野村萬斎が魅せた“伝統で遊ぶ感覚”
しかし、本作がすごいのはここからである。
木ノ下のつくった原案台本をベースに、順番に能と狂言を上演していけば、現場でのブラッシュアップは必須とはいえ(上演時間の制約もあるだろう)、格式ある『鬼滅の刃』の能・狂言化はなされたはずだ。だが、萬斎はこの素材をさらにぐっとこね上げ、エンタテインメントの粉をまぶし、能や狂言になじみのない初心者も含め、誰の口にでも合うように仕立てたのである。平たく言えば、五番立の演目を、一本のシームレスな舞台作品へと編み上げた。その象徴が、『翁』たるヒノカミ神楽のさらに前に置かれた、冒頭の鬼舞辻󠄀無惨登場シーンだ。
私の観た回で萬斎が演じたのは、4役。ノリノリである。現代能『陰陽師 安倍晴明』のときにも思ったが、こういうときの野村萬斎は本当に素晴らしい。鱗滝左近次役では、まさに五番立からはみ出た芝居でコミカルな存在感を示し、極めつけ、天王寺松右衛門役では鎹鴉のおしゃべり(木ノ下の手による詞章の素晴らしさ!)に人間の営みを鳥瞰する視点を忍ばせる。型があるからこその自由──言ってみれば、伝統で遊ぶ感覚が、伝統を知らない現代の観客にもダイレクトに響く。
能・狂言に依拠した演出も楽しい。炭治郎が修行の仕上げに岩を切る場面では能『殺生石』のような作り物が用いられ、これが見事にふたつに割れる。やはり作り物の大きな箱から大槻裕一2役目の竈門禰󠄀豆子が登場し、舞を見せて、再び箱に戻っていく場面の感触は、作品中、最も能のオーセンティックな味わいに近かったかもしれない。思えば、鬼と人間の淡いにいる禰󠄀豆子は、あの世とこの世をつなぐ能のシテ方に近い存在でもある。
『鬼滅の刃』が能になった瞬間
最終選別での強敵・手鬼は、実際に複数人が絡み合うことで表現される。この手法は、近年、萬斎の新作狂言『鮎』でも用いられていた。また、この闘いが、鱗滝への報告における炭治郎の回想というかたちをとるのも、能ならではの時間操作だ。刀鍛冶の鋼鐵塚蛍を演じる野村太一郎が「トンテンカン」と日輪刀を打ちながら独りごちる場面もたいそうおもしろく、これなども「一人狂言」という形式に則っている。
そして、なんといっても能楽師シテ方、人間国宝の大槻文藏演じる累(るい)である。こちらも萬斎と同じく、型があるからこその躍動感に満ちている。能『土蜘蛛』の糸を使った演出までは誰でも想像がつくだろうが、糸で首をつなぐところなどは見ものだ。
「そのとき義勇、少しも慌てず」と能『船弁慶』由来の詞章を受けて、福王和幸演じる冨岡義勇が繰り出す水の呼吸の型は、舞台上のここまでの積み重ねがあればこそ、超現実的な迫力をもたらす。そして、事果てる直前、亡き家族の声を聞く累の幽玄の美しさは、『鬼滅の刃』が確かに能になった瞬間と言えよう。「人も鬼、鬼も人」のキャッチコピーどおり、ここで終われば収まりがよいのだろうが、あえて最後にひと味つけ加えるところも、うまいバランスだと思った。
蛇足だが、私が個人的に最も心を震わせたのは、藤の花の家紋の家を背景に、大槻裕一の炭治郎、野村裕基の我妻善逸、野村太一郎の嘴平伊之助の3人が、束の間、楽しげなやりとりをする場面だ。裕一は能の謡の口調、狂言方である裕基と太一郎は現代人にもわかりやすい口語的な口調。あえてそろえなかったのだろう。能と狂言、共にあることで果たせる大志がある。まだまだつづく鬼殺隊のミッションに、これからの能と狂言を担う、若き3人の芸能者の旅路も重なった。
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「能 狂言『鬼滅の刃』」
原作:『鬼滅の刃』吾峠呼世晴(集英社ジャンプコミックス刊)
監修:大槻文藏(能楽シテ方観世流人間国宝)
演出/謡本補綴:野村萬斎(能楽狂言方和泉流)
作調:亀井広忠(能楽大鼓方葛野流家元)
原案台本:木ノ下裕一(木ノ下歌舞伎主宰)
出演:
(シテ方)大槻文藏、大槻裕一、赤松禎友、武富康之、齊藤信輔、稲本幹汰
(狂言方)野村萬斎、野村裕基、野村太一郎、深田博治、高野和憲、内藤連、中村修一
(ワキ方)福王和幸、福王知登(交互出演)
(囃子方)笛:竹市学 小鼓:飯田清一、成田達志(交互出演) 大鼓:亀井広忠、原岡一之(交互出演) 太鼓:林雄一郎
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■公演情報
2022/7/26(火)〜7/31(日):東京・観世能楽堂
2022/12/9(金)~12/11(日):大阪・大槻能楽堂関連リンク
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