岩井俊二も推す新鋭監督が明かす。福島のフィリピンパブでの不思議な体験

2020.1.25
奥山大史監督_ots

文・写真=奥山大史


制作当時、弱冠22歳で初の長編映画監督だったにも関わらず、『僕はイエス様が嫌い』でサン・セバスティアン国際映画祭にて最優秀新人監督賞を史上最年少で受賞した奥山大史。
その作品には、岩井俊二、是枝裕和、行定勲などの日本を代表する映画監督たちから絶賛のコメントが寄せられた。2020年1月17日にBlu-rayとDVDが発売されたことを記念して、新鋭・奥山監督が2018年に記したフィリピンパブでの不思議な体験談をお届けします。

※本記事は、2018年12月20日に発売された『クイック・ジャパン』vol.141掲載のコラムを転載したものです。


フィリピンパブ

「サン・セバスティアン国際映画祭」で賞をもらった。それを経ての今の気持ちを書いてほしいと、このコラムのお話をいただいた。

何を書こう。こういうのはいつも迷う。なぜなら、ある程度書く内容の相場が決まっているからだ。「この賞に恥じないようなモノづくりをしていきたい」とか「ここをゴールだと思わずに飛躍していきたい」など。授賞式の後も、記者らしき外国人に「この授賞をまずは誰に伝えたいですか?」と詰め寄られ、「映画を一緒に作ってくれた方々と応援してくれた家族に」と言った。授賞式や会食を終えて、ホテルに戻り帰国の準備をしていると、途端にそう答えたことを後悔した。

「そんなの自分が言わなくたって、自ずと知る人たちじゃないか」と。そして、伝えたいけれど、自分が動かない限り伝わらない人は誰だろう、と風呂場で考え始めた。そこで散々考えたあげく、なぜか思いついたひとりのことを忘れないうちにここに書いておきたい。

去年の夏、僕は初めてフィリピンパブなるものに行った。イベント撮影の仕事で福島に行った夜、酒に酔った先輩スタッフに連れて行かれたのだ。狂ったように騒ぐフィリピン人たち、目の前に置かれた芋臭い焼酎、耳障りな音楽。こんなのちっとも楽しくない。それでも先輩はフィリピン人の腰に手を当てて満足げに踊っていた。ここはじっと時間が過ぎるのを待つことにしようと思い、不機嫌にならないよう意識した。

そのとき、少し離れたカウンターでグラスを拭く女性がしつこく僕のことを見ていることに気がついた。僕はその少し厄介な視線を無視して、焼酎を飲むフリを続けた。でも、少しするとその女性がふいに近づいてきて、僕の隣に座りグラスに酒を注ぎながら、「あなた、私の息子に似ている」と言ったのだ。僕は、誰かに似ていると言われても、自分で納得したことが一度もない。ましてやフィリピン人の息子に似ている筈がない。少しも信じずにいると、携帯の待ち受け画面を見せてきた。

そこに映る青年を見て、思わず目を疑った。出っ張った鼻筋、無愛想に垂れた目尻、笑っているが下がったままの口角。すべての部位が自分に酷似していて、少し昔の僕にそっくりだった。携帯を女性に返しながら、息子と仲が良いのかと聞くと「ううん、もういないの。大きな津波に流されちゃった」と答えた。語彙力の欠如からくる露骨な表現が、やけにぞっとさせた。なんと言うべきか脳みそ中を探し回ったが、かけるべき言葉は見つからなかった。

そして必死に話を逸らそうと、東京からイベントの撮影をしに来ていることや、いずれは長編映画を監督したいと思っていること、その映画の構想などを酔いに任せてダラダラと話した。その女性は楽しそうに聞き続け、息子の話を再びし出すことはなかった。そして、僕が先輩に連れられ店を出るとき、その女性は外までついてきて、突然僕の頰を触り、「がんばってね。いい映画楽しみ」と言った。

あの人は、今頃何をしているのだろう。サン・セバスチャンのホテルの風呂からは海が近く、窓を開けると暗闇のなか、波の音だけがしきりに聞こえてきた。数年前、テレビから繰り返し流れていた映像。あの津波に飲み込まれたんだ。僕にそっくりの青年は、垂れた目が永遠に閉じるその瞬間、何を考えていたのだろう。水商売をしながらも育ててくれた母親のことだろうか。確か写真では制服を着ていた。あのとき、僕も学生だった。もしや同い年だったんだろうか。

そんなことに考えを巡らせていると、なんだか頰を触られた時の生温い感覚が蘇ってきた。あれから1年間、不思議な焦燥感にかられながら初めて長編映画を監督した。こんなに頑張れたのは、もしかしたらあの出来事があったからなのかもしれない。あの女性が、『クイック・ジャパン』を読む姿はまったく想像がつかないし、福島に行く予定もないけれど、巡り巡って本人に伝わればいいなと思う。

「お久しぶりです。あなたの息子さんに似ていた者です。おかげさまでなんだか立派なトロフィーをもらえました。少しはいい映画、作れたのかもしれません。これからも精一杯頑張ります」

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