ベテラン地下芸人が語る『本当にあった芸人恐い話』|神宮寺しし丸の“生き方説明書” #11


ライブの開演時間が迫って来ました。初めて出るライブということもあり、どんな客層なのか舞台袖から客席を覗いてみました。
僕は自分の目を疑いました。お客さんがいないのです。少ないんじゃなく、いない。正真正銘の0人です。もう開演5分前です。
「マジかよ……。お客さんが来るのを待つから、こりゃ開演時間おすなぁ」と一人ため息をついていると、そこに主催者のお爺さんの声が響き渡ります。「定時ではじめまーーーす!!!」。
えーーー!!! お客さんいないのに! 待たないのか! はじめまーーーす!!!って何をはじめるの?
そんな疑問を無視してカリスマ芸人待合室ライブは本当にはじまりました。

誰もいない客席に向かって、ライブの趣旨説明をするMCの芸人。誰になんの説明をしているのか……。
出演者は全12組。そこそこの数です。僕の出番は中盤でした。「これはもうネタ練習だと思おう」と僕は開き直りました。とにかく持ち時間の5分をやり切って帰る! それのみ!

僕の出番が近づいて来た頃。楽屋がザワつきはじめました。
なんと! おじさんのお客さんが一人来たらしいのです! やったー! おじさんだろうがなんだろうがこんな嬉しいことはないです。「一人くらいで?」と思うかもしれませんが、壁に向かって話すのと、人に向かって話すのは全く違うんです。一人でも反応してくれる対象があることはありがたいものです。やっつけモードからやる気モードに切り替わり、僕は舞台へ出ていきました。

その日の僕のネタは、青春ドラマを一人でやるコントでした。新人芸人らしく全力で演じます。無観客から有観客となり、声にも張りが出ます。
異変が起きたのはネタも中盤に差し掛かった頃。どこからか声が聞こえて来るのです。うん? なんだ? その声は客席からでした。おじさんのお客さんが何か喋っています。というか、舞台上の僕に話しかけているのです。ネタを演じ続けながら、その声に耳を傾けてみると、おじさんは「喉かわいたぁ〜」と。

僕はもう恐くなって来ました。おじさんは客席の隅にあった手洗い場の蛇口をひねり水道水をがぶ飲みしだしました。僕は震えが止まりません。僕はネタを中断し、「今日は暑いですもんね〜! クーラー入れましょうか〜!」と舞台袖にあったエアコンのスイッチをオンにしました。すると、バンッ!!!という音と共に劇場は真っ暗になりました。僕は状況がのみ込めず失神しそう。
暗闇の中から主催者のお爺さんの声が聞こえてきます。「エアコン入れたらダメだよ〜! ブレーカー落ちるから〜!」と。
僕は「す、す、すいません。あっ、ネタは以上です。どうもありがとうございました」と逃げるように舞台を降り、もう二度と来ることはないであろう劇場「吹きだまり」を後にしました。

芸人をやっていると色んな仕事の経験をしますが、この時の「カリスマ芸人待合室」ほどの恐怖体験はなかなかできないかと。さらに恐いのは、二度と出るもんかと心に誓ったこのライブに、その後ライブ最終回まで8年間レギュラーで出続けることになったことです。売れないって恐いです。

【大島さん】

ヨダレのお爺さんこと、大島信久さん。お笑いライブ主催歴は30年以上。過去に大島さん主催ライブには、ネプチューンさん、くりぃむしちゅーさん、おぎやはぎさん、といった本物のカリスマ芸人が出演していたそうです。
そんな大島さんが、先日癌のため亡くなられました。享年82歳でした。大島さんには「カリスマ芸人待合室」以外にも主催ライブへ呼んでいただき、数年前まで毎月のようにお会いしていて、可愛がっていただきました。大島さん。大好きなお爺さんでした。ご冥福をお祈りします。

なんだか最後に本当に恐い話のオチみたいになってしまい、すいません。

連載神宮寺しし丸の“生き方説明書”は、毎月1回の更新予定です。

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