まふまふ 歌い手デビューから紅白出場までの軌跡 活動11周年に寄せて

2021.12.29
まふまふ

文=ヒガキユウカ 編集=鈴木 梢


『第72回NHK紅白歌合戦』出演が決定し、注目を集めている歌い手・まふまふ。10代~20代のネットネイティブ世代から絶大な人気があり、今年5月に行った東京ドームライブの全世界無料配信では、同時接続者数40万人を記録した。

紅白のステージでまふまふは、音楽家や小説家として活動するカンザキイオリが、20歳のときに発表したボーカロイド曲「命に嫌われている。」を歌う予定だ。まふまふは同曲の「歌ってみた」動画を投稿しており、自身の投稿動画で唯一1億回再生を超えるなど、彼の「歌ってみた」代表作となっている。

自身でも精力的に曲作りを行い、数々のアニメソングを担当したりゴールドディスク認定を受ける(ユニット名義)など作家としても確かな実績を持つまふまふだが、自作の曲ではなくあくまで「歌い手として」紅白の舞台に立つことを選んだ。

まふまふとは何者なのか? 紅白出場の切符を掴むまでに、どのような道を歩んできたのか? 今回は11年に及ぶまふまふの軌跡をまとめる。

シンガーソングライターではなく「何でも屋」

まふまふは2010年12月29日に、ニコニコ動画で「歌ってみた」活動を開始した。「歌ってみた」とは、既存曲のカバーを動画サイトやSNSに投稿すること。また、この活動を行っている人が歌い手と呼ばれる。まふまふの初投稿は「闇色アリス」。現在この動画は削除されているが、本人とリスナーの間ではこの日が活動開始日とされている。

最初は低音中心の歌い方だったまふまふだが、原曲リスペクトの精神から原曲の原キーで歌うようになり、今では人間の女性でも難しい高音まで歌いこなす。合成音声ソフトのボーカロイドで作られた曲には人間が歌うには難しいものも多く、そうした曲をカバーするうちに、まふまふの音域・歌唱技術も磨かれていったのかもしれない。

2012年からは、ボーカロイド曲を含む自作曲を発表するようになった。『CUT』2019年10月号のインタビューでは、当時まだ軽んじられていたインターネットの活動者、特に「歌ってみた」の世界を振り返り、「誰かの力をあてにして活動を続けていたら、きっといつか衰退してしまうと思っていたので、僕はいち早くオリジナル曲を作っていくことに挑戦しました」と語っている。

同年より「THE VOC@LOiD M@STER」や「コミックマーケット」といった即売会にも出展。動画投稿だけでなく、イベントでの頒布活動もコツコツと行っていった。

まふまふが若い世代、特に中高生リスナーから圧倒的な支持を集める理由は、活動の主な場がインターネットであるからだけではない。諦念や閉塞感をリアルに描き出す歌詞が、今の若者が持つ漠然とした生きづらさの代弁となっているからだ。

「死にたいかと言われりゃ 特に死ぬほどの孤独でもないが
生きたいか問われたら 何も言えない」
(「生まれた意味などなかった。」)

「理想の大人になったつもりが
きっと見世物の傷増やして 道をそれ」
(「すーぱーぬこになれんかった」)

暗い歌詞だからといって、暗い曲調とは限らない。上記の「すーぱーぬこになれんかった」や、かわいらしさに振り切った「女の子になりたい」のようなポップな曲調の中に、知らず知らずのうちに抱えていた窮屈さを再認識させられることもある。

また、まふまふは長らく「何でも屋」を自称している。これは作詞、作曲、編曲、MIX、マスタリングと、音楽制作にまつわるすべての工程を自らこなしていることに由来する。

これらの工程をひとりで行うケースは、技術やノウハウ共有が進んだ今のボーカロイド・DTM界隈では増えてきている。ただそうではなかった以前の界隈では異彩を放っていたと言えるし、加えてまふまふは歌唱力や楽器演奏力(特にギター)、セルフプロデュース力、また後述するが、協力者を集めてフェス型のライブを開催するような企画力までをも備えていた。

シーンを代表する存在としての使命感

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