“真犯人は誰か”という凡庸な到達点を目指していない
物語の中で小戸川が最初に乗せる客は、大学生の樺沢だ。彼は、SNSでバズることを願っており、そのために、小戸川とツーショットを撮り、それをアップする。そこに至るまでの、会話のやりとりに、本作の誠実さは表れている。
ストーリーを運ぶために、キャラクターを利用することがない。コミュニケーションを丁寧に描くことが、結果、キャラクター描写になっている。この基本中の基本を押さえつつ、それぞれの関係性の違いをつぶさに見つめ、それぞれのすれ違いや軋轢を、強調することなく、しかし、タクシー内という運転手と客がけっして目と目をダイレクトには合わせない、ほどよい緊張感にまぶしていく。
技術とセンスの賜物である。
現代を上から目線で風刺するのではなく、現代を生きる人々の表向きのコミュニケーションを活写することで、結果、現代を浮き彫りにする。地道で一途な「遠回り」は観る者を退屈させることなく、むしろ作品を豊かにする。この豊かさによって、私たちは【佳き観客】になる。
樺沢がアップした画像は別な理由でバズる。そこから樺沢の上昇と下降も始まるが、それがストーリーの中心ではない。だが、樺沢の【自己承認】への願いは、登場キャラクターたちにさまざまなかたちで伝播していく。
結成14年目の漫才師「ホモサピエンス」はなんとか売れたいと思っているし、3人組アイドル「ミステリーキッス」はデビューを目前に控えて気が気ではない。ここに、ある女子高生失踪事件を追う警官兄弟、ヤクザな指名手配犯、彼のかつての弟分、それぞれの【自己承認】への希望が加わることで、『オッドタクシー』は、大きなツリーを編み上げることになる。
事件は、闇社会が関与しているもので、小戸川のタクシーが記録していたドライブレコーダーが、そのひとつの証拠となり、争奪戦が行われる。だが、前述したとおり、真犯人は誰か、あるいは、最後の勝者は誰か、というような凡庸な到達点を目指す作品ではない。謎解きはあるにはあるが、おまけのようなものであり、それは本質ではない。
小戸川は一見、狂言回しに見える。不眠症で、クレバーな皮肉屋の彼は、まるでハードボイルドな主人公のようだ。しかし、巻き込まれていたはずの小戸川が、受動から能動へと転じ、『オッドタクシー』は目も覚めるクライマックスを迎える。しかし、これはクールな男がパッションの情動で変貌するフィルム・ノワール活劇の類でもない。その、脱ジャンルの様相は天晴れと言うしかない。
後半、小戸川は、二度【謝罪】を要求され、いずれの要求も呑む。どちらも、小戸川にとって初対面の相手であり、藪から棒の要求は理不尽に思える。しかし、小戸川は【謝罪】する。
未見の方のために、小戸川が【謝罪】するふたりは伏せる。だが、この二度にわたる【謝罪】が、相手の【自己承認】によるものであることは指摘しておかなければならない。そして、この【謝罪】の先にあるものが、小戸川の【自己承認】にもつながるのだ。
普通を突き詰めた結果、浮かび上がるもの
本作は、【自己承認】や【謝罪】の是非を問うものではない。しかし、誰もが【自己承認】と無縁ではいられないこと、また、あるとき、人は【謝罪】するしかなくなることを、きちんと描く。この、通常のドラマツルギーからはかけ離れていると思える日常についての、丹念な記述こそが肝であり、作品的アイデンティティである。
日常を顕微鏡でのぞき込むような観察眼が、破格の映像作品を成立させている。エンタテインメントとして非常に優れているし、アートとしても刮目すべき美徳があふれている。しかし、『オッドタクシー』の真のすごさは、普通をどこまでも掘り下げていることだ。
普通を突き詰めた結果、【自己承認】や【謝罪】が浮かび上がる。この、地味でひたむきな野心。私たちは【それ】から逃れられないのだ、という真実を当たり前に抱擁するために、アニメーションという様式があったことを、心の底から喜びたい。
ジブリやエヴァ、細田守や新海誠とはまるっきり別次元にある傑作。萌えもなければ、冷笑的な毒もない。昨今のメインストリームからは明らかに逸脱しているが、正々堂々、ど真ん中を歩いてもいる。古典と最新鋭の幸福な出逢いは、もはやアニメと呼ぶ必要もないのかもしれない。
『オッドタクシー』の美は、たとえば次のふたつの名セリフにも表れている。
タクシー運転手、小戸川が客に問う「どちらまで?」。そして、小戸川とヒロイン、白川さんの(ある種の)合言葉「ジェネレーションギャップアピール、いらねえんだよ」。
私たちは、どこに行くのかわからないまま、生きている。しかし、わからないままでも生きては行けるし、わからないまま生きて行くしかないのだ。
そして、年齢差をはじめとする他者との差異をことさらに拡大・断絶する必要もない。違って当たり前。だから、対話の上では対等なのである。
ここに、本作のフェアネスがある。
【自己承認】が実現すれば、ハッピーエンドなのか?
【謝罪】が行われれば、めでたしめでたしなのか?
そんなはずはないことを、私たちは知っている。
『オッドタクシー』は、大人のための人生観であり、21世紀をしぶとく生きるための現代批評でもある。
【関連】『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』プロデューサー対談。寒空の渋谷で見つけた“映画化の仕掛け”
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『映画 オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』
2022年4月1日(金)TOHOシネマズ新宿ほか全国公開
企画・原作:P.I.C.S.
脚本:此元和津也
監督・キャラクターデザイン:木下麦
音楽:PUNPEE、VaVa、OMSB
出演:花江夏樹、飯田里穂、木村良平、山口勝平 ほか
配給:アスミック・エース
(c)P.I.C.S. / 映画小戸川交通パートナーズ関連リンク
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