想像していたよりも、ヤベェ奴?
初めは安部が100でネタを作っていたし、ネタ合わせの誘いも毎回安部からだった。
あの時の安部はやる気に満ち溢れていたと思う。
コンビを組んで約2ヶ月後、とうとう納言としての初舞台。
なかの芸能小劇場という会場でのライブ。
10代の時からお世話になっている馴染みの劇場だったけど、いつもとは違う舞台に見えた。
今までただの後輩だった安部と、人前で初めて披露する漫才。
ただでさえ漫才をするのが久しぶりなのに、ガラリと状況が変わった中での漫才。
ガクガクと体が震える程緊張した。
ついに出番が来た。
緊張でよく覚えてないけど、思ったよりウケた事は覚えている。
息も合っていないし、緊張も伝わるだろうから、もっとスベるだろうと想像していた。
それよりかは、ウケた。
3分程の漫才だったけど、体感20分位に感じた。
ようやく出番が終わり袖に戻ると、自分の出番を待っている、わたなべるんるんという女芸人が居た。
もう辞めてしまったけど、安部の同期の女芸人だ。
安部は、るんるんにツカツカと近付き、口を開いた。
「どう?面白かったでしょ?」
ヤッベ。嘘だろ。
こいつ、痛すぎるだろ。
確かに大スベりした訳では無いけど、どう考えても出番が終わった3秒後に、ドヤ顔で褒められに向かう程のウケ具合では無い。
てか、どんなにウケても褒められに向かうな。
恥ずかしい。
るんるんの感想を聞くのが怖くなった私は、煙草を持って、そそくさと上の階にある喫煙所に移動した。
季節は冬。
ベランダに設置してある喫煙所は、寒くて仕方なかった。
さっきまで緊張で震えていた体が、寒さでまた震える。
冬の気温のせいで、吐く煙草の煙がいつもより濃かった。
でも、寒さも気にならない程、先程の安部の発言がキモすぎた。
まあまあ、コンビを組んでからの初舞台。
安部も舞い上がっていたんだろう。
あまりイライラしない様に。
態度に出さない様に。
苛立ちを抑えるため、ゆっくり2本セッターを吸った。
15分後位だろうか。
喫煙所を出て、舞台のある階に戻る。
舞台袖から見学でもしようか。
そう思い、袖に入れる重たいドアを開けると、何やら安部の声がする。
「そうそう。ウケてたでしょ?」
安部は、まだまだ褒められようとしていた。
15分以上は経っている。
何時間るんるんに褒められたいんだよ。
想像していたよりも、ヤベェ奴と組んでしまったのかもしれない。
すぐに袖から出て、また喫煙所に避難したのは言うまでもない。
ちなみにそれから3、4か月後には、私が100でネタを作る様になり、何も頑張らない今の安部が完成する事になる。
納言としての初舞台で吸ったセッターの味は、安部からの避難の味だった。
連載「納言・薄幸の煙たい記憶」は、毎月1回の更新予定です。
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