自分の手で“佐藤優樹”を作るまで。モーニング娘。卒業後「音楽を聴けなくなった」あのころを経て

2024.11.6

文=羽佐田瑶子 撮影=是永日和 編集=菅原史稀


佐藤優樹が、さらなる進化を遂げている。11月6日に発売された2ndシングル『嵐のナンバー/花鳥風月 春夏秋冬』の、彼女の歌声を聴いた率直な所感だ。

2011年に12歳でモーニング娘。へ10期メンバーとして加入した当初、歌・ダンスがほぼ未経験だった佐藤は、2021年の卒業まで、驚くべき伸び率で歌声とパフォーマンスを成長させていった。ファンを魅了するだけでなく、後輩たちに“目標”とされるまでになったその圧倒的な表現力、唯一無二の存在感を「天才的」と評す声も少なくない。

しかし10年間のグループ活動を終え、約2年の充電期間を経たあと、ソリストとしての道を歩む現在の彼女は「今回の曲でやっとスタートラインに立てた」と語る。ひとりのアーティストとして、自分自身の表現を更新し続ける決心に至った道のりについて語ってもらった。

自分で“佐藤優樹”を作らなきゃいけない

──2ndシングルの収録曲は、モーニング娘。に所属されていたときと歌い方や表現が全然違っていて、新鮮に感じました。2023年にリリースされた1stシングル『Ding Dong/ロマンティックなんてガラじゃない』の際は、曲と向き合える状態になるまで時間がかかったと聞きましたが、今回はいかがでしたか?

佐藤優樹(以下、佐藤) 前回は、ソロとして初めて出す曲で、右も左もわからなかったので、会社の信頼できる人たちにお任せして、優樹はついていこう!という気持ちだったんです。でも、2ndを発売することが決まったとき、今回からは自分で“佐藤優樹”を作らなきゃいけないって思って。

──前回の経験を経て、そう思われたんですね。

佐藤 そうなんです。思い知らされました。会社の人たちに納得しなかったわけじゃなくて、会社の人たちと私が一緒になって“佐藤優樹”を作らなきゃいけないって。だから、ちゃんと自分と向き合おうと思いました。

──「“佐藤優樹”を作らなきゃ」と考えたとき、どんな像を思い描いていたんですか?

佐藤 なんていうんでしょう……そのときは、逃げない人って思ってました。逃げ癖がついちゃってたので、マネージャーさんにも「私が逃げそうになったときは止めてください」って言ってるくらいで。逃げないで挑戦するからこそ自分のやりたいことが広がるんだって信じて、今回の曲でやっとスタートラインに立てた気がします。

佐藤 「嵐のナンバー」と「花鳥風月 春夏秋冬」は私の歌声だったり、これからのことを考えて、会社の人たちが「これはどう?」って提案してくれたものから決めたんですけど、アディショナルトラックの「Sorry!」と「とどめ」は自分で曲を決めるっていうことを初めてやらせていただいて。何十曲も聴いた中から絞りました。

──どんな理由で、この曲に決められたんですか?

佐藤 さっきも話したみたいに、今回は自分が今まで逃れてきたことに挑戦しよう、逃げないっていうテーマだったんです。

──その気持ちがすごく強くあるんですね。もしお話しいただけるなら、具体的にどういうものから“逃げない”のでしょうか?

佐藤 たとえばラップを歌うのはモーニング娘。時代のころから苦手で、ちょっとラップのリズムが恥ずかしくなっちゃうんですよね。モーニング娘。なら石田亜佑美ちゃんとか、リズムそのものを楽しんでいて、すごく堂々と歌うんです。私は恥ずかしがるから、ディレクターさんが「やめとこうか」って言うくらい。自分からも無理です、ラップやりたくないですって言ってたんですけど、それじゃダメだと思って、「とどめ」で挑戦しました。

──「Sorry!」も、かわいらしさ全開の表現で新鮮だったのですが、これも「逃げない」の一環なんですね。

佐藤 かわいい系の曲がどうしても苦手で、自分でやると気持ち悪いって思っちゃうんです。でも、これから、かわいい系の曲も歌いこなさなきゃいけない場面が来るかもしれないと思って、この曲に決めました。

──ラップも、かわいいも、いろんなジャンルを歌えるようになっておきたい気持ちが。

佐藤 そういう表現が全部集まっていたのが、田中れいなさん、飯窪春菜ちゃん、石田亜佑美ちゃんの「私のでっかい花」という曲で。石田亜佑美ちゃんのラップと、かわいいが得意な飯窪春菜ちゃんと、なんでも歌いこなす田中さんの3人だからこそ歌えた曲で、今年の5月のイベントで歌ってみたんです。そこで、はっきりと「ああ、こういうのが苦手だな」ってわかりました。みなさんの前で歌ったのに申し訳ないですけど(笑)。だから、アディショナルの曲の方向性がなかなかまとまらなかったり、レコーディングにも時間がかかったりして、かなり苦戦しちゃいました。

──新曲はどんなところに苦戦しましたか?

佐藤 私って、キンキン声なんです。でも、「嵐のナンバー」は低音を響かせる歌い方をしなきゃいけないのに音数が少なくて、時間がかかりました。「花鳥風月 春夏秋冬」は、計4回くらいレコーディングをしたと思います。サビを地声にする練習をして、あとヴィンテージエレキギターみたいな声を出してほしいって言われて、「それは風邪を引いたときにしか出ない声!」って思ったんですけど、ほんとにたまたま風邪を引いたんです(笑)。すぐにマネージャーさんに「今、レコーディングしたいです」って連絡しました。

──そんな奇跡が起こるんですね(笑)。

佐藤 「とどめ」はリズムの取り方が難しかったです。モーニング娘。にいたときは「常に16ビートを刻む」ことを意識するように言われていたのですが、ソロになってからは「ずっと16ビートじゃなくていい」と言われちゃったんですよ。それを気にしすぎたのか一時16ビートで歌えなくなっちゃって。でも、「とどめ」は16ビートを感じさせながら歌いきらなきゃいけないから、取り戻すのに必死でした。「Sorry!」は飛び跳ねるみたいなかわいい声で歌うのとラップもあるので、そこが難しかったです。

運転免許取得の意外な理由

──得意なことを伸ばしていくのではなくて、苦手なことを克服しようって思われたのはどうしてですか?

佐藤 しゃべるのが苦手だから、優樹の話ってオチがないんですよ。私より年下でもしっかりしゃべれる人をテレビで観たりして「すごいなあ」って思いながら、自分がすごく恥ずかしくなって、ソロデビューシングルを出したあとに、これからはリリースイベントも取材対応も全部やりたくないですっていうことをマネージャーさんに話したら、プロデューサーさんに呼ばれまして。そのときに、陰と陽の話をされたんです。

──陰と陽ですか。

佐藤 陰っていうのは、自分が逃げていること。私ならしゃべること、人前に出ること、そのころは歌からも逃げてました。陽っていうのは、自分が大好きなこと。その話をされたとき、私は“陽”ばっかり選んでたんです。そしたら、「陽ばっかり選んでいると陰が寄ってきちゃうよ。陰をやるから陽が寄ってくるんだよ」という話をされたとき、腑に落ちたんです。それで、逃げてることを全部やろうって決めました。Instagramも始めて、リリースイベントも取材もたくさん受けました。

──すごいですね……潔いというか。言われたときは、素直に納得がいったんですか?

佐藤 びっくりしました! 自分が逃げてたっていうことに指摘されて初めて気がついて。今25歳なんですけど、この年齢で本気で私のことを考えて怒ってくれる人ってもういないので、話が伝わってきたんです。プロデューサーさんとお話したあと、マネージャーさんに「2枚目出したいです」ってすぐ連絡しました。もともとほんとは、2枚目も出したくなかったんです。

──そうだったんですか。

佐藤 なんか……曲を出しても、聴いてもらえるのかなって思ってしまって。今は数字でわかりやすく結果が出るじゃないですか。グループのころとはやっぱり数字が全然違うし、結果を見たくないから現実から逃げてたんです。歌を出すだけじゃなくて、歌うことも、しゃべることも、お客さんの前に出ることも、全部嫌で。全部から逃げてました。

──嫌だなと思うのは、怖さに近い感情なんですか。

佐藤 怖さもあると思うんですけど、それよりも現実を受け入れたくない気持ちが強かったと思います。MVの再生回数を見るのも苦しかったし、信じたくなかったので。

──それくらい、ソロアーティスト・佐藤優樹と向き合うのは苦しい時間だったんですね。

佐藤 でも、小さなころから父からも「逃げてちゃダメだ」ってことは、言われてたんです。すっかり忘れていたんですけど、プロデューサーの言葉で目覚めました。

──佐藤さんといえば歌、というイメージがあるので「歌うことからも逃げていた」というのは意外でした。

佐藤 モーニング娘。を卒業して、2年間くらいお休みをいただいたときも、音楽に対して拒絶反応というか……向き合いたくないみたいな気持ちがあって、音楽を聴けなくなってしまったんです。音楽から離れて、しゃべることを特訓しようと思って、旅行だったり町中で人に話しかけたり、あとは地方の常連さんしか来ないようなお店で、常連さんたちの会話に混ざっていました。

──常連さんたちの会話に混ざって、しゃべる特訓をしていたんですか⁉

佐藤 はい。福岡とか大阪とか、地方のお店にも行って、常連さんたちと会話をしてました。その、音楽はいったん置いておいて、常識を知りたかったんです。会社で働いている人ってどういう生活をしているのかな、上司の人とどんな会話をしているのかな、恋愛ってどういうふうにしているのかなって。私のまわりにいてくれている人たちは、私への理解度がすごいから、“優樹語”で話してくれちゃうんです。それって、私がラクしてるんですよね。だから、仲のいい人たちとも一回距離を置いて、一般の人たちとおしゃべりして特訓しました。

──宇多田ヒカルさんも、一度無期限活動休止を発表された際に「しばらくの間は派手な『アーティスト活動』を止めて、『人間活動』に専念しようと思います」と宣言されましたよね。

佐藤 すごい、気持ちがわかります。前はもっと、私のことを理解してほしいみたいな感覚だったんですけど、いろんな人と話したことで、この気持ちを伝えたいって思うようになりました。視野も狭かったんですよね。だから、会社の人たちに「運転免許を取ってこい」って言われたんです。

──それには、どういう意図があるんでしょう?

佐藤 車を運転するときって、ウィンカーを出すじゃないですか。それは、車はしゃべることができないから、ドライバーは相手のことを思って行動しなきゃいけないからで。「私はこっち行きますよ」っていうのを、どんな行動を取ったら周囲の人に伝わるのかって、相手を思う行動で視野が広がるから、免許を取ってこいって言われたんです。

──なるほど、とってもいい話ですね。佐藤さんのことをよく見てる。

佐藤 これまでの私なら、免許も「ヤダ」って言ってたと思います。でも、去年から逃げないように必死だったので。とりあえずやってみて、しっかり今の佐藤優樹が出せる数字を見て、今いるポジションと向き合おうって思いました。

「サウダージ」を歌ったときの気持ち「佐藤優樹、戻ってこい!」

──MVの再生回数も見られましたか?

佐藤 見ました。了解ですって、とりあえず受け入れて、今後どうしようかなと考えています。

──めちゃくちゃカッコいいですね。だから、佐藤さんの音楽表現が広がっているんだなと感じました。少し前の話ですが、2023年のバースデーイベントで歌われた「サウダージ」(原曲歌手・ポルノグラフィティ)が話題になっていて、あの表現は胸にぐっと迫るものがありました。

佐藤 あのときは、もう「逃げない」モードでした。

──どんな気持ちを重ねて歌われていたんですか?

佐藤 歌詞が、そのときの私にぴったりだったんです。最初に「私は私と はぐれる訳にはいかないから いつかまた逢いましょう その日までサヨナラ恋心よ」っていうフレーズがあるじゃないですか。もしかしたら、恋愛を歌った曲かもしれないんですけど、私は自分に向けて歌ったんです。逃げたりだとか歌えなかったりだとか、自分が、自分から離れていく感覚があったので「佐藤優樹、戻ってこい!」って思いながら。

──自分で自分を鼓舞するように。

佐藤 はい。自分に嘘をついていたし、かわいくもなかったし、そういう悲しい気持ちを涙が溶かしてくれるなら、「その滴も もう一度飲みほしてしまいたい」って思ってました。あと、私が逃げ続けていたら夢は流れていってしまうから、はぐれる訳にはいかない、っていう感覚もすごくわかるんです。モーニング娘。としてせっかくやってきたのに、こんなに逃げてて自分いいの? お前ふざけるなよって。自分にパンチを入れながら歌いました。

──切なさや必死さ、みたいなものを感じたのは「佐藤優樹、戻ってこい!」って思いが根底にあったからかもしれないです。

佐藤 歌詞を読んだときに、自分から逃げようとしている自分がいることに気がついて、すごく悲しかったんです。2番の「影を背負わすのならば」っていうところが、私の中で一番響いてるんですけど、当時の私にとっての影は、モーニング娘。時代の佐藤優樹なんです。うまく言えないんですけど、私の中で影みたいになってて……あのころの自分をひっそり思い出させてほしいって気持ちでした。

もともと曲を知ったきっかけが、玉置浩二さんとポルノグラフィティの岡野昭仁さんが一緒に歌われてたのと、乃木坂46の中西アルノさんのステージで、どちらもすごく素敵だなって。それぞれ歌を自分のモノにされていて、優樹もそうなれるようにがんばりたいという思いで、カラオケでずっと練習してました。でも、イマイチ自分のモノにできなくて、ファンの方の前で歌って初めてつかめた気がします。

──ファンに向けて歌うことで、佐藤さんの「サウダージ」が完成したんですか。

佐藤 しばらく曲を出していなくて、自分の状況をうまく伝えられてなかったんです。言葉にするのは苦手だし、この歌でなら気持ちを伝えられると思って。「いつかまた逢いましょう」というのは、いっぱい挑戦したあとの成長した自分に会いたい、みなさんにも会ってほしいっていう気持ちです。もう二度と、あの歌い方はできないと思います。

──玉置浩二さんの名前が挙がりましたが、最近はどんなアーティストさんがお好きですか?

佐藤 玉置浩二さんは、自分のままに生きている感じがすごく好きです。音楽の話をしていると、すっごく楽しそうなんですよ。「田園」を聴いたとき歌詞に心を奪われて、そこから「サウダージ」を知りました。あと、Mrs. GREEN APPLEさんとaikoさんも好きです。みなさん、音楽の話をしているときの顔がすごく素敵。ずっと挑戦し続けていると音楽の幅も広がるし、人生を豊かにしていくんだって、みなさんを見ていて思います。

──音楽大学にも通われていたことは、音楽の幅を広げることにつながりましたか?

佐藤 私は、曲は作れるんですけど歌詞が出てこないんです。あと編曲も苦手。でも、憧れのアーティストの方々が「暇さえあれば曲を書いている」とおっしゃっているのを知って、「私、逃げてるな」って思いました。音楽を学んだことでルールを知ってしまい、逆に曲を作れなくなったと勝手に思い込んでいたんですけど、先生も「やってみないと変わらないよ」と言ってくださって。「基本的に音楽は自由だから、どういう音楽を作りたいかは佐藤さん次第で、ルールは困ったときだけ使えばいいものだ」みたいなことを。それが、佐藤優樹を作るのは他人じゃなくて自分だって考えにつながりました。

──自分で“佐藤優樹”を作らなきゃいけないっていう思いが、大学で明確になったんですね。

佐藤 今は何が好きで、どういう曲を歌ってみたくて、どういう存在でありたいのか、どんな自分になりたいのか。音楽から逃げていたとき、優樹自身からも逃げていたんです。

卒業するときに、モーニング娘。の「笑顔の君は太陽さ」を歌ったんですね。コロナ禍で、悲しい状況に置かれている人もたくさんいて、私は「生きてるだけでみんな素晴らしいんだよ」っていうことをすごく伝えたかったんです。ファンの方がいてくれるから、私は笑顔なんだよって。だから、新しい挑戦に一歩踏み出して、またこの場所に戻ってこられるようにがんばりますっていう意味で歌ったんですけど、今になってよく思い出します。

──新曲ではどんなメッセージを伝えたいですか?

佐藤 私が一歩踏み出そうとして踏み出せなかったとき、仮歌を聴いた段階で「やってみな」って勇気をもらえた曲だったんです。バックサウンドと歌詞から「私たちが自信あげるから」みたいな感覚を味わって。何か、挑戦してみたいけど自分にはできないかもって思っている人に、自信や勇気を与えられる曲になってたらうれしいです。

『嵐のナンバー/花鳥風月 春夏秋冬』

発売日:2024年11月6日

初回盤A+通常盤A(11/6第1部 イベント優先観覧エリア抽選権付き)価格(税込):¥3,390
初回生産限定盤SP(CD+Blu-ray Disc)価格(税込):¥3,500
通常盤A 価格(税込):¥1,300
通常盤B 価格(税込):¥1,300
通常盤C 価格(税込):¥1,300
初回生産限定盤A(CD+Blu-ray Disc)価格(税込):¥2,090
初回生産限定盤B(CD+Blu-ray Disc)価格(税込):¥2,090

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羽佐田瑶子

(はさだ・ようこ)1987年生まれ、執筆・編集。女性アイドルや映画などガールズカルチャーを中心に、インタビュー、コラムを執筆。主な媒体は『クイック・ジャパン』『She is』『BRUTUS』『TV Bros.』『CINRA』など。岡崎京子と女性アイドルなど、ロマンティックで力強いカルチャーや人が好き..

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