巨大生物「サンドワーム」が襲ってくる
香料は意識の覚醒作用をもたらす薬物。原作が出版された1960年代、米国の若者の間で流行したLSD(合成麻薬)のたとえだといわれる(『FLIX special『DUNE/デューン 砂の惑星』大特集』/ビジネス社)。作中、宇宙船のパイロット(ギルド航海士)たちが香料を摂取しているという説明があった。未来予測能力が目覚め、宇宙で遭遇する危険を回避するのに役立つらしい。だが、乗客の命を預かるパイロットが仕事中に薬物を使うなんて、ずいぶん変わった設定だ。
その背景には、『DUNE/デューン 砂の惑星』の世界にはコンピューターが存在しないという事情がある。原作によると、かつて人工知能を持った機械の反乱が起こり、人類はやっとのことでそれを鎮圧した。そして同じ悲劇を繰り返さぬよう、人工知能に関する技術を放棄。結果として、すべての機械を手動で(オートではなくマニュアルで)操作せざるを得なくなった。
「オーニソプター」という航空機が映画に登場する(一見ヘリコプターのようだが、トンボみたいに翼を羽ばたかせて飛ぶ乗り物だ)。よく見ると、コックピットの計器類は古めかしいアナログ式。パイロットはそれを確認しながらあちこちのボタンを忙しそうに操作していた。
映画では描かれなかったが、宇宙船のコックピットも同じかもしれない。となると、今の技術から相当遅れている。2020~2021年、相次いで有人宇宙飛行に初めて成功した宇宙船「クルードラゴン」(スペースX社)や「ニューシェパード」(ブルーオリジン社)は、自動操縦システムを搭載し、搭乗員の負担を大幅に軽減した。
『DUNE/デューン 砂の惑星』の宇宙船はより遠くの目的地へ、より速く移動する。すべての操作をパイロットの判断で行うのは困難だろう。コンピューターに頼らないぶん、人間の認知・判断能力を極限まで高める必要がある。その手段のひとつが香料だった。もし香料の生産が止まれば、惑星間の交通や物流に悪影響が及ぶ。つまり、全人類の生活を支える重要な資源なのだ。
香料の生産は危険と隣り合わせ。採掘地の最高気温は50度を超え、砂嵐も起きる。また、採掘作業をしていると巨大生物「サンドワーム」が襲ってくる。アラキスの統治とは、そんな状況下で香料を安定供給する重責を負うことにほかならない。
巨万の富を生む星は実在する
ところで、この資源が<香料(スパイス)>と名づけられたのはなぜだろうか? 15〜17世紀の大航海時代、香辛料を求めてヨーロッパ人の行動範囲がアジアへと広がった。同じように、地球外の資源を獲得しようと飛び回る宇宙大航海時代がやってくる。ハーバートの原作小説はそんな未来を予言したと考えられる。
小説の出版から50年以上経過し、現実世界は『DUNE/デューン 砂の惑星』に近づきつつある。今、米国や中国のベンチャー企業が狙うのは、主に火星と木星の間の軌道上を公転する小惑星だ。金属でできたM型小惑星には、プラチナなど、重い元素のレアメタルが大量に埋まっている。
プラチナは宝飾品だけでなく自動車やパソコン、医療機器の材料としても使われる。実はプラチナ全生産量のうち約6割は工業用。普段意識することはないが、我々が生きていく上で欠かせない物質なのだ。金よりも希少性が高く、おそらく今後数十年で地球上の埋蔵量を掘り尽くしてしまう。使われなくなったスマートフォンなどが「都市鉱山」といわれて久しいが、次なる採掘地の確保も不可欠であった。
そこで、M型小惑星がターゲットとなる。直径30m程度のものであれば、250〜500億ドル分のプラチナを採掘できる(『人類、宇宙に住む 実現への3つのステップ』ミチオ・カク/NHK出版)。
現在、NASAの支援を受けて技術開発を進めるのが米国のトランス・アストロノーティカ社だ。2022〜2023年に無人小型採掘機「Mini Bee」を打ち上げ、地球周回軌道上での試験を計画している。
惑星アラキスのように莫大な富を生む星は存在する。しかも探査機「はやぶさ」プロジェクトが示したとおり、その星は人類の手の届くところにある。宇宙産の資源を持ち帰って使用する時代が、いつか本当に来そうなのだ。
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『DUNE/デューン 砂の惑星』
10月15日(金)全国公開
【配給】ワーナー・ブラザース映画
©2020 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved関連リンク
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