考察『SPY×FAMILY』はスパイ漫画だからこそリアルな家族ドラマ。ロイドみたいなスパイは実在する
『少年ジャンプ+』連載中の大人気マンガ『SPY×FAMILY』の魅力を、歴史に詳しいライター・ツヤマユウスケが考察する。
仕事も育児もこなす凄腕スパイ
そのスパイが命じられた任務は「結婚してこどもをこさえろ」。猶予はたったの一週間。
『少年ジャンプ+』で連載中の『SPY×FAMILY』(遠藤達哉)は、家族を軸にしたスパイ漫画だ。主人公のロイドは家事をやるし育児もする。2020年に「このマンガがすごい!」オトコ編で第1位、「マンガ大賞」で2位を獲得した大ヒット作品。そして2022年4月、アニメ化。
舞台は架空の国家、西国(ウェスタリス)と東国(オスタニア)。西国の凄腕スパイ・ロイドの任務は、敵対する東国に潜入し、国家統一党総裁・デズモンドに接近すること。デズモンドの息子が通う名門校に潜り込む計画が立案され、東国での子供役と妻役となる人物を用意するよう命じられる。これがきっかけで、孤児院で引き取った少女・アーニャと、市役所職員の女性・ヨルに出会う。
「名も顔も捨てたこの<誰そ彼(たそがれ)> 子持ちの父だろうと演じてみせる」。
ロイドは軍人、闇商人、政治秘書など何にでも化けてきた。今回の任務も首尾よく進められるだろう……と思っていたがそうではなかった。アーニャは他人の心をこっそり読むことができる超能力者だった。「娘」を相手に、ロイドは戸惑うばかり。
役割を演じるしんどさ
名門校に行けるぐらい頭がいいと期待されたアーニャは実は勉強が大の苦手だった。ロイドが「今からでも他の子に替えた方が…」と考えると、思考を読み取ったアーニャは街中で突如号泣、菓子を与えられるとケロッと泣きやみ、眠くなって抱っこをせがむ。ロイドはげっそりだ。
「ダメだ 理解できん」。
育児経験がないロイドは、図書館に駆け込んで本を読みあさり、「世の親たちはこんな高難度のミッションをこなしているのか…!」と驚く(第1話)。それ以降、彼はアーニャをひたすら観察・分析し、どこにでもいる普通の父親を演じようと試行錯誤する。
一方、ヨルも妻役・母親役になりきろうと必死で「妻はこうあるべき」とか「親なんだから」という意識に縛られて、元気を失くすこともあった。口イドはそんなヨルを見て、「演じてばかりでは、疲れてしまうこともありますからね」と苦労をねぎらう(第13話)。
スパイとしてあらゆる役を演じてきたからこそロイドは知っていた。演じる難しさをすぐに乗り越える方法はなく、だからといって役を簡単に降りるわけにはいかないことを。それが、スパイ漫画で家族ドラマを描く醍醐味だ。
『SPY×FAMILY』は、役割を演じるしんどさに寄り添う優しいマンガなのだ。
ロイドみたいなスパイは実在する
『SPY×FAMILY』の今後の展開を予想してみる。
ロイドと同じく妻と幼い娘のいるスパイが実在する。
オレーク・ゴルジエフスキーは、ソ連の諜報機関「KGB」所属のスパイでありながらイギリスに寝返った二重スパイだ(『KGBの男一冷戦史上最大の二重スパイ』による)。
11年もの間、ゴルジエフスキーは有能なKGB職員としてふるまいつつ、ソ連の機密情報を西側に伝えていた。しかし1985年、KGBにバレてしまう。イギリス政府の協力のもと、ゴルジエフスキー亡命作戦が密かに実行される。家族全員のソ連脱出も検討されたが、監視の目が厳しく、特に子供同伴での行動は目立ち過ぎて危険だ。泣く泣くひとりでイギリスへ亡命し、ソ連に残された妻と娘は囚われの身となった。
スパイにとって家族というのは、厄介な足枷となる。ソ連はそこにつけこみ、KGB職員に家族を持つよう強く推奨しながら、離婚することはご法度にしていた。実にえげつないやり方だ。ゴルジエフスキーをはじめ、現実世界のスパイたちは、家族の命運を国に握られていたのだ。
『SPY×FAMILY』のロイドはどうだろう。
スパイ活動が東国政府に察知される可能性はある。そうなれば、東国の秘密警察はロイドを逮捕しようとするし、ヨルとアーニャも狙うはずだ。ロイドは危険を冒してまで、疑似家族に過ぎないふたりと一緒に逃げるだろうか。
第1話で、アーニャはロイドに恨みを持つ人物に誘拐される。当初、ロイドにとってアーニャは任務のための道具でしかなかった。彼女を見捨てるほうが、任務を遂行する上では正しい選択だ。しかし悩んだ末、ロイドは救出に向かう。敵との戦いのさなか、かつて戦争孤児となった経験と、「子どもが泣かない世界 それを作りたくてオレはスパイになったんだ」という決意を思い出す。彼がこの初心を貫き、「家族」を守ることができるのか注目だ。
アニメ放送スタート
いよいよ4月9日、アニメ放送が始まる(テレビ東京ほか)。『進撃の巨人』(シーズン1〜3)を手がけた「WIT STUDIO」と、『シャドーハウス』の「CloverWorks」がタッグを組んで制作。また、オープニング主題歌にOfficial髭男dism、エンディング主題歌に星野源のW起用。最高のアニメになる予感しかしない。
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