与田祐希が見せてくれる「与田祐希」を堪能
与田ちゃんは、かわいい。
なめらかで骨の小ささがわかる輪郭に朝日が差すと、そのあたたかで柔らかそうな頬にそっと手を添えてしまいたくなる。涙袋に影を落とすまつ毛の1本1本が日の光に照らされているのが美しく、その目がまばたきしてくれるような気がしてじっと見つめていた。
ふと指先を見ると、右手の人差し指のネイルだけが少し塗り残されている。わざとそういうデザインにしているのか、それとも彼女の抜けの部分なのか。指先ひとつで、またしても惑わされる。与田ちゃんについて何かわかりたい、と思ってめくり始めた写真集なのに。
目をつぶり眠っているかのような写真。その顔にかかる無造作な前髪の束さえも、彼女に惹きつけられるための仕掛けのような気がしてきてしまう。薄く開いた唇の上下の距離も、目覚めたばかりのぼんやりとした表情も、海風を受けて気持ちよさそうな笑顔も。「与田ちゃんの一瞬を切り取った」というよりも、すべてが「与田ちゃんがわたしたちに見せてくれている一瞬」。そんな印象なのだ。

“あざとく”ありつづけるアイドル・与田祐希の強さ
「あざとい」という言葉のイメージは変わってきている。かつては嫌われる女性の代名詞的な位置づけだった。しかし、アナウンサーで女優の田中みな実の登場や、彼女の出演するテレビ番組『あざとくて何が悪いの?』(テレビ朝日)の人気などさまざまな要因で、「あざとい」は処世術やサービス精神の一種だと認識されつつある。
与田ちゃんはかわいく、そしてまたあざとい女の子なのだろう。同じ乃木坂46メンバーでキャプテンの秋元真夏も、雑誌やラジオ番組『レコメン!』(文化放送)などで「与田ちゃんはあざとい」と言っていたという。それはかつて使われていた嫌味のような意味ではなく、「かわいい」であったり、その能力を認めてのことではないだろうか。同じアイドルであれば、あざとく居つづけること、つまり自分を客観視した上でサービス精神を持ちつづけることの大変さを理解しているはずだ。
写真集『無口な時間』を眺めていると、ナチュラルなようでナチュラルじゃない、でもそれが与田ちゃんにとってのナチュラルであると感じてくる。わかってくる、といったほうが近いかもしれない。
「与田ちゃんをわかりたい」「本当の彼女を知りたい」なんて考えはわがままだったと思う。与田ちゃんは、彼女が見せたい自分だけを見せてくれる。ともすれば、あざといだけと言われてしまうかもしれない。しかしそれは、ファンが見たいと思うであろう自分を彼女自身がプロデュースした結果なのだろう。アイドルとして最高のファンサービスではないだろうか。
与田ちゃんは、かわいく、あざとく、そしてきっと賢い女性だ。「5歳児」なんて言われてしまう自分を受け入れて武器にする強さを持った、推す人を後悔させないアイドルだ。
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