嘘をつかず、誠実に本をつくり、読者に届ける。ひとり出版社、格闘の10年

2020.1.25
島田潤一郎『古くてあたしい仕事』

文=小林英治 編集=森田真規


ひとり出版社、もしくはごく少人数で営まれている出版レーベルなどがここ数年増えています。それは本や雑誌をめぐる経済の状況も無関係ではないでしょう。
そんな昨今のひとり出版社の隆盛を語る上で欠かせないのが、島田潤一郎さんによる夏葉社だ。2009年に設立され、10年という節目で刊行された『古くてあたらしい仕事』には、島田さんの「古くてあたらしい」働き方に関する、人生に関する哲学が詰まっています。

この世で誠実に生きることと直結している仕事

1冊の本によって素晴らしい時間が過ごせたとき、新刊案内のチラシとともに挟まれている読者ハガキに感想を書いて送るのが好きだ。かつては多くの出版社の刊行物に挟まれていたが、現在では経費削減のためか少なくなった(僕がよく出すのは大手では講談社、中小では河出書房新社、みすず書房、白水社、水声社、ミシマ社など。ミシマ社からはなんとさらにお礼のハガキが届いたりする)。

もちろん今は誰でもeメールで感想を送れるし、版元も著者もSNSをエゴサーチすれば賛否含めて忌憚のない意見を知ることができる。それでも僕は、古本屋で買った古書に刊行当時のものが挟まっていたとき、切手を貼って今の住所に書き変えて送ったりもする。ただの自己満足なのかもしれないが、作り手と書き手に感謝の気持ちとともに、「あなたの本を読んだ人物がここにいますよ」というささやかな事実を直接(間接的に?)伝えたいからだ。大抵の読者ハガキには「購入した書店」を尋ねる項目があるのでそこも忘れずに書く。どんな本にも作り手と同時に届け手がいて、どんなに時間がかかっても、読者に届いてこそ出版のサイクルは完成するのだと思う。

こんなことを書いたのは、2019年末に読んだ島田潤一郎さんの『古くてあたらしい仕事』(新潮社)が深く心に残っているからだ。著者は、年に3冊ほど刊行する文芸書を中心に、出版だけでなく編集・営業・発送・経理・事務まですべてをひとりで行いながら夏葉社という出版社を営んでいる人物。この本には、編集も出版も未経験で文字どおりゼロから出発した彼が、どのような経緯で起業し(そこには優れた短編小説のように胸を打つ物語がある)、どのような考えで本をつくり、読者や書店から信頼を得ていったのか、これまでの10年間の格闘の日々が著されている。

そこには決して、効率の良い「働き方」や成功へのハウツーを説く言葉は並んでいない。具体的な一人ひとりを思い浮かべながら、嘘をつかず、裏切らず、誠実に本をつくり、読者に届けることへの信念が貫かれている。島田さんにとって本を生み出すことは、この世で誠実に生きることと直結しているのだ。

本書に印象的な一節がある。「『わたしだったら買わないけれど、お客さんは喜ぶかもしれない』というような商品は、たいてい下らないものだと思う」。当然ながら、夏葉社がつくり出してきた本にそのような「商品」は存在しない。きれいごとだって!? いや、そうでないことは、設立から10年という決して短くはない歳月の実績と、店頭に並ぶ1冊1冊の本たちが証明している。

夏葉社は、いわゆる出版業界や本好きの間ではこれまでにも知られていたが、今回、大手の出版社からこの本が発売されたことで初めて存在を知ったという人も多いだろう。その内のどれだけの人が、読んだあと実際に夏葉社の本を手に取るだろうか。できれば、その人が読んだ本の感想を島田さんに伝えてほしい。さいわい僕は島田さんと面識があるので、夏葉社の本を読んだときは、年に何度かブックフェアなどイベントで会ったときに感想を伝えることにしている。

でも、本書のことはまだ話してなかったのでここに書いた。買ったのは夏葉社が事務所を構える吉祥寺の町の本屋ブックス ルーエだ。ちょうど店内では 「『古くてあたらしい仕事』のための50冊」という夏葉社創立10周年記念展が行われていて、島田さんを育んだ本たちが、その出会いや想いを綴ったテキストと一緒に展示されていた。その美しい光景を、僕はこの本とともに忘れることはないだろう。


島田潤一郎『古くてあたらしい仕事』 1,800円(税別) 新潮社


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