宇多田ヒカル、折坂悠太、青葉市子。“日本語の響き”を革新する3枚

2020.2.6
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文=荻原 梓


“歌”とは不思議なもので、言葉でありながらそれが新しいだけでは革新性は弱く、「リズムや譜割り、歌い方や声量などさまざまな要素が作用して」新しい響きが生まれるもの。
ここでは2018年に発売されたアルバムから、「日本語の新鮮な響きを感じとれる3枚」を紹介します。今聴いても、その日本語の響きに惹きつけられるはずです。

※本記事は、2018年10月24日に発売された『クイック・ジャパン』vol.140掲載のコラムを転載したものです。

「今見直される日本語の響き」の3枚

日本語の新鮮な響きを感じとれる3枚のアルバムを紹介。

宇多田ヒカル『初恋』は歌詞と譜割りが印象的な作品。たとえば表題曲。この曲、ビートがない。あえて言えば、歌声で拍を刻んでいる。冒頭〈う・るさ・いほ・どに〉と慣用的な譜割りをまったく逸脱し、さながら鼓動のようなリズムを刻む。そこから歌詞は、高鳴る胸や頬を伝う涙など身体に起きる異変から、やがて雨の中を走り出すまでに至る主人公の情動の変化を描く。途中、前の小節を大きく食って突発的に旋律が急上昇する〈もしも〉から、主人公が平静さを欠いている状態である様子が伝わる。終盤では三連符を軸とした主メロが打ち寄せる波のごとく畳みかける。つまり、声の刻むリズムそのものに詩情が吹き込まれている。鼓動から激情へ。この転換をつなぐティンパニの震動は、まるで主人公を掻き立てる動悸のようでドラマチックだ。言葉とリズムが密接に絡み合って“初恋”を表現した1曲である。

まだシーンに登場してまもないが、すでに名うてのミュージシャンたちから支持を得ている折坂悠太。新作『平成』は彼独特の節回しであふれている。「逢引」では軽快にスウィングするバンド演奏のなかで彼が伸びやかに歌い上げ、〈前線異常無し 旋律 多く閃きたり〉と意を決したように高らかに言い放つと〈歌います、こうです!〉のかけ声を機に雪崩れ込むようにして渾身のスキャットへ。歌う、叫ぶ、咆える、そして語る。言葉使いも型に囚われない自由さがある。韻を踏みつつ淡々と語りかけるような「夜学」での丁寧語を織り交ぜた歌詞も新鮮だ。迫力ある声量も見逃せない。ロシアとイランに在住経験のある折坂。そうした稀有な生い立ちが、かえってほかのソングライターには出せない日本語の響きを生んでいるのかもしれない。

青葉市子6枚目のアルバム『qp』。独特の世界観で確固たる地位を築いている彼女は今作でも健在。声を何層にも重ねて幽玄な音世界を作り出す「夜明けのジュリアの谷の噴水」は真骨頂で、たとえば、星屑・雪・祭壇・テトラポッド・七色の銃弾など多彩な表現で情景描写する「みなしごの雨」なんかも彼女のそうした澄んだ歌声によって命を吹き込まれたかのように生き生きしだす。おとぎ話の世界が飛び出してきたかのような神秘的な感覚に襲われるのは、そんな彼女特有の囁くような歌声あってこそだろう。また、たとえそうした要素を取り除いたとしても、軽やかなギターのアルペジオの上で美しいメロディを描く「月の丘」は名曲だ。

歌は、新しい言葉を使うだけでは新鮮には聞こえない。言葉を駆使しつつ、リズムや譜割り、歌い方や声量などさまざまな要素が作用して新しい響きを生み出すのだ。これらの作品はどれもひとりによって作詞作曲されており、それほど密接に絡み合ってこそ生み出されるのである。


宇多田ヒカル_初恋

宇多田ヒカル『初恋
<シリアルナンバー入り生産限定アナログ盤>
定価:5,093円(税込)(ESJL-3094~95)
レーベル:エピックレコードジャパン


折坂悠太_平成

折坂悠太『平成
定価:2,750円(税込)(ORSK-005)
レーベル:ORISAKAYUTA、LESS+ PROJECT.


青葉市子_qp

青葉市子『qp
〈通常版〉
定価:3,080円(税込)(VICL-65064)
レーベル:ビクターエンタテインメント

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