映画『ジュンについて』。そして、同作を監督した田野隆太郎はこの映画を「焚き火のように」広めていきたいと話す。

スピード感が重視される今の時代に、じっくり、時間をかけて、一人ひとりの“居場所”となるような本/映画/映画館を個人で作るということ、その意義とは。絶賛工事中の完成前のシネマリスにて、稲田、島田、田野の3人に話を聞いた。

数字だけでは測れない仕事のやりがい、作品を語り直すことの意義、毎朝30分『万葉集』を読むことの凄まじい効用などがテーマになった、鼎談後編をお届けする。

数字だけでは測れないやりがいを感じるには

田野 僕は若いときから映画、CDやレコード、本が好きで、美大を出てからも就職せずに、そのまま商業映画の監督の助手をやったりして。

島田 どなたの助手をしてたんですか?

田野 阪本順治監督です。しばらくは阪本監督のところを出たり入ったりしていました。

島田 出たり入ったりできるんですね(笑)。

田野 基本フリーランスですので。で、だんだん自分で映画を作りたいなと、それも原作ものではなくてオリジナルを、とか思うわけですが、うまくいかない。30代半ばからは映画のメイキングや企業のPRビデオ、あとはテレビ番組をちょこちょこと撮って、本当は映画をやりたいと思いながらも、うまく実行できない時期が長く続きました。

田野 映像はどうしてもお金がかかるから、どなたかに出資してもらうことになって、そうすると出演者や内容にもスポンサーさんの意向が反映されるもので。最終段階になって「ここの内容を変えてほしい」と言われたら従うしかない。そういうことがよくあります。

だけど、島田さんの本作りはそうじゃない。ご自身でお金を出して本を作り、大手書店には取次を通し、付き合いのある全国の小さな本屋さん100軒に直接卸して、何年もかけて販売する。ドキュメンタリーであれば、映画でも島田さんと似たことができるんじゃないかと思って、『ジュンについて』はプロデュース、撮影、編集、監督に加えて、配給も自分でやることにしました。

島田 配給って、普通は誰かに頼むものですか?

田野 そうですね。でもそれだと島田さんを撮った意味がないなと思って。もしどこかの会社に配給をお願いしたら、東京で最初に上映してそのあと数カ月くらいで全国を回ってサブスクにして、それで終わりになると思います。

田野 夏葉社ってそういう売り方じゃないですよね。創業時に出版した本でも何度も重版して、新刊と一緒に本屋さんの棚に並んでいる。それってすごいことですよ。僕も映画で島田さんと近いやり方でできないかと思って、今、挑戦しているところですね。

田野 ほかの仕事もしながら進めていますが、今年の夏くらいからは『ジュンについて』のことしかできていない状況です。

島田 経済的には大丈夫ですか?

田野 ……ギリギリです(笑)。

島田 映画を撮る方は、みんなどうしているんですか?

田野 通常だと、制作会社から一本一本ギャラをいただくかたちですね。今回の場合は、上映するたびに少しずつお金をいただくような感じでやっています。

田野 もちろんミニシアターのような映画館が一番なのですが、映画館がない町では、地域の本屋さんと連携し、文学館や映像ホールで上映しています。高知は、売り場面積の広い本屋さんでも1カ月上映しました。スクリーンやスピーカー、プロジェクターなどを持ち込み、あくまでも仮設のミニシアターを目指して。夏葉社の本や記念のパネル展示が脇にある空間で、どうこの映画を観ていただけるのか。

儲かるかどうかとは別の話ですが、お客さんに届けるところまで実際にやってみて、観た方から感想をいただいたときに納得感がある。簡単にいうと、数字だけでは測れないやりがいを感じますね。

映画『ジュンについて』公開&「シネマリス」開館 記念鼎談

稲田良子(写真左)
(いなだ・りょうこ)法律事務所スタッフを経て、2023年夏ころから物件探しを始め、まったくの未経験から映画館シネマリスの支配人に就任
島田潤一郎(写真中央)
(しまだ・じゅんいちろう)親しくしていた従兄の死をきっかけに、出版の編集経験もないまま夏葉社を起業。著書に『長い読書』(みすず書房/2024年)など
田野隆太郎(写真右)
(たの・りゅうたろう)阪本順治監督作品に参加したのち、独立。2011年、ドキュメンタリー映画『子どもたちの夏 チェルノブイリと福島』を監督

何度も語り直さなければ名作もいずれ廃れてしまう

島田 そういえばこの間、「子供たちがジブリ作品に触れる機会がなくて、このままだと文化が途絶えるから早くサブスクを解禁したほうがいい」という意見がすごく話題になっていたけど、僕、それ、すごく考えさせられました。

田野 ジブリファンの方がそう言っていたんですか?

島田 そう、「早くサブスク解禁しないと文化がなくなりますよ」って。

島田 ジブリまでショート動画とかサブスクの競争の中に入っていかないといけないの?と思うんです。宮﨑駿監督は視聴環境も含めてコントロールしたいはずだけど、視聴者側はそういう問題じゃないと思っているというか。

稲田 サブスク解禁しないと、文化としてなくなると本当に思ってるんですかね?

島田 もしそれでなくなるくらいならそれは文化なのか?というふうにも思いますけど、どうなんでしょうね。ショート動画やサブスクの競争の中にいたら常に『鬼滅の刃』と戦うことになるけど、僕はできるだけそこから逃げたいからこういう仕事をしているんだと思います。逃げ場所とか居場所というのは、経済的な競争から離れるということでもあるし、特に映画館はそういう場所であってほしいと思います。

稲田 ちょうど、映画館が『鬼滅の刃』一色になったときに上映されなかった映画や、上映期間が短くなってしまった映画はどうなったんだろう、と思っていたところでした。そういう映画を上映したい。

田野 いいですね。逃げ場所という意味だと、シネマリスは地上から螺旋階段で下界に降りていくこの体験を含めて楽しんでもらえそうですね。

稲田 螺旋階段を降りる体験が、作品への没入感につながっていくといいなと思います。

島田 神保町にそういう逃げ場所がたくさんあったほうがいいですよ。おいしいカレー屋さんはたくさんあるけど、長居はできないから。

稲田 神保町は大学も多いので、授業の合間に来てもらえたらいいなと思っています。映画館は逃げ場所でありつつ、世界に広がってる窓だとも思うので、いろんな国や地域の作品を上映したいです。学生さんに「普段自分では選ばない映画だけど、シネマリスでやってるなら観に行くか」と思ってもらうためにも、私たちのチョイスを信頼してもらえるようにがんばっていきたいです。それこそ、レスリー・チャンのように、昔の俳優を若い方に発見してもらえるような場所にもしていきたいですね。

島田 それは大事なことですよね。作品には常に語り直しが必要だと思うんです。夏葉社は今年で17年目に入りましたが、振り返ってみると創業して5年目に『あしたから出版社』という本を書いて、10年目に『古くてあたらしい仕事』、そして15年目に『長い読書』という本を出しているんです。5年ごとに自分のことを新たに語り直していることになります。もしこの3冊の著書がなかったら、夏葉社が続いていなかった気がします。

島田 最近は、夏葉社の本を見つけてそのまま買う人より、僕の書いた本を読んだことがきっかけで夏葉社の本を買う人の方が多いんです。僕自身の趣味嗜好は変わらないから、放っておくとずっと目立たない本を出版し続けてそのままジリ貧になっていった気がするけど、節目節目に本を書いたおかげで続けてこられたんだと思います。

田野 ジリ貧を見越して語り直してきたんですか?

島田 意識はしてなくて、振り返ってみて気づきました。でも、いろんな人が自分の仕事を節目ごとに語り直して、誰かに伝えるということをしていくべきなんだと思います。いいものを作りさえすれば商品自体が語ってくれるから大丈夫、ということではないと思う。最近そういうことをよく考えます。

島田 そう、だから自分でもほかの人でも、語り直さない限り古いものはよみがえらないんじゃないかと思います。夏葉社を作ってすぐのときに出した『さよならのあとで』や『昔日の客』も、2025年の今の空気で語らなければいけない。普遍的で素晴らしい名作です、と言って終わるんじゃなくて、ゴダールでもヒッチコックでもなんでも、今の言葉で、今の人に届くように語り直す必要がある。語り直しを怠ったら、あっという間に取り残される気がします。もともと僕なんかはろくでなしなので、土を耕して空気を入れ替えないとダメなんです。

田野 たしかに、「これは殿堂入りしたすごいものなんですよ!」と言うだけじゃダメかもしれないですね。今の時代の空気に触れさせる必要があると。

島田 時代を超えて、観た人の語りを誘発させるものがいわゆる名作なんだと思います。たとえば小津安二郎でも宮﨑駿でも、いつの時代も「自分が一番わかってるんだ!」と何度も誰かが語り直します。それが素晴らしい作品ってことなんだと思います。

取材は開館準備の内装工事中のシネマリスで実施
取材は開館準備の内装工事中のシネマリスで実施
取材は開館準備の内装工事中のシネマリスで実施
取材は開館準備の内装工事中のシネマリスで実施
取材は開館準備の内装工事中のシネマリスで実施
取材は開館準備の内装工事中のシネマリスで実施
取材は開館準備の内装工事中のシネマリスで実施

毎朝30分『万葉集』を読む

島田 僕は毎朝30分『万葉集』を読んでいます。これは効用が凄まじいですよ。本当にもう、完全に別世界に行ける。1300年前の歌に耳を傾けることを毎朝30分続けていると、自分の心身が整っていくような感覚があります。最近の本にもおもしろいものはたくさんあるけど、朝の30分に読むのは昔のものがふさわしいなと思います。

稲田 私はやっぱり映画館で映画を観ることが、それにつながると思います。スマホの電源を切って、映画を観ている2、3時間は強制的にデジタルデトックスできる。作品の内容によっては手に汗握るようなものもありますが、それでも心身を落ち着けられる場所なんじゃないかと思います。

田野 僕は島田さんを撮る中で、ゆっくりの効用を感じました。当初の予定より長い期間撮影させてもらえたのも、島田さんだから許してもらえるだろうって気持ちがありましたし、編集作業をしているときも「焦らないで、ゆっくりで大丈夫ですよ」と声をかけてくれたし、上映も「3年くらいかけてゆっくりやればいいですよね」と言ってくれるので、肩の荷が降りたところがありました。

島田 僕、そんなこと言いました? 

田野 うん(笑)。今はメールでもなんでもすぐにレスポンスが求められるし、そのテンポにアジャストしていかないといけない。でも、島田さんと、焦らず、ゆっくりと映画を作って、さらには焚き火のように上映していって、そういうあり方に賛同してくれる人と一緒にやっていけたらありがたいなと思っています。

稲田 シネマリスでも『ジュンについて』をできるだけ長く上映したいと思っています。

稲田 まずは1カ月?

島田 えっ、2週間くらいかと思ってました! びっくりした。

田野 それは宣伝をがんばらないといけないですね。ちょっとこのあと、アポなしだけど神保町の本屋さんに展示のお願いをしに行こうと思います。

島田 アポは取ったほうがいいと思います(笑)。じゃあ僕も一緒に行くので、とりあえずごあいさつだけしてきましょうか。

映画『ジュンについて』公開&「シネマリス」開館 記念鼎談
映画『ジュンについて』公開&「シネマリス」開館 記念鼎談
映画『ジュンについて』公開&「シネマリス」開館 記念鼎談
映画『ジュンについて』公開&「シネマリス」開館 記念鼎談

2025年12月19日(金)オープン「CineMalice(シネマリス)」

開館日:2025年12月19日(金)
住所:東京都千代田区神田小川町三丁目14番3号ilusa(イルサ)B1F

■シアター1
座席数:67席(予定)
スクリーンサイズ:2.3m×5.5m(予定)
デジタル映写:NEC NC603L
音響:7.1ch / Meyer Sound ULTRA-X40(メインスピーカー)
■シアター2
座席数:64席(予定)
スクリーンサイズ:1.9m×4.5m(予定)
デジタル映写:NEC NC603L
音響:7.1ch / Electro-Voice TS940S(メインスピーカー)

公式サイト:https://cinemalice.theater/

CINEMALICE - the making of a movie theater -

ドキュメンタリー映画『ジュンについて』

ドキュメンタリー映画『ジュンについて』フライヤー

■イントロダクション
「何度も、読み返される本を。」を目標に掲げ、出版活動をつづける夏葉社。 東京・吉祥寺にある会社では、島田潤一郎が編集や経理、発送作業まで一人でおこなっている。出版の編集経験もないまま起業し、15年間この仕事を繰り返してきた。

大学時代、島田は小説コンクールで一等賞を獲り、27歳まで作家を目指すも挫折した。意を決し就職したものの、そこでも思うようにならず、生きづらい青春期を過ごした。だが、夏が来るたびに帰省して遊んだ、故郷・高知の従兄の死をきっかけに、人生が動きだす。 悩みのなか読んだ一編の詩にはげまされ、その詩を自分で出版し、従兄の両親に贈ろうと考えたのだ。それが『さよならのあとで』という、夏葉社を代表する本となった。

2022年夏、島田は不登校の若者たちを積極的に雇う「ウィー東城店」という書店の本の編集に取りかかっている。 広島の山間部にある店まで足を運び、店主や若者たちと話をし、その成果を少しずつ原稿にする毎日だ。本を買い、読むことしかなかった20代。本に救われた島田は、いま本と本屋と、そこに集うひとたちに恩返ししたいと考えている。

■クレジット
製作:nine minutes

出演:島田潤一郎(夏葉社)
プロデュース・撮影・編集・監督:田野隆太郎
朗読:宇野祥平
音楽:mangneng
エンディング曲:池間由布子「知られない季節」
2024年 / 日本 / ドキュメンタリー / 16:9 / カラー / ステレオ / DCP / 127分
公式サイト:https://9minpic.com/aboutjun/

映画『ジュンについて』予告編 2025年12月19日より 神保町・シネマリスにてオープニングロードショー

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碇 雪恵

(いかり・ゆきえ)北海道札幌市生まれ。ライター時々編集。自主制作した本にエッセイ集『35歳からの反抗期入門』、二村ヒトシ『AV監督が映画を観て考えたフェミニズムとセックスと差別と』など。新宿ゴールデン街のバー「月に吠える」金曜店番。