今は夕凪の時代。退屈な暮らしを豊かなものにするためには(荻原魚雷)
荻原魚雷 半隠居遅報 第15回
日本の少子高齢化は止まらない。これからの経済成長も望めない。夕凪の時代、私たちはどんなふうにして生活し、生きていけばいいのか。
1990年代に連載が始まったSF漫画・芦奈野ひとし『ヨコハマ買い出し紀行』、1980年代生まれの宮崎智之のエッセイ、1950年代の吉田健一のエッセイを読み、考える。
成長一択でそれが実現しなかったら? 実現するまでの気が遠くなるような時間をどうすれば?
20代から30代にかけて仕事があったりなかったりのその日暮らしがつづいた。貧乏はわりと平気だったが、どうすればこの現状から抜け出せるのか検討もつかないことがつらかった。
お金がない。しかし家にずっといると気が滅入る。それで近所の漫画喫茶によく入り浸っていた。
芦奈野ひとしの『ヨコハマ買い出し紀行』(全14巻、講談社)を読んだのもそのころだ。最近、電子書籍で全巻まとめ買いした。読んでいるあいだ、幸せに浸れた。現実逃避なのだが。
ロボットの初瀬野アルファが主人公の近未来の日本(主に関東)を舞台にした物語である。海面が上昇し、人口減少はかなり進んでいる。文明はゆるやかに衰退し、道路の舗装はガタガタだし、水道などのインフラも機能していない。寂寞感は漂っているが不思議と悲愴感はない。のちにこの時代は「夕凪の時代」と呼ばれることになる。
同作品は『アフタヌーン』で連載していた。始まったのは1994年——バブル経済がはじけ、のちに「失われた何十年」と呼ばれる時代の入口付近だ。
最初、タイトルからして、ほのぼのとした日常漫画と勘違いしたが、極めて良質なSFである。作品には作者の希望のようなものもこめられている。
主人公のアルファはスクーターで移動し、ほとんど客が来ない喫茶店で働いている。ときどきコーヒー豆などをヨコハマに買い出しに行くが入手できないこともある。
この数年で世の中も随分変わったわ
時代の黄昏がこんなにゆったりのんびりと来るものだったなんて
以上、『ヨコハマ買い出し紀行』芦奈野ひとし/講談社
人もロボットも同じように働き、生活している。モノや機械が壊れたら修理して使う。多少の不便は知恵と工夫でやりくりする。困ったときはお互い様の相互扶助社会。なんといっても日一日、季節の移り変わりの美しさが丹念に描かれているところが、この作品の魅力だ。
日本の少子高齢化は止まらない。かつての高度経済成長、バブルのような勢いは(今のところ)望めない。
『ヨコハマ買い出し紀行』は、そういう社会の情勢と先の見えない生活を送る自分の気分と重なる作品だった。細々とした日々の暮らしの中にも小さな喜びはある。
珈琲をおいしくいれられた、野菜の皮をむくのがうまくなった、均一台でおもしろい本を見つけた、一日穏やかな気持ちで過ごせた――などなど。
当然、衰退なんてもってのほかと思う人もいるだろう。理論上、経済成長がなければ、社会は行き詰まる。豊かな社会のほうが多くの人が救われる。貧しくなれば、心も荒む。モノが減れば、買い占めが起きる。就職氷河期のころ、ワークシェアリングは普及せず、自己責任という言葉が流行したのも記憶に新しい。
とはいえ、成長一択の方針でそれが実現しなかったら、あるいは実現するまでの気が遠くなるような時間はどうすればいいのか。未来の予測は成長、現状維持、衰退の3パターンの思索が必要だ。
『ヨコハマ買い出し紀行』のような「ゆったりのんびり」した黄昏は夢物語なのかもしれないが、そういう理想もあっていいと……。
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