偏見にさらされる青年が“自分”のまま演技した、ロードムービー史に名を残す作品


映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』_メイン

文=神武団四郎 編集=森田真規


ダウン症の俳優ザック・ゴッツァーゲンが、プロレスラーになる夢を持つダウン症の青年ザックを演じたロードムービー『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』が2020年2月7日に公開される。
昨年8月のアメリカ公開初週はわずか17館だったのが、公開6週目には1490館まで上映規模が拡大したという。何がそこまで人々を感動させたのか? 本作の魅力に迫ります。

プロレスラーを夢見るダウン症の青年を主人公にした、ほろ苦いロードムービー

偶然に出会った他人同士が、旅を共にするなかでいつしか絆で結ばれていく。見知らぬ光景や人との出会いを通し、新たな自分を発見するロードムービーは古くから人気のジャンル。多彩なロケーションや“動く”ことを前提にした映画的展開、何より心と心の触れ合いは、「なんだかストレス溜まるよね」という日々を送る僕らにとって最高のヒーリングと言えよう。

本作の主人公はダウン症の青年ザック。プロレスラーになりたいという夢を叶えるため施設を脱走した彼は、事件を起こし追われている青年タイラーと一緒に旅をすることに。ちなみに不思議なタイトル “ピーナッツバター・ファルコン”とは、ザックが考案した彼のリングネームのことである(その笑える由来は映画の中で)。

『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』予告編

偏見にさらされている青年とお尋ね者という凸凹コンビに、ザックを追ってきた生真面目な看護師エレノアを加えた3人組は、筏(いかだ)に乗って広大なアメリカ南部を移動する。実はこの旅、車で行けばせいぜいドライブ程度の距離なのだが、『ナイト・オン・ザ・プラネット』(1991年)のようにタクシーでちょいとそこまでの距離だってとびきりのロードムービーは作れちゃう。要は距離ではなく密度の問題。徒歩や手こぎというスローペースだからこそ味わえる景色も見どころで、さびしげな荒野や美しい水辺といった情景が幻想的な空気を醸し出す。

ザックとタイラー、エレノアは、生まれも育ちも考え方もバラバラだが、それぞれ大切なものを失った喪失感を抱えていた。時に激しく意見をぶつけ合うなか、少しずつ相手に共感し、いつしか愛おしさを抱いていく温かさはこのジャンルの真骨頂。なんてしみじみしていると、タイラーが起こしたトラブルが緩やかな流れを打ち砕く。ラッパーのイェラウルフ演じる全身タトゥーのコワモテさんをはじめ、復讐のため彼を執拗に追う連中の乱入で物語は急転直下……。ただの“いい話”で終わらせない、痛さやほろ苦さもマル。

「映画スターになりたい」という願いを叶えるためのある種のドキュメント

本作がユニークなのが、ダウン症の俳優ザック・ゴッツァーゲンが主人公を演じていること。アートスクールで演技を学び、舞台やインディーズ映画でキャリアを積んだゴッツァーゲンだが、今作では“素”の自分を役として演じている。時に脚本とは異なる演技もしたそうだが、監督はカメラを止めず、共演のシャイア・ラブーフやダコタ・ジョンソンもそのまま彼に追随。そんなやりとりを続けるなか、メインを務めた3人は本当の家族のような関係を築いていったという。

映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』_サブ6
主人公を演じたザック・ゴッツァーゲン

そもそも本作が誕生した発端は、「映画スターになりたい」というゴッツァーゲンの夢を叶えるため、新人のコンビ監督タイラー・ニルソンとマイケル・シュワルツが脚本に着手したこと。売り込みに奔走するうち、気づけば第一線で活躍するメンバーが集まっていた。夢を叶えるために旅に出た若者たちを描いたこの映画そのものが、ゴッツァーゲンと彼を取り巻くキャストやクルーの舞台裏を写し出したドキュメントと言ってよいだろう。ロードムービーの歴史に、またひとつ愛すべき作品が加わった。


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  • 映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』_サブ2

    映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』

    2020年2月7日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
    原題:The Peanut Butter Falcon
    監督・脚本:タイラー・ニルソン、マイケル・シュワルツ
    出演:シャイア・ラブーフ、ダコタ・ジョンソン、ザック・ゴッツァーゲン
    配給:イオンエンターテイメント
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神武団四郎

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