一橋大に、ラッキーで入れたうしろめたさ。さすらいラビー中田が出会った「偏差値ではなくおもしろさ」の世界

2022.6.22

文=中田和伸 編集=菅原史稀


“なりたい自分”と“なるべき自分”の狭間に立ち、今とは違う世界線の人生を歩む自己像に思いを馳せる──こうした経験について、誰しも一度は身に覚えがあることと思う。

お笑いコンビ・さすらいラビーの中田和伸も、そんなアイデンティティにまつわる葛藤を抱えるひとり。

本連載は、一橋大卒という経歴を持ちながらも「高学歴芸人」になれないことに悩む彼が、“なぜ、高学歴芸人になれないのか/ならないのか”について掘り下げていく自省録だ。


引け目を感じていたキャンパスライフ

東京の西のはずれ、国立市に位置する一橋大学というところを卒業している。

緑が多く、歴史的情緒を感じる穏やかなキャンパスで、下卑た言い方をするとどこか学生たちもチャラくない、芋っぽい、そう揶揄される雰囲気も含めて好きだった。
知性的な仲間たちや教授が集まっていた。そのアカデミックな雰囲気や、まわりのたくましい就活モードから半ば逃げ出すようにお笑いの道を志したものだから、大学3、4年時の情景を振り返るとどこかくすんだものになってしまう。とても楽しいキャンパスライフであったが、その実お笑いサークルと塾講師のアルバイトに勤しみ、優秀な学生たちにしれっと混ざっていることに引け目を感じる4年間であった。

大学時代のさすらいラビー(左:中田和伸、右:宇野慎太郎)

センター試験の大コケで、東大を断念

実のところ、高校3年の2月まで、つまり国立入試の直前の直前まで、一橋大学志望ではなかった。ただでさえ本稿の鼻持ちならない空気感に拍車をかけるようで本当に心苦しいけれども、もともとは東京大学を志望していた。センター試験の大コケをきっかけに受験を取りやめることとなった。

志望していた、といっても模試の結果はずっとE判定で、冷静に振り返ると、どうアメージングな奇跡をアンビリーバブルに見積もっても合格可能性は低かった。夏の東大模試では世界史で4点(60点満点)、地理で2点(60点満点)を取っていた。模試で4点とか2点とか取っていたし、その後も大幅に巻き返すかと思えば全然そんなでもなく、トーナメントでいうと「初戦敗退のかませ犬」。分母を1増やすだけの切れ端だった。

「(合格ラインには)届かないんだろうな」みたいな雰囲気をうすうす感じつつ、かといって志望校を途中で下げるみたいな大人の選択肢も取りようがなく、そのまま受験に突進。実際に東大を受ける手前の段階で、センター試験当日、あまりの緊張感に「数学I」と「数学IA」を間違えるというわけわからんかたちで砕け散った。


「めちゃめちゃラッキーとギリギリOK」で叶った合格

センター試験の大コケをきっかけに私大志望にスイッチ、せっかくなら国立も受けるだけ受けておくかとなかばダメ元で受験したのが一橋であった。

高校時代のクラス写真

東大を受けようとしてたのならいけるんじゃないか、というほど単純な話ではなくて、当然一橋だってこだわって志望を決めた人がゴリゴリに対策して挑むような大学である。少なくとも全然対策していない人が、ちょろっと調整して届くようなものではない。強引にたとえるなら、『M-1(グランプリ)』ファイナリストがほんの数日、数週間のネタ作りで『キングオブコント』の決勝にも進めるかというとそんなことはない、という感じに近いと思う(強引過ぎるだろ、さまざまな観点から違い過ぎるだろ、とはなから思える人にはそもそも必要ないたとえかと思われる。見逃してほしい)。

めちゃめちゃ苦手な世界史でなんかギリギリわかるところが出て、その他めちゃめちゃラッキーとギリギリOKを繰り出しつづけたみたいな、そういう薄氷の合格であった。

そういうわけなので、一橋大学は感覚的にいうと、自身の努力によって勝ち取ったものではなく、縁、巡り合わせ、お下品な言い方をすれば超ラッキー、そういう見えない力でおじゃますることになった場所であった。

いまだに付きまとう、うしろめたさ

つまり、誇りようがないのである。一橋の同級生の中には、仮面浪人をして東大に入り直した殊勝な存在もいたが、そこまでのガッツもない「たまたま入れてもらえたならばこのまんま過ごさせてもらおう」という心持ちから、おじゃましている場所であった。オーディションなどで「いかにも僕は一橋大出身の高学歴芸人です」というような顔を求められている場面でも、声のトーンや口角、ちょっとした眉のピクつき、そういったものに「ラッキーで入れた後ろめたさ」みたいなもんが表れている気がする。

もし「東大に入れなかった後悔」みたいなもんがあれば、どこかインテリジェントな佇まいがあるかもしれないが、はなから負けることが決まっていた戦、そうした後悔はまるでない。あるのは「一橋に入れてラッキー」と「ラッキーで入ったうしろめたさ」である。

ストレッチーズ、真空ジェシカ……大学お笑い出身者の時代が到来

昨今、大学お笑い出身の芸人たちがうねりを上げている。

メジャーな賞レースの決勝に名を連ねるのも珍しくなくなったし、ついぞ先日、大学1年から付き合いのある同級生、ストレッチーズが『ツギクル芸人グランプリ』(フジテレビ)で優勝した。

『国民的大学生芸人グランプリ 大学芸会2013』や『大学生M-1グランプリ2012』、そういう大学生の大会の決勝で戦ってきた仲間が、学生とかなんも関係ない(当たり前である)大会でタイトルを獲るようになった。

切磋琢磨してきた(優勝していない側がこう表現することにもちょっとした痛々しさを感じるが)仲間がついに結果を出したか、そういう感慨深さもあるけれども、それと同じくらい「いよいよもう、同じ界隈からチャンピオンが出るようになってしまったか」みたいな焦りも感じる。

「受験生応援ラジオ」をYouTubeに上げていた時期のさすらいラビー

高学歴芸人になり切れない大きな要因のひとつとして、「まわりのみんなも全然高学歴だった」ということが挙げられる。

僕らが大学に入ったころから、大学お笑いという学校をまたいだコミュニティが先人たちの努力によって少しずつ整備されていて、大会や合同ライブなどを通してお笑いサークルの仲間はどんどん増えていった。早稲田には「お笑い工房LUDO」や「早稲田寄席演芸研究会」があって、慶應には「お笑い道場O-keis」があって、青学には「ナショグルお笑い愛好会」があった。ほかにもたくさんあった。偏差値の高い大学にも低い大学にもたくさんサークルはあって、それぞれがそれぞれにおもしろかったし、決勝に名を連ねてた。僕らが現役のときにめちゃめちゃ強かったサークルもあれば、「へえ! 今は法政の“HOS”が強いんだね!」みたいなこともある。

お笑いサークルから実際にお笑いの世界に飛び込んだ人は、あとにも先にも、もう売れた人にもまだこれからの人にもたくさんいて、その学歴が高い低いに対してどうこう思ったことがなかった。

ハナコの岡部(大)さんは「LUDOのレジェンドみたいな人」だったし、アンゴラ村長は「LUDOに入ってきた奇抜なネタをやる子」だったし、真空ジェシカは「あの“O-keis”の川北(茂澄)さんと、あの“ナショグル”の川俣(岳)さんが組んだコンビ」みたいな感じだった。

「偏差値が高いか低いか」ではなく「おもしろいかおもしろくないか」の世界

当時の学生風情が思うのも恥ずかしいことかもしれないが、そこには「おもしろいかおもしろくないか」「いい人かいい人じゃないか」ぐらいしかなくて、「偏差値が高いか低いか」みたいな概念はなかった。

お笑いサークル出身、という自意識はあったけれども、いい大学出身みたいな感覚はなかった。だってまわりには当たり前のように早慶や東大や上智がうじゃうじゃいたのである。「一橋大学お笑いサークル“IOK”という小規模サークルから名乗りを上げた」という感覚はあったが、「一橋大学という由緒正しい学び舎からお笑いの世界に飛び込んだ」みたいな感覚はなかった。

高学歴をネタに盛り込めないか、少しだけがんばっていた時代のさすらいラビー

「高学歴芸人」という肩書は、まだまだネタで世に出られるわけでもないなか、どうやら大卒は珍しいらしい、そういえば一橋は高学歴らしい、そう察して慌てて着用したゼッケンみたいなものである。

今年はファイナリストというゼッケン、ゼッケンというかいい生地のTシャツぐらいであろうか、袖を通せると思う。去年まではちょっと試着するのもアレかもな、みたいに勝手に臆していたTシャツも、今年は着られる。そう信じている。

Tシャツの下に、あら、インナーもいいもの着てるじゃない、ちょっと脱いでそれも見せてみて。それぐらいでいい。

次回へ続く(7月掲載予定)

さすらいラビー×ママタルト大学お笑い対談<前編>『M-1グランプリ』がなかった2010年代前半、大きかった「わらゼミ」の存在

一橋大を卒業でも“高学歴芸人“になれない。未だ売れない、さすらいラビー中田の「プライドとずるさ」


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中田和伸(さすらいラビー)

(なかだ・かずのぶ)1991年生まれ。太田プロダクション所属のお笑い芸人。宇野慎太郎とのコンビ「さすらいラビー」のメンバー。

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