言葉のナイフで滅多刺し
不正にまつわる重要データをまんまと盗まれ、発狂するバベルグループ総帥のチャン・ハンソク(オク・テギョン)。ニューヨークへ高飛びしようとするが、そこへ意気揚々とチョン検事(コ・サンホ)がやってきて、ハンソクを逮捕するのだが……。
翌日の記者会見でチョン検事は、なんと全面謝罪! 「本日をもってバベルの全嫌疑を取り下げ、捜査を終結させる予定です。混乱を招き申し訳ありません」とテレビを通じて詫びてしまったのだ。ハンソクはもちろん上機嫌。一方、裏切られたチャヨン(チョン・ヨビン)は怒りのあまり、テレビにマグカップを投げつけてぶっ壊してしまう。なだめようとするヴィンチェンツォにチャヨンは問いかける。
「怒りはないの?」
「怒り? 大いにあるよ。慣れてるだけだ」
ヴィンチェンツォは、イタリアではマフィアに裏切られ、韓国でもチョ社長(チェ・ヨンジュン)らに裏切られつづけてきた。そういう世界で彼は生きている。だから、裏切られたからといって取り乱したりはしない。どうやって復讐しようか冷静に考えているだけだ。
「感情的になると不利だよ。大きな裏切りほど、対処は慎重に」
チョン検事はヴィンチェンツォから得たデータと、自らの出世と引き換えにハンソクに取り引きを持ちかけていた。さらに、チョ社長と組んで手に入れようとしていた「ギロチン・ファイル」のことも材料にするしたたかぶり。「ひとつの指輪がすべてを統べる」というハンソクのセリフの元ネタはJ・R・R・トールキンの名作ファンタジー『指輪物語』。
ここからのスピード感がすごい。チョン検事が帰宅すると、警護の人間がすべて倒されている。慌てて家族の無事を確かめに家の中に入ると……ヴィンチェンツォが朗らかに自分の妻や娘と語らっている! こんなに恐ろしいことはない。命乞いをするチョン検事には、
「まだ殺さないよ。裏切り者をすぐ殺すのは寛大過ぎる」
「すべてを手に入れたとき、殺してやる」
と言葉のナイフで滅多刺し。ヴィンチェンツォが去り際に彼の娘の話をしたのは、彼への牽制でもある。いつでも家族ともども殺すぞ、というわけだ。
「言ってたでしょ。後悔はこの世で最も苦しい地獄だと」
クムガ・プラザの人たちは、チョン検事の裏切りに腹を立てていた。そんななか、食堂のクァク・ヒスおばさん(イ・ハンナ)がいいことを言う。
「自分のまわりに関心が出てきたからよ。昔は生活に追われて他人事だったことが、今は身近に思えるの」
目の前の生活に追われていると、政治家や有力者の不正にまで気が回らないことが多い。しかし、結局は立場の弱い者たちが食い物にされ、ますます生活は苦しくなっていく。
「ビンセンジョおじさんが、自分が強いと思えば強い人間になれるって。最高でしょ」
クァク・ヒスおばさんの不良息子、キム・ヨンホ(カン・チェミン)もいいことを言う。人の強さと弱さは政治力や財力で決まるものではない。無力に見える民衆だって、“強い人間”になって世の中を動かしていくことができる。
一方、ヴィンチェンツォとチャヨンは、オ・ギョンジャ(ユン・ボクイン)と会っていた。チャヨンはふたりが実の母子だと気づいていたのだ。入院費を払う、嫌いな芝居をして敵を取る(第8話に登場したファン・ミンソンのこと)、フナ焼きとコイ焼きの見分け方が同じ……という理由だった。いくつもの細かな伏線を合流させる手腕が見事。
「言ってたでしょ。後悔はこの世で最も苦しい地獄だと。そのとおりだった。あなたにはその地獄を経験させたくない」
こう言って微笑むチャヨンが、どこか父親のホン・ユチャン(ユ・ジェミョン)弁護士に似て見えるのだから、役者というのは恐ろしい。
無実の罪で投獄されていたオ・ギョンジャは「再審を請求したい」とふたりに伝える。本当は再審の請求を心から望んでいたが、勇気が湧かなかった。「死が迫ってきたせいか、勇気が湧きました」と言っていたが、実は死が迫ってきたからではなく、心から信頼できる存在が現れたからだろう。
だが、そんな大切な存在を狙う悪党どもがいる。もちろん、ハンソクとミョンヒだ。
「何を奪えば、ヤツは苦しむ? 大切なものだろ?」
「死ねば終わりだから命ではないし、ひとつだけ挙げるなら……家族を調べます?」
「家族? 大切なのか?」
「普通の人の場合、家族は大切です」
「そうなんだ。知らなかった。それにしよう」
家族の愛を知らないハンソクのサイコっぷりが端的に現れているやりとりだった。オ・ギョンジャをめぐる物語は、ここから先、大きなうねりを見せる。