「未経験で映画館を作る」独立書店の潮流と呼応するシネマリスが神保町に開館するまで【映画『ジュンについて』公開&「シネマリス」開館 記念鼎談】
2025年12月19日(金)。年の瀬も迫った本の街・神保町に、新たな映画館「シネマリス」がオープンする。支配人の稲田良子はまったくの異業種から映画館づくりに挑み、この場所で“小さくても善いもの”を提供したいという。
そんな同館のオープニング作品に選ばれたのが、「何度も、読み返される本を。」を目標に掲げるひとり出版社・夏葉社の島田潤一郎を追ったドキュメンタリー映画『ジュンについて』。そして、同作を監督した田野隆太郎はこの映画を「焚き火のように」広めていきたいと話す。
スピード感が重視される今の時代に、じっくり、時間をかけて、一人ひとりの“居場所”となるような本/映画/映画館を個人でつくるということ、その意義とは。絶賛工事中の完成前のシネマリスにて、稲田、島田、田野の3人に話を聞いた。
業界未経験から映画館を作ることを決めた経緯、『ジュンについて』を記念すべきオープニング作品に選んだ理由、見放題のサブスク制度などがテーマになった、鼎談前編をお届けする。
目次
挫折を語る島田さんに自分を重ねてほしい
──シネマリスは2025年12月19日に開業を迎えますが、オープニング作品のひとつに『ジュンについて』を選んだ理由を伺えますか?
稲田 神保町に映画館を開くことになって、ありがたいことに日々いろんな方から上映のご相談をいただくのですが、その中でも田野監督からいただいたメールがひと際情熱的で。
田野 僕の筆力のおかげで(笑)。
稲田 しっかりと思いが伝わってくるようなメールでした。それで試写を拝見して、丁寧に本を作って長い時間をかけて読者の方に届けていく島田さんの姿勢が素晴らしいし、人としての魅力があふれている。さらに、それを撮る田野さんにも感銘を受けました。神保町は本の街ですし、これはぜひとも私たちの映画館で上映したいなと思いました。
──田野監督がシネマリスで上映したいと思った理由もお聞かせください。
田野 今年の夏に、映画関係の知り合いから神保町に映画館ができると聞いて調べてみたら、「誰でも気軽に立ち寄れる『居場所』から『小さくても善いもの』の提供を目指します」とクラウドファンディングのページに書かれていて、それってまさに夏葉社だと思ったんです。映画には居場所としての本屋さんの話が出てくるし、島田さんは大量生産・大量消費の時代に丁寧に本を作って時間をかけて売り続けているので、「これは!」と思ってメールをさせてもらいました。ちなみに、クラウドファンディングにも少しだけ支援させていただいたのですが、上映依頼のメールに書くのはちょっとアレだなと思って、少し経ってからお伝えしました(笑)。
島田 クラウドファンディングはいくらくらい集まったんですか?
稲田 ありがたいことに、2100万円以上集まりました。
島田 すごいなぁ。
──稲田さんは映画を観る前から夏葉社の存在をご存知でしたか?
稲田 実は存じ上げず、映画を観てから夏葉社さんの本を扱っている本屋さんを探して行ってみました。映画館の開業を手伝ってくれている大学生の女の子は知っていました。
島田 そうですか、お若い方が。
稲田 あと、最近お会いした、ほぼひとりで配給会社を始めたという方が、島田さんの著書の『あしたから出版社』に感銘を受けて、勝手に参考にしているとお話されていました。
田野 島田さんはずっと丁寧な仕事をされているし、ある種、聖人君子のように撮ることもできるじゃないですか。でも僕は、観ている人が島田さんに入っていけるような作品にしたいなと思って『ジュンについて』を作りました。
──入っていくというのは?
田野 映画の中の島田さんの姿を鏡のようにして、自分を投影してもらいたいなと。島田さんはいろんな挫折について著書で書かれていて、映画の中でもその姿をさらけ出してくれている。いろんな話をしてくれていますよね。そういう島田さんだからこそ、観ている人が自分を重ねやすいし、「自分もこれから頑張れるかもしれない」と思ってもらえたらいいなと思ったんです。

(いなだ・りょうこ)法律事務所スタッフを経て、2023年夏ころから物件探しを始め、まったくの未経験から映画館シネマリスの支配人に就任

(しまだ・じゅんいちろう)親しくしていた従兄の死をきっかけに、出版の編集経験もないまま夏葉社を起業。著書に『長い読書』(みすず書房/2024年)など

(たの・りゅうたろう)阪本順治監督に参加したのち、独立。2011年、ドキュメンタリー映画『子どもたちの夏 チェルノブイリと福島』を監督
業界未経験で神保町に映画館を作る
──稲田さんも田野監督も、島田さんの本作りの姿勢に感銘を受けたということだと思うのですが、おふたりの経歴も気になります。稲田さんの前職を伺えますか?
稲田 私は元々法律事務所で弁護士の秘書をしていて、昨年退職しました。
島田 映画館始めるって言って辞めたんですか?
稲田 いえ、映画館とは言わず、「そのうち何か始めるから、クラウドファンディングをする際はご支援お願いします」とだけ話して(笑)。
田野 映画館を開く夢があったんですか?
稲田 いや、そうでもなくて。2年くらい前、前職に区切りをつけて新しい何かにチャレンジしたいという気持ちが高まったころに、あるきっかけで個人で映画館を始める例があることを知って。いろいろ調べるうちに「映画館って自分でやろうと思えばできるんだ」とわかって、徐々に自分の中で気持ちが芽生えていった感じです。
──とはいえ、個人で映画館を立ち上げるのは並大抵のことではないですよね。
稲田 たしかにミニシアターの閉館も相次いでいて厳しい状況ではありますが、一方で20~30席くらいのマイクロシアターを立ち上げる方たちも全国各地にいらっしゃいます。中でも、東京の菊川に3年前オープンしたStrangerは客席が49席で、さらには映画業界ではない方が始められたと知って、ここをお手本にさせていただこうと思うようになりました。
島田 超大手の書店チェーンが残って、独立書店が増えてきて、中規模の書店が苦戦している今の書店の動きと少し似ていますよね。場所は最初から神保町に決めていたのですか?
稲田 そういうわけでもなくて。規模や場所を限定せず、映画館を開くのにじゅうぶんな天井の高さのある物件が見つかったら紹介してほしい、と不動産会社の方にお願いしていました。
──それでたまたま今の物件が見つかったと。螺旋階段を降りた地下にあって、以前はヴィレッジヴァンガードお茶の水店があった場所ですね。
稲田 建物自体はとても素敵だけど、これまで見てきた物件に比べるとかなり広い。もともとは50席くらいを想定していたし、さらに地下で映画館を始めるのは規制が厳しくて難しいんです。私は「これは無理だな」とあきらめかけていたのですが、チームのメンバーに粘り強い方がいて。
島田 何に対して粘るんですか?
稲田 条例をよく読んで、この場所に映画館を開業する方法を粘り強く考えてくれました。だけど、他と差別化を図ったマイクロシアターをこの場所でやろうとすると、客単価がべらぼうに高い映画館になってしまうと。そういう場所を目指しているわけではないから、結果的にはたくさん座席数を取ったシアターとして開業することにしました。
島田 でも、神保町だと家賃とか高いですよね?
稲田 高いです。
島田 迷いませんでした?
稲田 迷いました。でも、失敗してもとにかく一回やってみようと思って。
島田 そのくらい映画が好きだったんですか?
稲田 ……いや、そんなでもないんです。
田野 ええっ、それはないでしょう(笑)!
稲田 普通の映画好きです……。
島田 でも、映画にすごく詳しいとかすごく好きってことよりも、ある種のミーハーな気持ちがないと映画館を始めるのは無理なのかも。
稲田 映画をあまり観ない人にも来てほしいから、自分のミーハー心をポジティブに使っていきたいなと思っています。





“逃げ場所”にもなる見放題のサブスク制度
島田 シネマリスには、サブスクの制度もあるんですよね?
稲田 はい、年額だと2万2千円、月額だと2500円で見放題です。
田野 それで何本くらい観られるんですか?
稲田 2週間交代で旧作や準新作を月に4本上映する予定です。すべてご覧になれば年間約50本。年間会員さんだと1本あたり440円ですね。
島田 何回も観られますか?
稲田 はい。オンライン予約もできます。
島田 それは素晴らしい逃げ場所ですね。
稲田 サブスクって言葉も若い方になじみ深いかなと思って。以前、飯田橋にあった名画座のギンレイホールの年間パスポート制を参考にしています。当時はサブスクという言葉がなかった。
田野 『ジュンについて』以外はどんな作品を上映するんですか?
稲田 こけら落としにはマレーシア映画の『私は何度も私になる』を選びました。ビクトル・エリセの『ミツバチのささやき』と『瞳をとじて』をサブスクの方で上映して、あとはチリのパトリシオ・グスマン監督の『最初の年 民意が生んだ、社会主義アジェンデ政権』という1972年のドキュメンタリー、そして香港の人気俳優だったレスリー・チャンの特集上映を行います。
島田 おお、レスリー・チャン。お好きなんですか?
稲田 はい。2003年に亡くなってしまって、若い方はご存知ない方も多いと思うので、触れるきっかけを作れたらって。『鯨が消えた入り江』という今年公開された映画も一緒に流します。
田野 何か関係があるんですか?
稲田 レスリー・チャンがモチーフになってる部分があるんです。イケメン俳優ふたりが出演していて、ひとりは『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』にも出て日本でも注目を集めているので、この映画をきっかけにレスリー・チャンを知った方に興味を持って観てもらえたらなと思っています。



2025年12月19日(金)オープン「CineMalice(シネマリス)」
開館日:2025年12月19日(金)
住所:東京都千代田区神田小川町三丁目14番3号ilusa(イルサ)B1F
■シアター1
座席数:67席(予定)
スクリーンサイズ:2.3m×5.5m(予定)
デジタル映写:NEC NC603L
音響:7.1ch / Meyer Sound ULTRA-X40(メインスピーカー)
■シアター2
座席数:64席(予定)
スクリーンサイズ:1.9m×4.5m(予定)
デジタル映写:NEC NC603L
音響:7.1ch / Electro-Voice TS940S(メインスピーカー)
公式サイト:https://cinemalice.theater/
ドキュメンタリー映画『ジュンについて』

■イントロダクション
「何度も、読み返される本を。」を目標に掲げ、出版活動をつづける夏葉社。 東京・吉祥寺にある会社では、島田潤一郎が編集や経理、発送作業まで一人でおこなっている。出版の編集経験もないまま起業し、15年間この仕事を繰り返してきた。
大学時代、島田は小説コンクールで一等賞を獲り、27歳まで作家を目指すも挫折した。意を決し就職したものの、そこでも思うようにならず、生きづらい青春期を過ごした。だが、夏が来るたびに帰省して遊んだ、故郷・高知の従兄の死をきっかけに、人生が動きだす。 悩みのなか読んだ一編の詩にはげまされ、その詩を自分で出版し、従兄の両親に贈ろうと考えたのだ。それが『さよならのあとで』という、夏葉社を代表する本となった。
2022年夏、島田は不登校の若者たちを積極的に雇う「ウィー東城店」という書店の本の編集に取りかかっている。 広島の山間部にある店まで足を運び、店主や若者たちと話をし、その成果を少しずつ原稿にする毎日だ。本を買い、読むことしかなかった20代。本に救われた島田は、いま本と本屋と、そこに集うひとたちに恩返ししたいと考えている。
■クレジット
製作:nine minutes
出演:島田潤一郎(夏葉社)
プロデュース・撮影・編集・監督:田野隆太郎
朗読:宇野祥平
音楽:mangneng
エンディング曲:池間由布子「知られない季節」
2024年 / 日本 / ドキュメンタリー / 16:9 / カラー / ステレオ / DCP / 127分
公式サイト:https://9minpic.com/aboutjun/
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